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魔王の力をお借りします!  作者: 働く猫の日常
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そんなの馬鹿でもわかります(17)

メイヴの展開してくれた魔法は激しい音を立てながらも、敵の攻撃を受け止めていた。しかし、それも長くは続かず防壁は破壊され、竜巻に吹き飛ばされる家屋がごとく俺たちは吹き飛ばされた。


今まで感じたことのないほど強い浮遊感に襲われたあとに地面にたたきつけられた。酷い痛みだが、今はそんなことに構っていられない。手も足も動く。それだけわかれば十分だ。


目を開けると、先ほどまでとは景色が一変していた。ヒュドラが通ったと思われる地面は抉れ、一度は塞がれていた溶岩湖がところどころむき出しになっている。


いや、それ自体は変わったというよりはむしろ戻ったともいうべきものなのだが、他にも大きく変わったところがある。ここは火口の内部だ。周りは溶岩が固まってできた岩壁で、まるでそれ自体が要塞であるかのように俺たちを取り囲んでいた。


その岩壁の半分が失われていた。簡単に言えば、俺たちの後方にあった全てのものが無くなっていた。削り、食われていた。小さな村ならばすっぽり入ってしまうのではと思うような火口の半分が失われたのだ。


ふざけた威力だ。こんなのやっぱり上級魔法の範疇はんちゅうじゃない。今まで散々、エリック達の戦闘を見てきた俺だからこそわかる。これではっきりした。あの鎧騎士は上級魔法のさらに上位である、特級魔法の使い手だ。


全身が痛み、額どころか全身から血のドロッとした感覚を感じながらも俺が生きていられるのはメイヴの魔法のおかげだ。そうでなければ特級魔法の前に俺たちは跡形の残らず消滅していたのだ。


「うっ」


「メイヴちゃん!大丈夫か!」


うめき声をあげるほうを見るとメイヴが倒れていた。酷いケガだ。俺たちとは違い、あの魔法と正面から対峙したのだ。そのダメージも俺たちとは比べ物にならないだろう。


俺が抱きかかえても何の反応もない。気持ち悪がる余裕もない。錬成魔法で創り出された大鎌は消滅し、右腕はその腫れ具合から察するに骨折している。意識を取り戻さないところを見ると頭部に深刻なダメージもあるかもしれない。


「諦めるが良い」


鎧騎士は気づけば俺たちから十数メートルというところに立っていた。


地面からマグマの蒸気が立ち上り、生物の存在を認めない見渡すばかりの岩肌。そして目の前には死を連想させる黒を纏った鎧騎士。ここが地上の地獄だと言われれば、そうだと認めてしまいたいような光景だった。


「そこの妖精族の戦士はなかなかにしぶとい。先のシルビアと言う女剣士といい、この時代の戦士の牙も抜けていないと見える」


「お、お前、シルビアちゃんと会ったのか」


「ここに至る道中に遭遇したのだ。氷魔法を自在に操るあの女剣士には手を焼いたが、歴戦の猛者に遠く及ばず。今頃は従者2人と共に谷底で眠っていることだろう」


馬鹿な。あの3人が死んだ?こいつに殺されて?信じられない。危機ならば今まで何度もあった。それでも、そのことごとくを打破してきた。そんなあいつらが負けるなんて想像することができない。


全身をかろうじて支えていた糸が切れたような気持ちになった。しかし、この足を地につけることなど俺にはまだ許されない。俺の一人だけだったら良い。けどここには助けなければならない人が二人もいる。考えろ、メイヴとネイアを無事に連れ帰る方法を。


それにエリックたちが死んだなんてこの目で見るまで信じない。きっとどこかで奇跡的に生きているかも知れない。落ち着け、俺。切れた糸をつなぎ直せ、状況を整理して正気を保て。


俺たちの唯一の戦力と言って良いメイヴはもう戦えない。こいつを相手に逃げ切れるとも思えない。だとすれば俺がこいつに立ち向かうか?そうしたところで一秒の時間稼ぎにもなるまいが。打つ手がない。チェスで言うところのチェックメイトだ。手があるとすれば投了しかない。いやいや、だから諦めるな。ネガティブ思考に回す余力なんて1ミリもないのだから。


「逃げたいのであれば見逃そう」


そんなことを考えている俺に鎧騎士は逃亡を促した。逃げる?いいのか?


「望むのであればその妖精族の娘も連れてゆけ」


「本当か?ここから逃げて良いのか?わかった!仕方がない、ここから俺がお前を倒すという逆転劇を披露しようとも思ったが、お前が負けを認めるのなら、良いだろう。よし、行こうネイアちゃん」


鎧騎士の思惑はわからんが、逃がしてくれるというのなら逃げよう。矜持プライドはないのかって?無い、無い。そんなもの。仲間の命以上に大事なものなんてないでしょうが。


「引き換えに赤髪の娘、貴様は我にその命を差し出すのだ」


は?こいつ何言ってんの?赤髪って、ネイアの命?


「わかりました。その代わりに、他の二人には手を出さないと約束してください」


鎧騎士の提案の意図が分からず思考が一瞬止まってしまった俺とは違い、ネイアは即答した。いやいや、ちょっと待てって。


「何でネイアちゃんの命だけ狙うんだよ?誰でも良いってんなら俺の命でも良いだろうが!」


「我が欲するものは神域魔法なれば。そしてそれはその娘が自ら命を投げ出してこそ完成するもの。それが手に入るのであれば、貴様らの命など取るに足らん些末な問題に過ぎん」


神域魔法とか1000年前とかさっきから訳わからん事ばかりで正直混乱しているが、あいつがネイアの命を絶とうとしていることだけはわかる。そしてそれは到底看過できるものではない。できないもののはずだ、なのに。


どうして俺はその提案を受け入れようとしてしまっているんだ。


「キースさん。気に病むことなどありません。元々、こうなる運命だったのですから。それを私の我がままであなたたちを巻き込んでしまったのです」


ネイアの顔は決して俺を責めるものではなかった。それどころか俺に対して申し訳なさそうな眼差しを向けている。それにも関わらず、俺は罪悪感からネイアと目を合わせることができない。


「そんなこと言うなよ」


「もう誰にも迷惑をかけたくない。だからこそ死を望んだはずだったのに。でも良かった。ここで私が命を投げ出すことで二人の命を助けることができるならば、私は自分の命にやっと価値を見出すことができるのですから」


さようならです。


そう言い、ネイアは俺に背を向けた。


これで良いのか?恐らくあの鎧騎士の言うことに偽りはない。ネイアの命さえ手に入ればあいつは俺たちなど歯牙にもかけずにこの場をさるだろう。なぜなら、あいつはここで俺たちを瞬殺してネイアだけを連れていくこともできたのだ。


ネイア一人を犠牲にすれば二人が助かる。ネイアが犠牲にならなかったとしても、ネイアを含む俺たちは三人とも死ぬことになる。つまりネイアはどの道、命を落とすことになる。


全員死ぬか、二人を生かすかという問いならば当然後者を選択すべきである。功利主義というんだったか。やれやれ道中にクイズ大会を開催したことがここで活きてくるとは、模範解答を学んでおけてよかったぜ。


これで正解だ。俺はメイヴを背負い、全てを忘れてこの山を下る。ネイアを犠牲にして。そもそも犠牲ですらないはずだ。ネイアの言った通り元々俺たちには関係の無い話だ。むしろ俺たちは骨折り損のくたびれ儲けと言っても良い。気に病むことなど無い。


それなのに、俺は未だに何を迷っている?何に引っかかっている?この場面に関する解答まで導き出しておいてどうして納得できずにいる?俺は何を見落としている?


馬鹿か。そんなのわかり切っているだろうが。誰かを犠牲にして生き延びるだって?自分のことを騙して?そんな人生、俺は生きていられない。


「キースさん!?」


俺は鎧騎士に向かって歩み始めていたネイアを左腕で制す。


「悪いね、ネイアはお前には渡せない」


「何を考えているんですか!?ここでキースさんが我がままを言っても結局は私たちは全員死ぬんですよ!それなら、私一人死んだほうが良いってことはわかるじゃないですか」


「わからないね」


「自分のせいで誰かが死ぬ気持ちが貴方にわかるんですか」


ネイアの声は気づけば震えていた。それは俺を責めているようにも、自分を責めているようにも聞こえた。俺が知らない、俺じゃ理解することもできない宿命を彼女は背負っているのだろう。だから、正しいのはネイアで間違っているのは俺だ。


「いいや、それもわからない」


だけどね。


「ここで仲間を見捨てて逃げ帰る奴は生きてる価値無いクソ野郎だってことは、そんなことは馬鹿おれでもわかるんだよ」


仲間を見捨てるなんて心的外傷トラウマは致命傷だぜ。少なくとも俺はそんな傷を抱えて生きていたくない。もしここでネイアを犠牲にしたら、俺は女性を見るたびにネイアのことを思い出す。


大好きな女性を愛せなくなる。その記憶は少しずつ俺のことを壊していくに違いない。綺麗ごとではない。俺は誠実に利を重んじたのだ。


俺の肝っ玉の小ささを見くびるなよ。罪悪感で俺は死ぬ。どうせ死ぬなら、カッコ良いほうが良いだろうが。俺は双剣を両手に強く握りしめ鎧騎士と対峙する。


「実力差を理解できぬとは哀れなり。無為に命を散らすが良い」


鎧騎士の剣からヒュドラの頭一つが召喚された。舐めやがって。なんて思わない。俺相手になど先ほどの攻撃の九分の一でもおつりが来る。余分な魔力は使用したくないということと、ネイアをできれば無傷で捕縛したいという想いが半々というところか。


「私が死んでいればこんなことには」


ネイアは俺の背中の服を強く握りしめながら、そんなことを言う。後ろを見ることはできないが、きっと後悔やら自己嫌悪で大変なことになっているだろう。やれやれ、そんな顔では美人が台無しだぜ。


「そうだな、もしネイアちゃんが死んでいたなら」


俺の言葉で如きでネイアの気持ちを軽くすることなんてできない。もしかしたらメイヴのように気持ち悪がるかもしれない。けれど言っておこう、どうせ死ぬんだ。カッコつけるさ。


「君が死んでいたなら、こんな楽しい旅はできていなかっただろうな。ここまで生きててくれてありがとう」


そして俺は不条理な現実を前にネイアと共に運命を共にする。そうできれば良かった。けれど、そんなことさえ、仕損じるのが俺だった。鎧騎士が蛇竜の影を放つのと同時に俺は後ろに尻もちをつく形で転んだ。ネイアが背中の服を強く後ろに引っ張ったのだ。


「私もあなたに会えてよかった」


ネイアは襲い来る蛇竜を受け入れるように両手を広げ、俺と蛇竜の前に立ちはだかった。そして蛇竜がネイアを喰らおうとしたその瞬間目も眩むような光が俺たちを包んだ。




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