人は見た目で判断しません(5)
「メイヴ様が人間を嫌うのには少し入り組んだ事情があるのです」
俺たちはメイを教会まで送り届けた。安心したのかあのあとすぐにメイは気を失ってしまった。道中、双子少女が無事であるか心配であったが、何とか先に教会まで戻っていたようである。
そして今はその帰路である。
「我々はあの聖戦であまりにも多くのものを失いました。しかし、メイヴ様は終戦後もなお、多くのものを失いました。そしてその理由の多くが人間にあると考えておられるのです」
『人間は嫌いです』確かにそう口にした。それが真意ではないと思いたいが、彼女がそう言うだけの何かがこれまでにあったのだ。
恩人が自分たちの町で被害にあったのを引け目に感じたのだろうか。そのお詫びのつもりだろうか、ポツリポツリと自分たちの女王についての説明をしてくれた。
「メイヴ様には兄と姉がおりました。彼らを失った事件に人間が少なからず関与しているのです」
「人間がエルフを殺したというのか」
「確かにこれまでエルフを捕らえ、口にするのも悍ましい行為に及んだ者もいました。ただ、兄君と姉君の件に関しては、直接手を下した訳ではありません。しかし、その要因ではありました。お二人は人間とエルフのハーフだったのです。ご存じでしょう。この世界において他種族と混ざり合うということがどんな意味を持つのか」
他種族と混ざり合った存在のことをハーフと呼び。この世界では魔族と同列に扱われる。魔族とはすなわち混族。混ざった種族のことを指すのだ。ハーフはそのほとんど場合に異形の形で生まれる。上半身が人間、下半身が蛇のラミアなどが分かりやすい例だろうか。
大神オーディンが創生の時代に全種族に対して提示した禁忌の一つが異種族間の交配であった。いまこの世界に存在する魔族は全て、創生の時代より他種族で混ざりあったものたちの成れの果てなのだ。そして魔族がこの世の均衡を崩す元凶なのだと、人々に説き、それが現代においても信仰として世界に浸透している。
「先代の王はメイヴ様の叔父にあたるお方でした。しかし聖戦にてメイヴ様のお父上と共に討ち死にしたため、本来であればその血族あられる兄君と姉君のどちらかがが王位を継承するはずでした。姉君が不運にも命を落とし、兄君が行方知らずとなり、王位継承権第三位であったメイヴ様が即位したのです」
準備ができていたとは思えない。あの年齢で政治や人心掌握術、また外交の知識、そして人望があったはずがないだろう。自分のほかに相応しい後継者がいたというのなら尚更だ。
与えられた役割に自身の能力が追い付かない。守るべきものが手から零れていくのをただ見ることしかできないその時間はメイヴからも何か大事なものを奪ったに違いない。あの小さい体にガーゴイル1体を簡単に屠る力を身につけなければならないほどに。
「お前は人間を恨んでいないのか?メイヴのように。人間に奪われてきたんだろうが?」
「恐ろしい考えが頭に浮かぶこともあります。確かに心無い人間が私たちを陥れ、いままで何度もだましてきました。しかし全てがそうでないこともまた知っているのです。私たちが知らないだけで、人間に仇為すエルフもこの世にはいるかもしれません。『人間』という共通点だけで、誰かを憎むことなどできようもないのです」
その言葉は途中から隣に歩く俺ではなく、自分自身に言い聞かせているように感じた。仕方のないことなのだと。
「メイヴ様は立派な方です。あのお年で我々をよくまとめて下さっています。しかし、まだ折り合いをつけることが難しいのでしょう。誰かのせいにせずにはいられない。全てを失ったのは人間のせいだと。誰のせいでもないと言うのに」
「詭弁じゃな。聞くに堪えんわ」
マイラは心底、唾棄すべきものを見つけたと言わんばかりに損ねた機嫌を隠そうともしない。
「人間を憎む対象にするしかないじゃろうよ。何が自分を苦しめているのか、あの少女ならとっくの昔にわかっておることじゃろうしの。本当に憎むべき相手は人間ではないこともな。そのことに気づかないふりをし続けておるというのは哀れじゃがのう」
何だ、罪を憎んで人を憎まずということだろうか。人間を許せないというメイヴの気持ちをわかるし、それが仕方のないことだと割り切って人間と共存しているエルフの生き方もまた間違っているとは思えないのだが。
「ふん、火が放たれた家に水をかけるわけでもなく、ただそこで傍観しているのは、その放火行為に加担しているも同じじゃろうよ」
「それってどういう」
「ではエリック様、私はここで。エリック様の宿とは道が分かれますので。あの騒ぎがあったばかりですから、くれぐれも今夜は外出などせずに宿で静養してください」
一礼するとエルフメイドは屋敷に向かってスタスタと戻って言った。そう言えば名前を聞くことを忘れていた。
今夜は宿で大人しくしてるべきだって?そんなこと言われなくても、わかってる。




