人は見た目で判断しません(9)
「ていうことがあってさ。いやもう本当に大変だったよ。生きているのが奇跡だよ、本当に。あっ、これ秘密にしておいてくれよな?機密扱いにしてくれってジルの奴に頼まれてさ」
「なんでそんなトップシークレットをこんなところで私なんかに話しているんですか?『これ絶対秘密なんだけど』という切り出しで広がって良い話じゃないでしょう。恋バナ感覚ですか?頭おかしいんじゃないですか?」
なるほど、恋バナなんて単語を知っているとは意外と庶民じみたところもあるんだな。てっきりそういうことには疎いものだと勝手に思っていたぜ。
メイヴは相変わらず俺と目も合わせず、本に鼻を埋める勢いである。
昨夜の事件が終わり、俺たちはメイたちを修道院に送り届けたあとすぐにジルのところに向かった。深夜だったが、ジルは寝る間も惜しんで対応してくれた。
俺たちも現場検証やら聞き取り調査とやらでずっと付き合わされた。夜が明けて昼前になってようやく解放されたのだ。その傍らでキースがエルザから自分を置いていったい何をしていたのか尋問を受けていたが、それは自業自得だろう。
そして今はここ昨日の騒ぎがあった噴水のある町の中央広場である。流石にまだガーゴイルの残した傷跡はくっきりと残っていた。ただ、瓦礫など危険なものは全て片付けられており、無事だったスペースでは何事の無かったかのように商いが行われている。そんな噴水のところに昨日と同じようにメイヴが腰かけているところに出くわしたのだ。
「心身ともに疲れた俺を癒せるのはメイヴしかいないと思って探していたらちょうど見つけて、これはもう神の導きだと思ってる」
「あなたは邪神でも崇拝しているのですか?」
「いえ、強いて言うなら女神です。特に美の女神アフロディーテ様にはぜひ一度お会いしたい!アフロディーテ様の挿絵は切り抜いて部屋に飾っていたくらいの信仰心を持っている」
「あなたは私だけでなく、神までもストーカーしているのですか。本当に救いようがないですね」
メイヴはわざとらしく大きなため息をついてみせた。
「そんな風に色々なものに執着しているから今回のような不要なトラブルに巻き込まれるんですよ。その性格のせいで自分の命を危険にさらしたことを反省してください」
「せっかくのご忠告痛みいるが、俺は今回の件に関して反省することはないぜ。俺が首を突っ込んでいなければメイたちは今頃無事じゃなかったんだからな」
「他人がそんなに大事ですか?」
「大事に決まってるだろ。可愛い子供がピンチなんだぞ?あの状況なら誰でも助けるさ」
メイヴはそこで顔を上げた。俺のセリフに感銘を受けてくれたと思ったが違うようだ。その顔には尊敬どころか、嫌悪が浮かんでいた。俺を通して何か違うものを見ているようだった。
「では見知らぬ大人だったら助けましたか?もしくは、他種族だったら?いや、人間の知り合いだとしても犯罪者だったら?あなたの基準だとどこまでは正義でどこまでが悪ですか」
その口調は糾弾しているかのようだった。疑問の形を呈していたが、返答の暇はなく。ずっと自分の中にあった鬱憤を晴らしているかのようにも見えた。
「相手が魔族だったら?相手が忌まわしき混血のハーフだとしてもあなたは助け、救い出すとでも言うのですか!?」
そこまで言ったところでハッとして、メイヴは目を伏せ、これ以上に口から感情が流れ出るの防ぐように右手を口にあてた。
「すみませんでした、今言ったことは忘れてください」
「いいや、俺は君が『私が捕まったらきっと救い出して、誓いの口づけをしてください』と言ったことは絶対に忘れない」
「そんなことは言っていません!」
その顔には相も変わらず好意とはほど遠い感情が浮かんでいたが、さきほどの自己嫌悪に近い色は見えなくなっていた。やれやれ、心底自分が嫌になるぜ。他人の深いところまで寄り添うことができず、冗談で躱すのが精いっぱいだとは。
「それであなたは本当は何しにきたのですか?」
「いや、メイたちの友人である君が安否を気にして夜しか眠れないんじゃないかと思ってね。さしあたり、彼女たちは無事だと伝えに来たってのが本当のところだ。それにこのあと、メイ達に会いにいく約束もしているんだ。丁度良い機会だから大人の遊びを教えてあげるつもりだよ」
「いまの情報からメイ達に危機が迫っていることが分かったので、原因を排除しようと思うのですが良いでしょうか?大人の遊びって何をやらせるつもりですか!?」
「冗談だよ、ほら、これだよ。ぬいぐるみ。本当のこと言うとまだ遊びに出かけるっていう状態でもないからな。せめてプレゼントだけでもと思ってな」
「そうですか。ではあまり長居しないようにしてくださいね。彼女たちには休息が必要ですから」
「心配しなくても今夜は予定があってな。ぬいぐるみを置いたらさっさと帰ってひと眠りする予定だよ。大人の遊びってやつだから、メイヴはついてくるなよ。あっ。そういう店で働いてるってことないよな?夜の店でばったり知り合いに会うなんて考えただけでぞっとするぜ」
「安心してください。そんな場面は絶対に訪れないですから」
「そう願ってるよ」
俺は立ち上がり、メイたちがいる教会にそろそろ向かおうと歩きだそうとしたが、答えるべき質問に答えていないことを思い出し、メイヴのほうを振り返る。
「泣いている女の子」
「はい?」
メイヴは豆でっぽうを喰らった鳩よろしく状況が全くつかめていない様子だった。ついに目の前の男は意思疎通を図ることすら困難になってしまったのかと憐れみの視線を感じた。いや、マジで信用ないんだな俺は。流石に今までの行動を反省すべきなのかもしれない。
このままでは二度と会話してもらえなさそうなので言葉を続ける。理解してもらえなくとも言っておきたいことなのだ。
「どんな相手だったら俺が助けるのかって話。正直その場にならないとわからないと思うけど、俺は例え相手が性悪の犯罪者、他種族でハーフだとしても泣いている女の子だったら俺は助けるよ」
「ブレない性犯罪者ですね」
「人は趣味嗜好では犯罪者にはならない。悔しかったら司法の実権を握り法改正にでも乗り出すんだな」
「相手にしきれませんね。ほら、もう行ってください」
興味なさげに本に視線を戻したメイヴであったが、その口の端がわずかに上がったように見えた。見間違いかも知れない。しかしそれでも少しだけ報われたように感じた。
これからしようとすることを思うと少しだけ足が重いが、俺は自分が言ったことだけは裏切らない。やりたいようにするだけさ。
さあ、行こう。少女を救いに。




