二八 山男 5/8
初めに早池峰まで山道をのひらいたのは、附馬牛(遠野の町から北の方向)のある猟師で、南部家が遠野を支配し始めた後の事(豊臣秀吉の時代です)です。その頃までは遠野の人は一人もこの山に入りませんでした。
この猟師が半分ほど道をひらいて、山の半分ほどのところに仮小屋を作っていたとき、ある日炉の上にお餅を焼きながら食べていたら、小屋の外を通る人がいて頻に小屋の中を伺っていました。
それは、よく見ると大きな坊主でした。
坊主はやがて小屋の中に入ってきて、さも珍しそうにお餅を焼くのを見ていましたが、ついに手を差し伸べてこれを食べました。そして漁師も恐ろしくなって自らもまたお餅を取って与えると、嬉しそうになお食べました。
お餅をみんな食べ尽くすと、坊主は帰っていきました。
猟師は次の日もまた来るであろうと思い、お餅によく似た白い石を2つ3つ、お餅に混ぜて焼いていると、火のように熱くなりました。
案の定その坊主はやってきて、また昨日のようにお餅を取って食べました。
お餅が尽きてからその白い石を同じように口に入れましたら、大いに驚いて小屋を飛び出し姿が見えなくなりました。
後に谷底でこの坊主が死んでいるのが発見されたと言います。
北上川(猿ヶ石川と合流する大きな川。北上山地から流れて、早池峰は北上山地の最高峰)の大洪水に白髪水というのがあり、白髪の姥を欺いてお餅に似た焼き石を食べさせた祟りだと言われています。この話によく似ています。




