第26話 日本に住むものたち
綾小路と鬼頭は、つぎつぎと湧いてでる妖に手を焼いていた。
鬼頭の刀では、妖を斬ることができない。
綾小路は呪を唱えると、口から火を吹く白い虎が現れた。
「綾小路隊長...あなた、すごい人だったのですね」
鬼頭は手を止め、まじまじと綾小路を見る。
「え?どういう意味?
実力もないのに第一隊長に居座ってる人と思ってた?」
驚く鬼頭の目の前で、虎はすごい勢いで妖を飲み込んでいく。
「鬼頭さんの刀も貸して」
手を刀にかざすと、木の葉が刃の周りを舞い始めた。
「これで斬れるわ。
ものすごい化け物でもない限りね」
足元からつぎつぎ浮かび上がってくる妖は、全て歯がついており、人の首を狙っていた。
「噛みつかれたら、魂を吸い取られる。
もちろん、すぐに死ぬわけではない。
病気になったり、体の一部の動きが悪くなったり
でも、やっかいやし、ほらほら、西洋人にそんな思いさせたらあかん」
第四隊の隊士たちは、首元にからまる妖を必死で落とそうとしているが、武器がまったく効いていない。
鬼頭が素早く走り寄り、それらを全て斬り落とした。
ルブランは地面から這い出る魑魅魍魎に驚きを隠せない。
「日本には、化け物がいる」
黒崎は呪をとなえ、妖を喰う狐を呼び寄せルブランを見やる。
「化け物というより、怨念や病の類かな。
それが目に見えるのだ。
西洋にもおるだろう」
「いえ、そんなものは見たことがない。
信じられない!
黒崎、あなたもそれを呼び出せるのですか?」
黒崎は苦笑しながら「陰陽師だからな」とつぶやいた。
「目に見えるものが全てじゃない
食べ物、木、太陽、それら全てに神が住んでいる。
だから、人は物を粗末にせず、食べ物に感謝し手を合わせる」
相良の刀、鳳焔は、やすやすと、はいまわる妖を斬り捨てる。
「手を合わせる?
しかし、そんなに、たくさんの神がいては、揉めるでしょう?」
ルブランの言葉に、相良は苦笑いし、黒崎は渋い顔をした。
黒崎のあやつる妖は、隊士の首を狙う妖たちを、つぎつぎと飲み込んでいった。
(自然の力と共に生きる国)
ルブランは江戸見学で見てきたものを思い返した。
丁寧に手入れされた庭。
道端の小さな祠。
大切に使い込まれた道具。
食事の前に手を合わせる人々。
そして――
自分たちを命がけで守る、この国の人たち。
(文明が遅れているから不幸だと思っていた。
しかし、その心は満たされ、助け合い、人と自然の絆で強く結ばれている)
それは、長い年月をかけて積み重ねてきた、貴重でありながら、ごく普通に生活の中に存在するものだった。
ちりじりだった妖たちが、一箇所に集まり始めた。
その黒黒しい小さなものたちが、少しずつ大きな形をなしていく。
みるみるうちに、背丈が膨れ上がり、巨大な醜い人間の形をとりはじめた。
「これは……」
黒崎は呆然と見上げる。
「誰か、強い力を持つ術師が近くにいる」
黒崎の言葉に
「あやかし連合の頭かもしれんな」
相良が刀を握り直しながら答えた。
「相良隊長!」
背後から清雅が走り寄る。
「これは!」
まだまだ巨大になりつつある妖の塊をみて清雅は絶句した。
「これだけの数の負の塊を集められるなんて……」
周りを見渡したが、術者らしきものはおらず、隊士たちは相変わらず足元の妖に苦戦を強いられていた。
「清雅、お前に任せられるか?」
「え?」
相良の思いもよらぬ言葉に一瞬言葉につまった清雅だが、相良の胸元を染める血を見て決意は自然とかたまった。
「はい」
言うと、その場にいるすべての妖に意識を向ける。
(怖がっておるもの、隠れておるもの、全員出てこい)
店先の花の影から、町の人が使っている道具から、川から、木から、普段江戸に住む妖たちが姿を現した。
(お前たちの住処を汚す、負の者たちをここから追い出す。力を貸して欲しい)
清雅の呼びかけに、次々と妖たちが九曜の刀に触れるように集まり、赤い光の中へ溶け込んでいく。
「清雅、お前……」
黒崎は呆然とこちらに味方する妖たちを見た。
―― グォオオオオオオ!
黒い塊は、その妖たちを追払うように雄叫びをあげる。
腐臭があたり一面にただよい、息を吸うだけで病にでもなりそうだ。
晴れていた空が暗く曇り、江戸の人たちは窓をきつく閉め、災難が通り過ぎるのをひたすら祈る。
「立ち向かえ。
この江戸を守るのは、俺たちだ」
清雅は、負の塊の前で仁王立ちになった。




