第30話 反撃できないその理由
キィイン!
誰もいない町中で刀がぶつかりあう音だけがこだまする。
「なぜ本気で討ってこない?」
男は鋭く刀を薙ぎ払った。同時に一ノ瀬の肩口から血がほとばしる。
「できるわけないのは、あなたがよくわかっているでしょ」
言うと、息をきらし後ろへ半歩退く。
体力はすでに限界へ近づいているのが見て取れる。
「甘いな。
一度会っただけで情がうつったか」
男は再度、刀を鋭く薙ぎ払った。
胴のあたりがうっすら斬れた。
息があがっている。
防戦一方では部が悪い。
しかし、戦わずして、やり過ごせる相手でもない。
ただ……
一ノ瀬には反撃にできない理由があった。
―― 目の前の男。
遮那を討ったあの時、嫌な気配に振り返ったが、そこにいたのは黒猫だった。
だが、それはすでに亡骸となった幻。
その幻から黒い煙があがり男の形をとった。
術を使ったのだろう。
黒猫は仮の姿だ。
男は手に日本刀を持ち、見事な体格を羽織袴でゆったり包んでいる。その表情は柔和でありながらも勇ましい。
そして上品であった。
あやかし連合の"頭"と言われる男。
立ち姿だけで、一ノ瀬の頭に瞬時にその言葉が浮かんだ。
だが……
「なぜ、あなたが……」
一ノ瀬は肩で息をしながら、目の前の男に問うた。
「元輝さん」
元輝はそれには答えず、さらに斬り込む体制をとる。
「私が清雅の兄だから斬れぬか?」
一ノ瀬はその言葉に、あらためて呆然とする。
(清雅くんのお兄さんを……)
(討てるわけがない)
(そして、この事実をもし、清雅くんが知ってしまったら――)
元輝は刀を中心に構え、刃先を一ノ瀬の喉元に向ける。
次の突きで確実に息の根を止める気だ。
一ノ瀬は人ごとのように、その動きを見守った。
(清雅くんに、なんて言おう)
相手の突きからの反撃の映像が一ノ瀬の頭に自動的に浮かんだ。
しかし ――
(この人を殺すことは、僕にはできない)
元輝が踏み込む。
一ノ瀬が反撃しないことをわかっているように、まっすぐ突き進む。
その刀を一ノ瀬はじっと見ていた。
反撃すれば、元輝を傷つける。
反撃しなければ、自分が斬られる。
そのどちらも、選べなかった。
元輝が走った。
その時、
「一ノ瀬さん!!!!」
張り詰めた空気を一掃するように響き渡る声。
一ノ瀬の目の前に黒い影が走り込んでくる。
そして立ちすくむ一ノ瀬の体を、ぎゅっと前から強く抱きしめた。
一ノ瀬は一瞬の出来事に目を見開いたまま息を呑む。
抱きしめられた体から、異様に暑い体温と汗、そして息遣いが感じられた。
「清雅くん、なんで?」
一ノ瀬の喉を貫くはずの、元輝から繰り出された容赦ない突きは、清雅の背中ギリギリのところで、押し止まった。
あと、ほんの少し、元輝の反射が遅ければ、愛しい弟である清雅の背中に刃先が食い込んでいただろう。
元輝は刀を下げ、弟を見下ろす。
「清雅
邪魔をするでない」
その顔には、ぎりぎりで自分を押し留めた安堵感と、焦りの色がありありと見てとれた。




