人は見た目で判断しません。(4)
「なぜその少女を座らせておる」
「自分だけが座っておいて、幼い少女を立ちっぱなしにさせるというのは、流石の俺でも心が痛む。至極当然のことだろう」
「余が言っておるのはそういうことではない。なぜ膝の上に座らせておるのかと聞いておるのだ」
「ばかな。このオデキューちゃんを石造りの冷たいところに腰かけさせろというのか?マイラ、お前に情っていうものが無いんだな。見損なったぞ」
メイは俺の膝に礼儀正しく座っている。最初は膝の上に座るということに遠慮を覚えたのだろう、少し考える素振りを見せてから、慎重に膝の上に載った。この年齢で遠慮ができるなんて立派じゃないか。
「オデコがキュートを略して変なあだ名をつけてやるなよ。その少女にはメイという立派な名前があるじゃろう。それに貴様の膝の上に座ることを遠慮したのではない。膝の上に座ることを勧めるこの男は本当は危ない人ではないかと疑っただけじゃろう」
ちなみにお友達の双子少女たちは俺を挟むように両脇にチョコンと座っている。くそ、俺にあと二人を座らせる膝があれば。いや、待て。別に膝じゃなくたって良いじゃないか。俺が仰向けになってその上に三人座らせれば。
「村を出てから枷が外れたな貴様は。色んな意味で」
「ありがとうね。お兄ちゃん。クッキー美味しかったよ」
メイは後ろに反り返るように俺の顔を覗きこんだ。その屈託のない笑顔は俺があげたクッキー4枚の価値以上のものだった。クッキーどころか金貨だ。金貨4枚分の笑顔。
双子少女はそのクッキーをまだ味わうように少しずつ、少しずつ口に運んでいる。普段口にすることは多くないのだろう。
メイはクッキーをもらうやいなや、すぐに口に放り込んだ。ふりをした。そのクッキーをハンカチに包みポケットにしまったので、もしかして甘いものが嫌いだったのか。と心配になったのだが。
「お兄ちゃん。もう一枚もらっても良いかな?美味しすぎてすぐに食べ終わっちゃった」というものだから驚いた。美味しいも何も食べていなかったじゃないか。
しかし、俺は最後の4枚目のクッキーを何も言わずに渡した。メイはそれも食べるフリをしてポケットにしまった。大事に。それこそ金貨でもしまいこむように。
「メイは教会で暮らしているのか」
「うん。もうずっと教会で暮らしているの。シスターたちも優しいし、友達もいっぱいいるから幸せだよ。メイはみんなのお姉ちゃんだから、みんなの面倒みてあげてるの。大きくなったらシスターに優しくて頼りになる大人になるの」
戦争孤児なのだろう。あの聖戦で多くの命が失われた。そして同時に身寄りのない子供たちも多く生まれた。一部の教会でその子供たちの面倒を見ているようだが、孤児の数の数が多すぎて人手、資金ともに足りていないところも少なくないと聞く。
先ほどのクッキーは教会で待っている他の孤児たちにあげるつもりなのだろう。自分だって食べたかったに決まっているのに。
シスターもそんな状況で耐えている子供たちにせめてもの楽しみとして、小遣いを渡したのだろう。しかしこの子たちはそのお金をシスターたちのために使おうとしている。
「偉いな」俺はメイの頭を撫でた。栄養が足りずに艶があるとは言えない髪だが、櫛で丁寧に整えられた跡がある。
えへへ。とメイは照れるように、はにかんだ。
「メイヴ、遅いね」
双子少女にうちの一人がクッキーを食べ終わり、暇になったのかメイヴが歩いていった店のほうを見ながらつぶやいた。
確かに遅いな。もしかして、やっぱり花の交換の交渉が上手くいかなかったのか。様子を見に行ったほうが良いかな。
俺は膝に乗っていたメイをそっと下ろし、立ち上がった。
その時、後方から固いものが強い衝撃で破壊される音が響いた。少ししてガラガラと音を立てて地面に転がり、それがレンガであったことが分かる。
女性の甲高い声が遅れて響き渡った。誰かが下敷きになったのかと声が聞こえたほうを振りかえる。目に映ったのは一目散に逃げだす人々の群れと、壁一面に大きな穴が空いたレンガ作りの倉庫。
そして現れたのは翼を大きく広げた一体のガーゴイルだ。その胴体は首から足のつま先まで獣を思わせる灰色の剛毛で覆われており、その頭と羽だけはまるで鳥類のものをくっつけたかのようにアンバランスな姿をしていた。その人間の胴ほどもある腕から繰り出される一撃は例えレンガ作りの壁だろうとも一撃で破壊しうるものであり、ただの人間では10人かかりでも勝てはしないだろう。
距離にして100メートルというところだ。先ほどまでの賑わいは一瞬にして恐怖へと塗り替えられた。なんでこんな町中に突然現れた?
「しまった」そう思った。ガーゴイルは恐らくその倉庫にいたのだ。捕まっていたのか、夜のうちに迷いこんだのかは知らない。確かなことは、背を向けている民衆の中、唯一俺はガーゴイルと目が合ってしまったということだ。
この瞬間、敵対の意思を感じられる存在として映ったに違いない。
威嚇かそれとも興奮を抑えきれなかったのか、ホイッスルのような甲高い声を上げながらガーゴイルは放たれた矢のように突っ込んでくる。
目算で三メートルもあるであろう巨体が矢のような速度で。「重さ×速度=運動エネルギー」という単純明快な物理ルールに則って考えれば、俺にこれを逃れる術はないだろう。
「せめて剣さえあれば、上級魔法で凌げたのだが」
「ククク。『これから観光に行くのに剣なんて重くて持って行ってられるか』と余の忠告を無視して丸腰で町中に繰り出したことが裏目に出たな。小気味良いわ」
「クソが!こんなときでも嫌味を欠かさないとはお前の性格の悪さも筋金入りだな!」
低い衝撃音が辺りに響く。それはガーゴイルの肢体が衝突した音であるのだが、ぶつかったものは俺でもなければ地面でもない。中級防壁魔法である。
「はははは、見たか。成長した俺の姿を!何の力も借りなくても中級魔法であれば、使いこなせるようになったのだ。ガーゴイルなど恐れるに足らず」
「魔法具の力を借りていたとは言え、この一か月の間に上級魔法を連発しておったからのう。流石に体も慣れてきたのか。ふん、小癪な奴め。しかし、貴様。そう浮かれておると足元をすくわれるぞ」
見るとガーゴイルがその巨大な腕を振り上げ防壁に向けて一撃を放っていた。
ピシ。と明らかに崩壊を思わせる音とともに防壁に亀裂が走っている。
「ククク。さあ、どうする?中級魔法と言えど使い手が貴様じゃな。練度が足りぬわ、練度が」
くそ、マイラが腹立たしいのはいつものことだがこのままではまずい。メイたちを早く安全なところへ。
「お前たちは早く逃げろ。とにかくここから離れるんだ」
双子少女は最初、恐怖のあまり俺の言葉を理解でいないようだったが、状況から自身がとるべき行動を察したのか。、二人とも先に逃げた人たちを追いかけるように駆け出した。二人?メイはどこだ!?
いた。ガーゴイルの突進に対して反射的に回避行動を取ろうとしたのか、俺の後方で倒れていた。
「メイ!早く立て!」
「あ、足が」と振り絞るように声を出すのがやっとなくらいに腰が抜けている。目の前を見るとガーゴイルのさらなる一撃を受け、完全に防壁が崩壊していた。
その時気づいたことがある。ガーゴイルの手首には大きな手枷が嵌められていた。そして手枷には鎖でつながれていたらしい痕跡も見てとれた。もしかして誰かがガーゴイルを捕獲して町中に閉じ込めていたってのか。一体だれが?何のために!?
防壁を突破したと、間髪入れずガーゴイルは標的である俺たちに向かって追撃をかける。俺だけならともかくメイを庇いながら回避するなんて不可能だ。全く少女ってのは手がかかる生き物だな。
「そこがいいんだけどな!」
恐らくは焼石にかけられる水以上に役に立たないであろうが、ガーゴイルの一撃をほんのわずかでも緩和し、メイの命が守られるよう俺はメイにかぶさるようにガーゴイルに背を向けた。
「ロリコンもそこまでいけば勲章ものですね」
セリフは辛辣でこそあったが幼く心地よい声まで聞こえてきたので、どうやら俺は天に召されたようだ。やれやれ、痛みなく一瞬で絶命とは。俺の貧弱さもここに極まれりという訳だな。
しかし、次に聞こえてきたのはガーゴイルの鼓膜を刺すような悲鳴である。そう、悲鳴だと直感できるほどに苦痛に歪んだ声だった。もしかしたら地獄に落ちたのかもしれないと恐る恐る目を開け、ガーゴイルがいた方角を見る。
そこには片腕を肩から削ぎ落されたガーゴイルの姿と、死神の鎌とも言うべき2m弱の大鎌が刃を血で塗らしていた。おかしい、鎌の使い手はどこだ?あんな大鎌を扱えるような人間であれば、嫌でも視界に入るはずだが。
「愚か者め。目をシャンと見開いてよく見よ。鎌の使い手もいるではないか」
「いやいや。どう見ても鎌が自立して立っているようにしか見えないぞ」俺はその鎌を見上げながら少しでも冷静さを取り戻そうと状況を分析しようとする。
「見上げるのではない。むしろ逆じゃ。下をみろよ」
マイラの忠告に従い、俺は鎌を今度は上から下になぞるように見る。すると、その鎌の使い手を見つけることができた。いや、正直に言おう。俺はそれを見つけられずにいたのではない。最初から見えていたのだ。しかし、それを。彼女があの大鎌を振り回し、ガーゴイルの片腕を切り落とした人物だと到底思えなかった。
だって彼女は、その鎌の半分ほどの身長しか持ち合わせていない少女だったのだから。
「メイヴ。お前がやったのか」
「ええ、そうです。危ないところでしたね。しかし、見直しました。危機的状況でこそ本当の人間性が見えるというのは有名な話ですが、おめでとうございます。その身を挺してまで少女を守ろうとしたあなたは真のロリコン、略してシリコンです」
「全然嬉しくないのだが」シリコンって。響きがなんか嫌だ。
「どうやらおしゃべりはここまでのようですね」てっきり俺が嫌いで一切目線を合わせてくれないのだと思っていたが、どうやらガーゴイルの様子を見定めていたようであるメイヴは反撃の気配を察知し攻撃態勢に入る。
形振り構わずに攻撃を繰り出してきたガーゴイルに対して、メイヴはまるで風に舞う羽のようにガーゴイルの体をすり抜けて見せた。すぐさま攻撃を再開するガーゴイルに対してメイヴは背を向けたままである。普通であれば心配のあまり声を張り上げ、注意喚起をするところなのだろうが、俺にはわかった。勝負はもう着いている。
ガーゴイルの全身から一気に血が噴き出す。切られたことに体が今更気づいたかのようであった。すれ違いざまに致命傷を既に与えていたのだ。糸が切れた人形のようにガーゴイルは地面に低い音を立てながら倒れる。
メイヴは静かに俺たちのほうへ歩いてくる。その白肌に銀髪のせいだろうか、全身を覆う紅色の液体が鈍い光を発しているようだった。
「ひっ」
差し出されたメイヴの手に反射的にメイは体を怯ませた。無理もない。年端もいかない少女がこの惨憺たる現場に居合わせ、野生の魔獣の恐怖を目の当たりにしたのだ。まして、相手はその魔獣を一瞬にして肉塊にしてみせた張本人なのだ。これは仕方のない反応なのだ。
しかしこの光景に俺の胸は鈍い痛みに襲われた。差し出されたメイヴの手には三輪の黄色の花が握られていただけなのだから。メイたちのために選び、ここまで運ばれてきたものだ。メイヴの口は堅く結ばれたままただの一言も発することはなかった。
メイが受け取らないことを見ると少ししてその花を俺のほうへ差し出した。代わりに受け取れということだろう。そしてそのまま逃げるように背を向けて歩き出した。
「待てよ。メイはいまちょっとパニックになってるだけで、お前が助けてくれたってことはちゃんとわかってる」
「良いんです。慣れてますから。好奇心から人はエルフに寄ってきますが、結局は珍獣として扱うか、未知の存在として忌み嫌うかのどちらかです。あの聖戦でも同じです。都合の良い生物兵器としか思われていなかった」
そしてやはり彼女は言うのだった。忘れてはならないと。まるで戒めのように繰り返す。
「人間は嫌いです」
そう言い終えるが早いか。いつのまにか俺たちの視界からメイヴの姿は消えていた。俺は彼女にかける言葉を見つけることができなかった。
「エリック様」
そんな中、俺の名前を呼ぶ声があった。その呼び方をするのはシルビアかと思ったが、そうではなかった。買い出しの途中なのだろう、メイド服に身を包んだエルフが心配そうに俺をのぞき込んでいた。俺のことを知っているということは昨日の宴の時にいたのだろうが、俺にはまだエルフを識別することはできない。
「お怪我はありませんか」
「ああ、大丈夫だよ。ここらに飛び散っている血は全部ガーゴイルのだよ。メイヴってエルフの子が俺たちを助けてくれたんだ。誰一人として怪我人はいない」
「メイヴ様がいらっしゃったのですか!?あのお方はご無事だったのですか」
先ほど、俺を心配してくれた以上の狼狽ぶりだ。まあそりゃ昨日初めて会った他種族の男よりも同族の子供のほうを心配するわな。
「無事もなにも彼女も無傷だよ。しかし、強いな。メイヴは」
「申し訳ありません。ジル様の恩人に対して大変恐縮なのですが、我らが王をそのような呼び方をされるのは謹んでください」
「え?我らが王って誰のことだ」おいおい、まだ俺は正気を失っているのか。会話が成り立たないな。いつエルフの王様が出てきたんだ?
「メイヴ様こそ、我らの女王であらせられます」
そう言い切る彼女の顔を見て、先ほどまで俺が話していたエルフの少女こそが、エルフたちを治める王女なのだと、ようやく理解した。




