第14話 もっとも食えない男
黒崎は交渉役として幕府がよこした小笠原を横目で見た。
目の前には飛行船が停まっており、その下では相良たちが西洋人と話をしているようだ。
「言葉が通じる者がいるようだな」
小笠原は五十を迎える古風な男で、幕府の財政管理を行なっている。
旗本出身、つまり将軍にお目見えできる立場を持つ者だ。
相変わらず飛行船はひどい音を立てており、江戸の街並みとはそぐわない、不気味な空間を作り上げていた。
到着した小笠原の気配を感じ、相良はすぐに端に寄る。
それを見て、清雅と一ノ瀬も後ろに控えた。
「お初にお目にかかる。
将軍様のお言付けを預かり参上いたしました、小笠原にございます」
至極丁寧に挨拶をかわす。
西洋人たちも、ぎこちなく頭を下げた。
「で」
いきなり本題に入る小笠原に、その場にいた全員が驚きの目を向ける。
「その技術、
幕府にいくらで売るおつもりか?」
相良は唇を噛み締めた。
(何、金の話をしてやがるんだ)
しかし、西洋人はおおよその検討がついていたのだろうか、「そうですね」と茶色の目をぐるぐると動かす。
その顔には、想像どおりだという気持ちと、少しの失望が混じっているようにも見てとれた。
「とりあえずは、一番偉い人と直接話がしたいですね」
清雅の胸中に嫌な雲が立ち込めたような圧迫感が競り上がってくる。
(なんだ、お金が目当てなのか?
さっきと言っていることがずいぶん違うけど)
小笠原は端によった相良の手元の写真に目を止め、相良の表情をさぐるように横目で見る。
「何を話しておったか知らんが、お前たちは今日、見聞きしたものを全て忘れよ。
ここからは、お前たちのような下の者がかかわること、許されぬ領域」
言うと、相良の手から写真を奪い取った。
「ふぅむ」
小笠原は奪った写真をのばし、じっくりと見つめると、顎に手をやった。
「これはちょっと、ばら撒かれては困りますな」
写真を見ても顔色ひとつ変えない。
「失礼ながら」
相良は畏まって、小笠原に発言の許可を求める。
「なんだ?」
「お上は、どの程度ご存じなのですか?
我らが……」
「我らが?」
「……」
相良は言葉が探した。
(我らが、ここまで遅れていることを……?と、言うべきなのか)
写真を見ても驚きもしない小笠原を見て、相良は自分の手足が冷たくなるのを感じた。
(上は、全部知っている……)
「警察ごときが知ることではない」
小笠原はじろりと相良を睨んだ。
「だが、まあ、この日本は、侍の国であり続けるべきだ」
(そうだろう。
でなければ、西洋文化に触れただけで切腹なんておかしすぎる)
清雅は、なぜここまで頑なに西洋の文化を受け入れ難しとしているのか、なんとなく気づき始めた。
すでに出来上がった今の国の体制を「個人が自由に生きて良い」という新しい思想に変えるなど、誰が望んでするものか。
(俺でさえも抵抗がある。
それは公家だからかもしれないし、
侍の考えが生き様として正しいと思っているからかもしれない。でも……)
―― 上の利益のためだけ、だとしたら酷すぎる。
清雅の足元の地面がボコボコと動き始めた。
驚いた清雅は足をどけるが、どうやら他の者には見えていないようだ。
土の中からは、狐の妖、人の手のようなもの、虫や蝶が現れる。
皆、清雅の足元にまとわりついてきた。
『怖がっておるな』
九曜さえも怯えたような声になる。
『文明の始まりが、我ら妖の終わりを意味することを、我らはよくわかっておる』
その一言に、清雅の胸は締め付けられた。
「では、江戸城へご案内しましょう」
小笠原は、相良たちに護衛を任せ、西洋人たちを江戸城へと迎え入れた。




