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ひとまず交渉の席には着けたらしい。七星はこっそり安堵した。
ところが、すぐに親方は表情を引き締める。
「嬢ちゃんは鉄製の茶筅を考えてんだろうが、あんな先の細い形はやめときな。竹と違って、鉄はしなりで力を逃がせねぇ。負担がかかり続けりゃ、そのうちポキッといっちまう。万が一にも食いもんに紛れたら、命取りだろ」
親方の指摘に、七星は深くうなずいた。
「確かに……折れる可能性がある道具を、晩餐会で使うわけにはいきませんね」
アールヴヘイムの来賓が鉄片を口にしてしまうなど、想像しただけで身震いする。
比喩ではなく、本当に首が飛んでしまうだろう。
「茶筅と木べらの中間を担うような、熱を加えながらでもなめらかに混ぜ合わせることができる道具が欲しいのですが……やはり難しいでしょうか」
七星が遠慮がちに尋ねると、親方は考え込むように顎を撫でた。
「そうだな……ちょいと試してぇことがある。三日後、また工房に来れるかい。それまでに、茶筅の代わりに使えそうなもんを用意しておこう」
親方は泡立て器をしげしげ眺めたあと、それを七星の手に戻した。
「ついでに、こいつの試作もな」
「本当ですか⁉」
思わず七星の声が明るくなったが、親方はふん、と鼻を鳴らした。
「どんなもんになるか、まだわからねぇぞ」
「でも、期待しています!」
七星が真っ直ぐにそう答えると、親方は一瞬だけ言葉に詰まった。
調子を狂わされ、頭を搔きながらそっぽを向く。
「……おう。まぁ、楽しみにしてな」
ぶっきらぼうに言った親方の前に、清澄が一歩進み出た。
「試作にかかる費用は、すべて宮廷料理課へ請求してください。言い値で結構です。あなたの腕を信頼していますから」
穏やかな声色だったが、そこには確かな圧があった。
親方は呆れたように、やれやれと肩をすくめる。
「ったく、信頼ってのは便利な言葉ですなァ。勝手に無理難題を押しつけといてよ。……でもまぁ、こっちも半端なもんを宮廷へ納める気はねぇんで、安心してくだせぇ」
ぼやきとも皮肉ともつかない返しだったが、清澄は慣れているのか余裕の笑みを崩さなかった。
それは貴族の社交術というより、職人同士の軽快な応酬のようだった。
清澄は胸に手を当て、改めて礼の形を取る。
「やはりこの工房に来て正解でした。では、三日後に伺います」
「へいへい。嬢ちゃんも、さっさと帰んな」
親方はわざとらしく顔をしかめ、面倒くさそうに息を吐いた。
それでも来た時のような棘はなく、七星は嬉しそうにペコリと頭を下げる。
「ありがとうございました! また来ます!」
工房を出ると、外の空気が少しだけ涼しく感じられた。
野次馬の姿はすでになく、槌が鉄を打つ音だけが路地に響いている。
馬車に戻るため、三人は来た時と同じ細い道を歩きはじめた。
七星の隣には墨怜が控え、清澄は少し前を歩いて周囲に目を配っている。
「よかったですね、七星様」
墨怜は七星の歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、そっと声をかけた。
「うん。いい職人さんだったね」
道具はまだ手に入っていない。
けれど、確かに一歩、晩餐会へ向けて前に進んだ。
そんなことを思いながら、ほっと気を緩めた時だった。
路地の先で、荷車を引いていた男が「うわぁ!」と叫んで急に足を止めた。
積まれていた木箱が傾き、ガラガラと音を立てて崩れる。
「危ない!」
清澄が反射的に、荷車へ駆け寄った。
「七星様、こちらへ――」
墨怜の声が最後まで届く前に、七星の背後の空気が不気味に揺れた。




