③
「ここは職人が火と鉄を扱う、真剣勝負の場。少しの油断が大きな怪我につながる……。親方様は、私の身を案じてくださったのでしょう」
七星が一歩前へ進み出る。
清澄の背に庇われるのではなく、自分の言葉で伝えるために。
「調理場も同じです。もし子どもがふらりと迷い込んだら、清澄様だって、すぐに外へ出そうとするはず」
「確かに……そうかもしれません」
清澄はハッとしたように、小さく息をのむ。
七星は清澄にうなずいて見せると、親方に向き直った。
「危険を伴う仕事場へ、急に押しかけたことはお詫びいたします」
小さな体が、煤けた工房内で静かに折れる。
職人たちは誰も口を挟めず、心配そうに眉根を寄せていた。
「けれど、それでもお願いしたいことがあって参りました。どうか、話だけでも聞いていただけませんか」
親方はしばらく黙って七星を見ていたが、やがて低く呟いた。
「……妙な嬢ちゃんだな。泣くでも怒るでもなく、頭下げんのかい」
ふん、と鼻を鳴らしながらも、その声からは先ほどの鋭さが少しだけ薄れていた。
「で? どこぞのお嬢様がこんな所にまで来て、何を作れって言うんでさァ」
七星は顔を上げ、持ってきた風呂敷をそっと開いた。
「これです」
包みの中から現れた泡立て器を見て、親方の目がわずかに細くなる。
「……なんだ、こいつは」
「卵白や生クリームなどを混ぜるための、調理道具です」
七星はそれを両手で持ち、親方に差し出した。
「これと似たものを作っていただきたいのです。形は必ずしも同じでなくて構いません」
七星は泡立て器の先を指で示した。
「たとえば、茶をたてる際に使う茶筅のような形でも。要は、液体に空気を含ませたり、均一に混ぜたりできればいいのです」
親方は泡立て器を一瞥し、それから七星を見下ろした。
「だったらハナから茶筅を使えばいいじゃねぇか。わざわざ金物にすることもねぇ」
「おっしゃる通りです。卵白や生クリームだけなら、竹製で良いかもしれません」
七星が否定しなかったことが意外だったのか、親方の片眉がわずかに上がる。
「でも、火にかけたクリームや、とろみのあるソースを混ぜ続ければ、竹では力に負けてしまいます。熱で傷みますし、匂いも残りやすい」
七星は泡立て器を少し持ち上げ、混ぜ合わせるような動作をして見せた。
「重い液体を底から持ち上げ、焦がさず、なめらかにする。そのためには、丈夫な金属の力が必要なんです」
七星をただの子どもとして見ていた親方の目が、仕事相手を見る目に変わっていく。
「……軽い泡と、重い練り物で、道具を分けるってことか」
「はい。本当は、この泡立て器の形状を再現できれば一番なのですが」
「はっ」
親方は短く笑った。
馬鹿にした笑いではない。
面倒な仕事を持ち込まれた職人が、それでも少しだけ面白くなってきた時の笑いだった。
「嬢ちゃん、見た目のわりに無茶なことを言いやがる」




