第12話 握手しましょう
もぬけのからになった警察所を綾小路は一人あぐらをかいて眺めていた。
「えらいことになった。
ただえさえムカデ衆のごたごたで内部があわただしいゆうのに、ついに西洋がからんできおった」
「日本、どうなりますかね?」
入り口に高階が立っていた。
「今すぐには、どうもならんやろ。
ややこしいのは……」
そこで高階の横顔をじろりと見る。
「日本が西洋に手を出したときや」
「……」
「わかるやろ?
テロリストからしたら、これは好機や
逃すはずながない」
高階がにわかに唾をのむのがわかる。
「戦にでもなったら、えらいことや」
綾小路は目を細めて、自分の指を光にかざした。
「あぁこれ……
そろそろ爪切らなあかんわ」
清雅の読み通り、飛行船は日比谷の上空に止まり、そこから数人が地に降り立とうとしていた。
屋敷から出てきた武士たちが、刀を抜いて遠巻きに見ているが、誰も近づこうとはしなかった。じりじりと周りを囲んではいるが、明らかに足がすくんでいる。
一ノ瀬は、そんな武士たちを尻目に、ぐんぐん前に出て飛行船に近づいていく。
「ちょっと、まずいですよ!
せめて上から指示がくるまで待っておいた方がいいです!」
清雅は一ノ瀬の袖をひっぱるが、一ノ瀬の力が強すぎて引きずられるかっこうとなっていた。
『よもや、ここまでか。
ワシはもう、この化け物に食われることを覚悟しておる』
妖のくせに九曜が飛行船にビビりまくっている。
飛行船から降り立った西洋人は全部で十人。皆、上から下まで白い服を着ていた。
―― 異国の奇妙な服。
清雅も本では知っていたが、実際目の前で見ると、その一言に尽きると思った。
(筒の中に足を入れている。えらく窮屈そうだな)
西洋人は一列に並ぶと、刀を抜かず近づいてくる一ノ瀬と清雅に笑顔を向け、手を振っている。
頭上では飛行船が今も大きな音をたてて宙に浮いていた。
『不気味じゃのぉ。背が高く、目も不思議な色じゃ。なんで笑っとるんじゃろ』
一ノ瀬は目の前まで近づくと、そこで立ち止まり上を見上げる。
「これが飛行船かぁ」
嬉しそうに笑顔をつくり、まるで目の前に西洋人がいることを忘れているかのようだ。
「初めて見るのですか?」
不意に、西洋人の中の一人が声を発した。
一ノ瀬は思わず後ろに飛び下がり刀に手を置く。
「言葉がわかるのか?」
「えぇ。
でなければ、せっかく来たのに話ができないでしょ?」
他の数人は笑顔のまま一ノ瀬を見ていた。
どうやら日本の言葉を話せるのは一人だけのようだ。
「一ノ瀬さん、後ろに下がりましょう。
銃を持っているかもしれません」
遠巻きに見ていた武士たちは、目を見合わせながらも近づいてこない。
皆、一ノ瀬と清雅の次の行動を興味深げに見ているようだ。
「銃は持っていませんよ。争いに来たのではありません」
清雅は信じがたいような視線を向ける。
「あなたたちの国では人を殺すことが当たり前かもしれません。
しかし私たちの文明では、すでに人が人の尊厳を奪うことは、精神レベル上、あり得ないことなのです」
(別に、当たり前ではないけど)
清雅は胸のあたりに嫌な感触がひろがった気がした。
言葉が話せる西洋人は、両の手のひらを上に向け差し出して見せた。
「握手、しませんか?」
一ノ瀬に手を差し出す。
「一ノ瀬さん!!!」
清雅は腰の刀に手をおいた。
「絶対、手を出してはいけません」
一ノ瀬は一歩進み出た。
西洋人の目を見据えたまま唇をきつく結ぶ。
一瞬迷ったものの、右手をすっと刀の柄から離し、相手の目の前に差し出した。
清雅は、いつでも刀を抜けるよう身構えている。
全員が固唾を飲んで見守っていた。
その時
「紫苑!!!!」
飛行船のエンジン音をさらに上回る怒号が後方から響いた。
その大地を揺るがしそうな勢いの声に、一ノ瀬の肩がびくりと震える。
「相良さんだ!」
いたずらがみつかった子供のように、一ノ瀬は首をすくめて後ろを見た。
鬼の形相で走ってくる相良と、あわててその後を追う第一隊・第二隊の隊士たち。
銃を構えた第四隊が清雅の目に飛び込んできた。
「侍の方々、お待ちしておりました」
相良たちを見ると、西洋人は皆お辞儀をした。
ぎこちなく、バラバラと頭を下げる。
息を切らして飛行船の真下まで来た相良は、一ノ瀬の腕をつかみ力づくで自分の後ろにひっぱった。
「江戸の警察隊隊長の相良と申す。
なんの説明もなく、江戸の町をこのようなもので飛び回る。
そのような愚行をおかす理由をお教え願おうか」
激しく息切れしながらも、ギロリと睨む目には、いつでも抜刀して戦うことも厭わない殺意さえも見てとれた。
「私たちは争いを好みません」
相良の気迫に気押されたのか、余裕の笑みを讃えていた西洋人たちは、一歩退くと、あわてて両手を上に上げた。
(野蛮だ)
西洋人からそんな声が聞こえてきそうだった。
そのうち一人が懐から数枚の紙を取り出し、相良に急いで手渡す。
「真実を告げに来たのです」
相良は相手の目を見たまま、差し出された紙を乱暴に受け取った。
「写真……」
目を落とすと、そこには……
美しい石畳の街並みと、笑顔で買い物をする人々の色彩写真。
カフェでお茶を飲み、その横を車が走っている色彩写真。
空を飛行船が飛び、電灯が街を彩る色彩写真。
相良は絶句した。
思わず息が止まる。
何度もその写真を目で追った。
夜でも明るい街。
日々を楽しむ人々。
整然と整備された家々。
一ノ瀬が後ろから覗こうとしたが、すぐさま写真をぐしゃりと握りつぶす。
「相良隊長……?」
隊士の一人が怪訝な顔をして、後ろから呼びかけた。
清雅は、相良の様子から手渡された写真の内容が、相良にとって受け入れ難いものなのだろうと感じた。
「これを、ワシらに見せて、何をするつもりだ?」
動揺を相手に悟られまいと、声を低くしてゆっくりと問うた。
「このまま、隠し通すつもりなのですか?
もう、時代はずいぶん先にいっているということを?」
相良は押し黙った。
「いったいいつまで、侍の時代を続けるおつもりですか?」




