第13話 忌むべき思想
(相良隊長、交渉役の役人がそちらに向かいます)
西洋人を前にし、写真を握りつぶした相良の耳元に白い蝶が囁いた。
「黒崎か……」
相良はひとこと呟くと、目の前に立つ西洋人と、飛行船を睨みつける。
「お前たちの目的はなんだ?」
幕府の役人が来る前に、相良はこの男たちのやろうとしていることを把握し、自分なりの手を打つべきだと判断した。
一ノ瀬と清雅も相良の隣に進み出る。
相良は二人の身を案じたが、二人の"相良を支える"と言った言葉を思い出し、踏みとどまった。
「私たちは、あなたたちの国の発展を願っています」
思いもよらない答えに相良は吹き出した。
「どこに、他の国のことを真剣に考える甘い奴がいる?」
「あなたたちには想像がつかないでしょう。
私たちは、この世界で最も裕福で幸福な国から参りました。
その国のすべきことは、世界の幸福度を、どの国でも同じにすること」
清雅は相手の顔をまじまじと見た。
(本気で言ってる)
語る西洋人たちの顔からは、確かに相手を思いやる心の余裕が見てとれた。
それどころか、清雅たちを見る目に多少の哀れみさえ感じられる。
「それは、国をのっとる統治者の言葉に近いな」
相良の言葉に「考えにはレベルがありますから」と、西洋の男は語った。
後ろで見ていた新人の神崎と榊は、相良の言葉、行動の全てを目に焼き付けていた。
(こんな状況でも、相良隊長は物おじせず、自分の考えをどうどうと話している)
第四隊隊士たちとエリオットは、銃を構えてはいないものの、おかしな動きがあれば、いつでも相良を守れる体制をとっている。
(これが今、日本を守る警察というものだ!己の命をとして守るべきものを守る)
神崎は拳を握り、その隊にいる自分に誇りを感じた。
そんな神崎の誇りとはうらはらに、西洋人は優しさのこもった目でこう言った。
「もっと、あなたたちは、自分たちのために"生"をまっとうして良いのですよ」
「え?」
その言葉に、思わず一ノ瀬が驚きの声を発した。
「自分のため?」
後ろに控えていた、第一隊士たちが顔を見合わせる。
「そんな恥ずべき生き方を伝えるために、ここへ来たのか?」
「大義あってこその人生だ」
一気にその場がざわつき始めた。
西洋人は皆の動揺は想定内とも言わんばかりに「まあまあ」と場をおさめた。
「そのように教育され、それを真実として生きてきたのですから理解はできませんよね。
ただ、それは本当の幸福ではありません。
あなたたちはもっと、人生の中で、個人の自由と幸せを追求するべきなのです」
先輩たちが動揺する中、榊には西洋の男たちの言葉、身なり、そして飛行船さえもが眩しく感じられた。
まだ知らない未来を自分に与えてくれるもののような淡い期待が胸をこがす。
「自分の利益を優先すれば、国は滅びる」
藤堂の言葉に榊は我に帰った。
(そうだった。自分を律して義をとおす、それが私たちだ)
相良は右手で藤堂を制し、
「それで?それをワシらに伝え、賛同するものを集めるつもりか?」
と軽蔑の眼差しを向けた。
「いえ。
この写真をばら撒き、今世界が、そういう時代であることを伝えるだけです。
その後どうするかは、各々が決めることでしょう」
清雅はとまどいながら相良を見る。
「その写真、何が写っていたのですか?
それを見たら、みんな何を思うのですか?」
相良の握りつぶした写真。
彼らの言う、もっとも幸福な何かが写っていたのだろうか。
(こいつらを殺してしまいたい)
相良の脳裏に自分でも意味がわからない感情が生まれた。
と同時に
(全ての人間が、"今"を知り、そこに足並みを揃えて進む必要がある)
理性が、全く別の言葉を投げかけてくる。
(ワシは古い時代の"良き"に固執しながらも、新しいものを受け入れ変わるべきだという考えも持っている。
だが、こうも、まるで違う世界と考えを目の前に突き出されると……)
―― 拒否感しか芽生えなかった。
「危険だな」
自分の中に芽生える嫌悪感を、不屈の精神力で心の中に沈め込んだ相良は
「幕府が冷静な判断ができるとは思えねぇ」
そう、ひとりごちた。




