第25話 一ノ瀬の奮闘
一ノ瀬の刀、鳳切からは、黒い血が滴り落ちていた。
一ノ瀬と遮那は、人通りのない広い場所にいた。その場所を選んだのは、周りに建物が少なく、遮那の得意とする跳躍が使いにくいからだ。
遮那も、大蛇がいれば、一ノ瀬など恐るるに足らずと考えていた。
しかしどうだろう。
その大蛇さえも一ノ瀬は容易に斬り刻む。
「なにそれ、その刀!
腹が立つなぁ!」
体中切り刻まれた大蛇を撫でながら、遮那は一ノ瀬を睨みつけた。
「それ!
誰の刀?
あぁ、あいつか!!
天羽 鳳仙だ」
天羽の刀は一ノ瀬の手によくなじむ。
そして、妖の硬い皮膚をもろともしない。
「殺しておくべきだったな。あの刀匠。
いや、今からでも殺せるか」
言うと、右手を顔の横に上げ、なにやら呪を唱え始めた。
(この距離から天羽先生を殺せるのか?
違う、京にいる妖を使うのか?)
一ノ瀬の額にうっすら汗が滲む。
天羽は京都の工房で今も刀を打っているだろう。
今の自分にはそこにいる男を助ける術がない。
一ノ瀬は、呪を唱える遮那の右手を狙った。
なんにしても、あの呪を止める必要がありそうだ。
一ノ瀬は鋭い突きを繰り出すが、遮那は呪を唱えながらひらりとかわす。
その隙をつき大蛇の鋭い歯が一ノ瀬を狙う。
その刃を刀で弾くと、後方に逃れた遮那が、またもや、みせつけるように右手を掲げた。
「みつけたよー!
天羽 鳳仙ー!」
「させるか!!」
高く跳躍した一ノ瀬の横腹に、大蛇の尻尾が振り下ろされた。
腹に鋭い痛みが走り、派手に横に飛ばされる。
体がぐるぐると回転し、地面と空が同時に見える。
壁に叩きつけられる前に受け身をとったが、背中を強く打ちつけた。
一瞬、視界が白くなり意識が遠のいたが、地面に叩きつけられた拍子に引き戻された。
―― ゲホッ
起き上がると同時に血を吐いた。
だが手も足も動く。
まだ戦える。
一ノ瀬は素早く体制を整えると、遮那のみに狙いを定め刀を繰り出した。
「早い!早い!危ない!!」
数度にわたる一ノ瀬の突きを、高い跳躍で素早くかわす。その隙間から大蛇の歯がひらめく。
「ほら、天羽、死んじゃえ!」
遮那が手を掲げた時、突っ込んでくると思っていた一ノ瀬が急に立ち止まった。
左手で脇差を掴み、一ノ瀬を切り裂く機会を狙っていた遮那は、思わず拍子抜けし一ノ瀬を見た。
「え?
来ないの?
天羽を殺しちゃうよ」
一ノ瀬は刀を下げて、遮那を見る。
「よく考えたら、別に、いいかーって思ってね」
一ノ瀬は首を傾けると、口についた血を手でぬぐい、にっこり笑った。
「僕たち、もう刀を作ってもらっちゃったし、
天羽先生に、もうお願いする事はないから」
「は?」
思わず遮那の口から変な声が漏れた。
「それでも警察?」
一ノ瀬の警察としての自覚は、そんなものか!?
「だって、天羽先生は京都にいるし。
京都は僕の管轄外だから」
遮那は思わず右手をおろした。
(何考えてんのこいつ。そんなのが許されると思ってるの?)
その、ほんの一瞬の疑問、考えの移行。
一ノ瀬は素早く遮那との間合いをつめて、遮那の喉に刀を深く突き立てた。
「なんてね。
言葉に騙されるなんて、まだまだ子供だね」
遮那の目が怒りに見開かれ燃え盛る。
「おのれ、紫苑」
ズバッ!!!
またもや遮那の首を斬り落とした。
「馴れ馴れしく名前で呼ばないでほしいな」
首はごろりと転がり落ちる。
体がばさりと一ノ瀬の方へ倒れ込んできた。
それをよけながら注意深く見る。
倒れた体は煤が風にとばされるように、サラサラと消えてなくなった。
落ちた頭を探すが同じように消えてしまったようだ。
(本体はここにはいなかったということか)
遮那と同時に大蛇も姿を消していた。
「幻と戦っていたみたいで嫌な気分だ」
言うと、後から襲ってきた体の痛みにふらつき刀で支える。
『そうだな』
頭に直接響くような妙な声。
背後に嫌な気配を感じた一ノ瀬は意識だけを後ろに向ける。
素早く周りに目をやるが、見える範囲に人はいない。
他に人がいないことを確認すると、注意深く後ろを振り返った。
そこには黒い猫がこちらをじっと見ていた。
「第二隊隊長 一ノ瀬紫苑」
猫から人間の声が聞こえてくる。
「お前の命、ここでもらいうける」




