そんなの馬鹿でもわかります(16)
「メイヴちゃん!!」
何が起こった?
水切りの石のように地面を3回ほど撥ねたあと、そのまま動かないメイヴが地面に倒れている。なんて馬鹿力だ。いや、今考えるべきは奴の人並み外れた筋力ではない。その耐久力だ。
あの必死の一撃を受けてまだあれだけの攻撃を繰り出せる余力があるなんて。信じられない。
メイヴの近くにやっとの思いで駆け付け、体を抱きかかえる。「離してください、気持ち悪いです」という声がすぐに返ってきてホッとした。外傷を見ると衣服がボロボロなのとは対照的にその体に損傷は少ないようである。
なるほど、一見派手に吹っ飛ばされたようにも見えたがそれは威力を殺すために自分から吹っ飛んだようだ。受け流しの究極系だ。
「どのような攻撃も無意味です。あの悪魔はどんな傷も一瞬で直してしまうのですから」
マグマが封じ込められたとはいえ、外気温がすぐに下がる訳もなく未だに空気は熱を帯びたままであるのにも関わらずネイアの顔から血の気が失せていた。
顔面蒼白と言って良い。
「どんな傷でもって。あんな傷を受けたら誰だって死ぬ。あいつの命も風前の灯のはずだ」
鎧騎士の頭は自重に耐えられず首から切り離され、その胴体からは止めどなく血が流れている。はずだった。
「マジかよ。傷、一つもないじゃん」
先ほどまでは確かに刻まれていたはずの傷は跡形もなく消えていた。最初からそんなものなど無かったとでもいうように。やつが未だ立ち続けられているのは耐久力などではなかった。驚異的な回復力ゆえだ。
「驚くことでもないでしょう。ただの回復魔法に決まっています。何度でも回復するのなら何度でも切り刻むだけですよ」
発言は脳筋もしくは猟奇殺人者のソレだったが、迷いなく立ち上がるメイヴの目は本気だった。そうだ。回復魔法だというのなら限界が来るはずだ。魔力が尽きるまで切り刻めばいずれは。
覚悟を決めるとメイヴは一気に距離を詰めた。メイヴの大鎌はカマイタチのように鎧騎士の体を切り裂いていく。対して鎧騎士の攻撃は風に舞う綿毛がヒラヒラと逃れるようにメイヴにかすりもしない。
次々と繰り出される攻撃に本来であれば挽肉にでもなっていなければおかしい。にも拘わらず鎧騎士の体は原型をとどめている。一撃目で与えた傷あとは、二撃目が繰り出される前には既に塞がりかけているのだ。
「ぷはっ」
息が切れたと同時にメイヴは後ろに大きく跳ねた。華麗な後方宙返りを決め、敵との距離を取る。
「はあ、はあ。キースさん。お待たせしました。そろそろ手柄を立てたいと思いますので、ここはお譲りいたします」
「いやいや遠慮しておくよ。子供から活躍の機会を奪っては大人気ないというものだからね」
「全く、頼りがいの無い男ですね。どれだけ切っても無傷ですよ。これは労働意欲が削がれます。目に見える成果が欲しいものです」
実際にこれは精神的に来るものがあるだろう。こちらの攻撃がまるで通じている気がしない。空気でも切り裂いているようである。対してあちらの攻撃は一撃で悶絶必至で、大剣での一撃など喰らおうものなら間違いなく即死だ。
実力ははっきり言ってアチラのほうが数段上である。そんな敵を相手取るならば短期決戦に持ち込むのが常套手段だとエリックが言っていたが、相手が無限に回復するのであればそれも難しい。だが俺たちにできることは相手の回復が無限ではなく有限であることに賭けることだけだ。
ここからメイヴと鎧騎士による果ての見えない綱渡りのような立ち合いが延々と繰り広げられることになる。
そう考えた俺はやはり先見の明というか大局観を持っていないのだ。結論から言えばこの状況は即座に打破される。俺たちにとって願ってもない、短期決戦になったのだ。
ただ一つ誤算があったとするならば、その決戦に敗北したのは俺たちだったということだけだ。
「小賢しい」
鎧騎士は手に持つ大剣の剣先を天に向け呪文の詠唱を開始した。それと同時に天は雲で覆われ、空気が奴を中心に逆巻きだした。
「ああ、これは控えめに言ってヤバいですね」
メイヴは咄嗟に詠唱を開始し、魔法陣を展開する。地上のみならず俺たちを囲むように半円系に展開されるその魔法陣は今までメイヴが使用するものの中で最大規模のものだったように見える。一瞬のうちにこれだけの魔法を発動できるとは流石はエルフの王族だ。
けれどその魔法陣の中心にいても俺は一切安心することはできていない。当の本人であるメイヴ自身も既に構築がほとんど完了している魔法を少しでも強化しようと躍起になっている。
それもそうだろう。あの八岐大蛇を見ては。
鎧騎士が発動した魔法陣からはまるでその存在自体が一つの山であるような9つの頭を持つ大蛇が現れた。鎧騎士同様にはっきりとした輪郭を持ち合せていない、まるで影が具現化したようなその怪物は頭一つでも村を跡形もなく滅ぼすことができるだろう。
「八岐大蛇の侵食」
鎧騎士が呪文を唱えると、九つの巨影が氾濫した川がそうするように全てを飲み込むながら俺たちに襲いかかった。




