人は見た目で判断しません(7)
グイ。っと腕を掴まれる感覚に鼓動が警鐘を鳴らした。ヤバい。俺がここに迷い込んだ部外者だとバレたのだろうか。こんな現場に居合わせたのだ。ただでは済むまい。
「エリック様!!」
しかし俺の腕を掴み、それどころかそのまま胴体を正面その両腕で抱擁したのは屈強な見張りではなく、シルビアであった。
「シ、シルビア。お前が何でこんなところに」
シルビアの抱擁という名の締め技に意識をジリジリと奪われつつも何とか頭に浮かんだ疑問を投げつけた。
「それはこちらのセリフですわ。今朝はこの町の奴隷商のことなどまったく気にも留めないご様子でしたのに。やはり外道を野放しにはできないのですね。さすがはエリック様!そうならそうと言ってくだされば、このシルビアお力になりましたのに!」
奴隷商?シルビアは何を言っているんだ?
「この闇オークションのことを言っておるのだろうよ。奴隷商はあくまでもこのオークション出品者の一人に過ぎないということじゃな。そして今、競りにかけられているあのウルフマン。ククク。どうやら昼間の一件も無関係ではないようだのう」
「あなたたち、仲良いのは結構なことだけれど。いい加減にしていないと部外者だということがバレるわよ」
聞きなれた声に目をやると、エルザが壁に寄りかかる姿勢で腕を組みながら立っていた。どこで
手に入れたのだろうか。いつものシスター衣装ではなく、賭博場のディーラーのようなスーツ姿である。女性のスーツ姿など初めて見たが、なかなか様になっている。恐らくはここへの潜入に当たってシスターの服装では目立ちすぎるということなのだろう。
「あら、何でここにあなたがいるのかしら」
「それはこちらのセリフね。朝から地道に聞き込みをしてやっとの思いで発見した手がかりを頼りにここまでたどり着いたかと思えば、貴方たちがいるのだもの」
「わたくしも親切なお方からここの場所を教えていただきましたわ」
「親切な人?」
「ええ、身なり振る舞いに品は感じられませんでしたが、わたくしがちょっと爪の手入れをして差し上げたり、歯並びを見て差し上げたら、色々と教えてくださいましたわ」
ぞっとした。一体何枚の爪、そして歯がその男に残っているのか。シルビアに見つかってしまったその男に心から憐れみを感じる。あまりにダルがらみをしてくるシルビアを無視してしまったら、次の日に、氷の拘束椅子に座らされ、手厚い世話を受けたことを思い出した。
「おい、そういえばキースはどうした?一緒じゃないのか?」
朝は二人で出かけていたようだったが。町を調査中に美人について行って、いつの間にかいなくなっていたりして。
「町を捜査していたら、それなりに美人な子について行って、いつの間にかいなくなっていたわ」
冗談だったのだが、想像通りの行動を取っていた。それに『それなり』とかわざわざ付け足す辺りに若干のいら立ちが感じられる。
「でも、エリック。あなたも大したものね。私がこの綺麗な足を棒になるほどに酷使してやっと突き止めた場所にたどり着けるなんて」
不味い。|セクシー・ウィッチ(良い子には教えられない店)に行ったなどど言っては殺される。
「いや、俺も聞き込みをしていった結果、ここに通ずる店舗を見つけてな。合い言葉も事前に知ることができて、それで入ることができたんだ」
「ふうん。ちなみにどんな合言葉だったのかしら?」
「・・・・・・・」
「エリック?」
「『オルレアンの乙女』だ」
「さっきの間は何かしら?」
「ヤンデレ巨乳でシスターコスのロリ娘じゃろうが」
くそう。なんでそんな一般人が普段から口にしそうなフレーズを合言葉なんかにしてやがんだ?馬鹿なのか。この町の犯罪者はみんな馬鹿なのか?
「馬鹿は貴様じゃ。合言葉になるくらいあり得ない性癖を貴様が持っているというだけじゃろうに」
とにかく。と俺は何事もなかったように平穏を装いながら。
「さすがはエルザだな。この町の領主すら突き止めることができなかったオークション会場を見つけることができるだなんて。いやあ。こんな優秀でカワイイ仲間がいるなんて幸せものだな」
「ふふん。何か大事なことをはぐらかされた気もするけど良いことにしましょう。カワイイだなんてわざわざ口にしなくても良い事実だわ」
「それにシルビア、お前の優秀さも磨きがかかっているな。立ち振る舞いから重要人物を一目で見抜き、情報を得るその手際は称賛に値する。一番の忠臣はシルビアだな。やっぱり」
エルザが先に褒められたために、これ以上がないほどの殺気を放っていたシルビアも、己の努力が報われたと思ったのか。
「当然のことをしただけですわ。エリック様のためになるのならば、もう2、30人捕まえて更なる情報を集めてきますわ!」
いや、それは勘弁して欲しい。悪人とは言え、可哀そうすぎる。
「さて、皆様!本日のオークションもそろそろ大詰め!」
会場では司会者と思しき男が、観客の注意を集め、会場を盛り立てようとしている。その顔には観客と同じように仮面が装着されている。
「皆様もご存じの通り、この後に出品される予定だったガーゴイルは昼間の騒ぎで台無しとなってしまいました。死体は回収しましたので、後程はく製にして出品する予定でございます」
「やはり、昼間のガーゴイルはこのオークション用に捕まえてこられたようじゃな」
迷惑な奴らだ。あれのせいでどのくらいの被害が出たと思っていやがる。メイヴがいなければ死者が出ていたのかもしれない。ジルの奴、領主なら悠長なこと言ってないでさっさと捕縛しろよな。
「ガーゴイルの本日の出品取りやめにショックを受けた方も中にはいらっしゃるかと思います。しかし、我々は皆さまを決して落胆させたりはいたしましません。代わりの商品をご準備いたしました」
ガラガラと四角い身の丈ほどの檻がステージ運ばれてくる。その折には赤の布が被されている。ガーゴイルの代わりに捕獲されてきた魔物だろうか。暴れる音や鳴き声は聞こえない。
「それでは皆様、御覧ください!」
勢いよく布は取り払われ、檻の全貌が明らかになる。その檻の中を見て観客は好奇の声を上げ、俺は血の気が引いていくのを感じた。
俺はその檻に閉じ込められていたものを、人を知っている。あれは。
「おお!瓜二つだ!見分けがつかないな、双子か」
「真ん中の子なんて可愛らしいじゃない。前髪が短いから顔が良く見えるわあ」
その檻で恐怖で涙や鼻水で顔を濡らしているその三人はメイと双子少女の二人だった。




