人は見た目で判断しません(10)
夜もどっぷりと更け。昼間の喧騒は跡形もなく、また日頃の鬱憤を晴らすべく酒を酌み交わす声すら、もはや聞こえない。
屋敷のホールもまた静まり返り、最低限の灯りが魔法によりついてこそいるが薄暗く、暇つぶしに持ってきた本を読むことは難しかった。
そのホールは吹き抜けになっており。舞踏会でも開くつもりだったのかと言いたいぐらいの広さを誇っている。しかしいま聞こえてくるの格調高いクラシックなどではなく、俺の呼吸の音ぐらいである。
その静寂の中では人ひとりの足音がくっきりと浮かび上がる。その足取りは何かに追い立てられているように早いテンポで進んでいた。段々と近づいてくる。もう一人いるはずだが、どうやら完全に足音を消しているか、今回は同行していないかのどちらかだろう。
その足音の主は迷うとなく玄関の扉に手を開け、ホールへと入ってくる。フード付きの外套を着こんでおり表情を確認することはできないが、想像はできる。
そして俺は立ち上がる。
カツっ、と俺の靴が固い地面を鳴らす音にその男は、ジルは必要以上に身を震わせた。
「よお、ジル。遅かったじゃないか」
「こんな夜更けに何のようですか」
その目にはいつもの余裕はなく、厨房にゴキブリを見つけた料理人のように忌々しそうに俺を見る。
「どうした?さすがの領主様もこの闇オークション事件に疲れを隠せないか?これまでの愛嬌に満ちた笑顔はどこに行ったよ」
「疲れているんです。あのあと他のオークション会場が無差別に破壊されているという通報がいくつもありましてな。その調査などでやっといま体を休めようと帰宅したんです。用事がないなら早く帰ってくれませんか?今回の家宅侵入には目をつむりましょう。私の気が変わらないうちに」
「わかった、わかった。ただ今回の事件について確認したいことがあってな。それだけ聞いたらすぐに出ていくよ。それに安心してくれ、俺たちは明日にはもうこの村を出ていくからな。最後の手土産に教えてくれよ」
少し考える素振りを見せたジルだったが、もう俺がこれ以上関わらないと言ったことと、問答を続けるよりも一言情報を伝えて帰らせたほうが得策だと判断したのだろう。損得勘定。商人の生き方である。
「良いでしょう。何ですか」
「あの日、ガーゴイルが本来は出品されるはずだった。ただそこで昼間の事故があった。出品できないガーゴイルの代わりを見つけるために奴らは迅速に動いた。お前は代わりに出品された商品がどうやって入荷されたものなのか知っているか。俺はその犯人だけは許すことができない」
「やれやれ、メイヴから聞いていましたが、あなたは本当に特殊な性癖をお持ちのようだ。そこまであの孤児に固執しますか。あの教会の孤児なんて夜に忍び込んでさらってきたのではないですか?孤児であれば捜索依頼などは出るはずもありませんから。こんなこと、直接聞けばわかることではないですか」
「ああ、そうだな。メイたちもそう言っていた。夜に寝ようと自室に戻るときに突然、顔をマスクで装着した男たちに攫われたとな」
「ではもう十分でしょう?私はもう自室で休ませていただきます。明日は見送りをする余裕はありませんがどうかご無事で」
ジルは俺に一瞥をくれることなく目のを速足で通り抜けようとする。
「ああ、もう十分だ。聞きたいことは全部聞けた。確信は得た」
ジルが俺の目の前を通りすぎる瞬間、俺は背に背負った大剣を両手でつかみ、地面を足で踏みしめ振り下ろす。
高い金属音が鳴り響き、その俺は攻撃がジルにまで届かなかったことを理解した。そこに見えるのは漆黒の身の丈を優に超える大鎌であった。
ジルと俺の間に立ちふさがるようにその鎌の使い手はそこにいた。
「やっぱり夜の仕事してたんじゃないか。だから言ったろ?こんなところで会うと気まずいってさ」
全身をフード付きコートに包まれた小柄なその小さな死神を俺は知っている。この大鎌はそうあるものではない。
攻撃の反動でフードが外れ露になる銀色の髪。それは昼間、日光を反射していたときと変わりなくこの薄暗い屋内においても、まるで光そのもののように輝いていた。
俺の呼び掛けにメイヴは答えない。あまりに無反応なので人違いだと疑いたくもなかったが、この天使のような顔を見間違えるはずもない。




