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 振り返るより先に、冷たい布が口元に押し当てられた。


「もっとてこずると思ったが、案外あっけなく捕まったな」

「護衛もナシとは、大事にされてねぇんだろ。呪厄姫が疎まれてるって噂は本当みてぇだな」

「オイオイ、俺たち呪われたりしねぇだろうなァ?」


 複数の男の声。

 囲まれていると悟った瞬間、七星の背筋が凍った。


(何が起こっているの⁉)


 声を上げようとして息を吸い込むと、甘い香りがした。

 花のような、それでいて不吉な匂い。

 しまったと思った時にはもう遅く、膝が崩れ、身体がふわりと浮いた。

 その拍子に口元を塞いでいた布が離れ、少しだけ呼吸が楽になる。

 けれど、もう声を上げる力は残っていなかった。

 誰かに抱え上げられたのだと理解する頃には、視界の端がぼやけはじめていた。


「七星様!」


 墨怜が駆け寄ろうとしたのが、滲む視界でもわかった。

 けれど、七星の喉元で鈍い光がきらりと揺れる。


「動くんじゃねぇ。少しでも近づけば、この娘に傷がつくぞ」


 墨怜の足がピタリと止まる。

 だがすぐに、彼女は怯えた女中の顔でその場に膝をついた。


「お、お願いします。私も連れて行ってください!」


 いつも冷静な墨怜の声が、明らかに震えている。

 反射的に「来てはダメ」と言いかけたが、続く言葉を聞いて七星は慌てて口を閉じた。


「私がいなければ、七星様はお着替えも、お食事もままなりません。どうか、どうかおそばに……!」


 着替えも食事もままならない?

 確かに着物の着付けは、墨怜に手伝ってもらわなければ難しい。

 けれど、食事くらいなら一人でできる。なんなら作ることだって。


 それに墨怜は、料理人や職人たちと渡り合う七星をそばで見てきた。

 少なくとも、何もかも女中に頼らなければならない幼子だとは思っていないはずだ。

 なのに今の墨怜は、まるで七星がひとりでは何もできないかのように訴えている。


(何か策があるのかも……)


 遠ざかる意識を必死につなぎ止め、七星はかろうじて声を絞り出した。


「すみれも、いっしょが、いい……!」


 ここで墨怜と引き離されてはいけない。

 そんな予感がして、必死に手を伸ばす。

 七星を抱える男は舌打ちをしたが、仲間の男は「まぁいいじゃねぇか」と笑った。


「ガキの子守りも必要だろう。それに、女手はあって困らねぇよ」

「それもそうか」


 男が顎をしゃくると、別の男たちが墨怜を取り押さえた。


「女は縛っとけ。大人しくしてりゃ痛い目は見ねぇよ」


 墨怜は怯えたように肩を震わせたまま、抵抗しなかった。

 両手を後ろに回され、さらに足首まで縄をかけられる。


「よし。さっさと運ぶぞ」


 朦朧とする七星とともに、墨怜も荷車に押しこめられた。ガタンと大きく揺れ、荷車が走り出す。

 清澄が必死に呼ぶ声が聞こえたが、それもどんどん遠ざかっていった。


「七星様」


 墨怜が身を寄せ、七星にだけ聞こえるように耳元で告げる。


「何も心配いりません。必ず無事に帰れます」


 その声には、もう震えはなかった。

 やはり、先ほどまでの怯えた様子は演技だったのだろうか。

 いつも通りの落ち着いた声に、七星の恐怖心が少しだけ和らぐ。


 状況は最悪だ。

 それでも、ひとりではない。

 そう思いながら、七星の意識は深く沈んでいった。

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