第28話 心の奥底に眠るもの
怒りに狂った時のように、清雅の心は静かに燃え盛り、藍色の髪は風もないのになびく。
高岡はその姿に「まるでお前が妖のようだ」と呟いた。
清雅は九曜をそっと、異形の黒い化け物に当てる。
斬り刻まずに、そっと撫でるように……。
その化け物の顔らしきものが清雅を凝視した。
化け物は、足を黒崎の出した美しい手にはばまれ、腕は綾小路の出した蔓に巻き付かれ動きを封じられていた。
九曜をとおして、化け物の集合体の一つが清雅の胸に流れ込んできた。
―― 胸が痛い。
清雅は胸を抑えた。
―― 体が痺れて動けない。
まるで病におかされたようだ。
清雅は膝をついた。
「近衛!どうした?大丈夫か?」
高岡の心配げな声が清雅の耳に届くが、清雅はさらに化け物の心に触れようと九曜を押し付ける。
(あぁ。これは病か。
つらかったな。楽になるといい)
九曜に入り込んだ木や葉の妖も清雅に協力して化け物の中へ溶け込んでいく。
まるで浄化を助けるように自ら吸い込まれていった。
一瞬、化け物が白く輝いたようにルブランには見えた。
すると、黒い化け物の体の一部がズルリと剥がれ落ちて地面にべたりと張り付いた。
そのまま地に吸い込まれるように消えていく。
(病がひとつ癒えたようだな)
清雅はあまりの苦痛に下にうずくまった。
同時に、体の一部を失った化け物は怒り狂ったように暴れ始めた。
黒崎と綾小路は額に汗をかきながら必死に念を送った。
己の精神力を極限まで高めて化け物を押さえ込む。
「近衛、離れろ。
化け物に踏み潰されるぞ!」
黒崎の声に清雅は再度立ち上がる。
「まだ、いけます!」
そういうと、さらに九曜を化け物に押し付ける。
(次は?)
『ワシはもうつらいぞ』
(もう少し頑張って)
次は……
悲しみが胸を襲う。
目から一人でに涙がこぼれ落ちた。
―― つらい……
―― 寂しい……
誰もわかってくれない……
(そうか
俺もそうだった……)
相手を認めること。
それが癒すことにつながる。
ふと、周りが暗闇に包まれる。
『清雅!のまれるな!』
九曜の声がするが聞こえにくい。
まるで九曜が遠くへ行ってしまったようだ。
闇の奥に誰か人の姿がぼんやり浮かび上がる。
女の人だ。
―― 『きよまさ』
呼びかけてくる。
―― 『お前なら、救うことができます』
懐かしい声。
だが、決して思い出してはいけないもの。
―― 『人と、妖をつなぐ。
お前ならそれができる』
清雅は手を伸ばした。
「ご無理をおっしゃる」
ひとりでに言葉が口からもれた。
もう何十回も、何百回も言った気がする。
だが、いつ言ったのか、いつも記憶がない。
そして、またもや言った記憶の無い言葉が口から紡ぎ出される。
―― 「母さま」
『清雅!清雅!戻ってこい』
九曜の声が小さい。
このまま消えてしまうかもしれない。
急に下腹のあたりから悲しみが湧き上がってきた。
兄上、助けて。
兄上、助けて。
兄上、助けて。
―― しかし兄はいない。
絶望が心を支配しはじめたとき、清雅の肩をきつくつかむ手の感触が、清雅を現実に引き戻した。
思わず顔を上げる。
「兄上?」
「ごめん、違う」
見上げた先には、清雅の肩を強くつかむ高岡の心配げな顔があった。
「近衛、大丈夫か?」
「高岡さん……」
急に視界がひらけ、化け物の唸り声が鼓膜を打った。
腐敗臭のような、なんともいえない匂いが鼻をつく。
「お前が急に動かなくなったから心配した。
あの化け物、胸のあたりが剥がれ落ちて、崩れ始めたぞ」
見ると、まるで泥人形のようにズルズルと肉片が地面に落ち吸い込まれていく。
落ちた肉片は白い煙をあげていた。
『仲間の妖の大半がやられたぞ』
協力してくれた妖たちは力を使い果たしたようだ。
「やられたんじゃなくて、皆、還っていったんだ」
清雅はふっと息を吐き出した。
頭がふらふらする。
さっき、懐かしい誰かと会った気がした。
だがもう、その記憶はうすれ、頭の片隅に霧がかかっているようだ。
思い出してはいけない何かを隠すように。
清雅は立とうとしたが、足に力が入らなかった。
全ての力を使い果たしたのかもしれない。
「しばらく動くな。
しかし」
黒崎が、自ら血が流れる肩を紐で縛りながら清雅のところへ歩いてきた。
「よくやった」
「え?」
見上げる黒崎は太陽の光を浴びて、優しく輝いて見えた。
「神様みたいだ」
清雅のぼんやりした顔と言葉に
「狂ったか?」
黒崎は本気で心配そうな顔をした。




