初めて竜を退治します。(17)
「エリック、大丈夫かな」
ニーアは心配そうなまなざしで私を見ながらエリックの安否を気にかけている。
「大丈夫よ、私が至近距離でナイフを投げても死なないんだからワイバーンに襲われたくらいじゃ死なないわ」
いつもであれば普段乗ることができない馬車に目を輝かせるニーアだけれど、今回に限って言えばさすがにそんな余裕はないようだ。
あたりを見渡せば自力では避難することのできない老人や、まだ幼い子供たちがニーアと同じように心細い様子で外を眺めていた。
いつまたワイバーンが目の前に現れるか気が気ではないのだろう。
村の住民の他に乗せているものと言えば騎士達の武器錬成のための鉱石や素材が乗っているだけである。
本来は貨物用の馬車を、そのまま使用しているのだ。緊急ということもあり荷物を下ろす手間も惜しんで住民の避難誘導にあたったということのようだ。
「もう少しで着きますから、安心してください。皆さんの安全はこの騎士団が保証いたします」
馬車の手綱を握る騎士の一人が皆の不安を少しでも紛らわすことができたらと、声をかける。しかし根拠のない励ましだと誰もが薄々気づいていたため、その声に応答するものはいない。
同じような馬車が後ろに2つほど並んでおり、避難場所は村から離れた教会跡地より奥にある祠である。あそこであればワイバーンの追撃から逃れられるという考えらしい。
本来であれば魔物の襲撃など一過性のものであり、そこで巣でも作られない限りは一時避難という考えはある程度効果があるだろう。後日、十分な備えをして迎え撃てればよし、再度の襲撃がなければそれもよしなのだ。
しかし、今回の件はそんな単純なものなのだろうか?今まで何もなく平和そのものだったこの村に短期間に二度の襲撃。それも父さんの不在を狙って。
これを偶然と考えるのはあまりに不自然過ぎる。どこかにこの群れを統率しているものがいるのでは。もしそうだとすれば、、、
「エルザも怖いの?」
私の顔が険しくなっているのを見て、ニーアが声をかけてくれる。
「大丈夫よ。ちょっと考えごとをしていただけ。こんな状況全然怖くないわ。騎士様も居てくださってるし、何よりニーアがいるから。頼りにしてるわ」
「うん、任せて!ニーアも全然怖くないよ。エルザに何かあったら守ってあげるね」
さっきまで不安でいっぱいだった表情だったニーアだが、私に助けを求められて嬉しかったのか、頼もしい表情で胸を張る。
この純粋無垢な少女は守り抜かなくてはと、私もその姿をみて改めて覚悟を決める。
ズガァァアアアン!
そんな私の覚悟を待っていたかのように後方から何かが木っ端微塵に吹き飛ぶ音が聞こえた。
反射的にその音がなったほうへと視線を向ける。
「きゃああ!」
誰か発したかもわからない悲鳴があたりに響きわたる。
そこには信じられない、いや信じたくない景色が広がっていた。
先ほどまで後ろを走っていた馬車は理不尽な力によってその形を失っていた。先ほどまでその馬車に乗っていた村の住人であった亡骸もあたりに散乱していた。
代わりにその場に佇んでいるのは一匹のドラゴンだった。
グガァァアアア!
「スギーアス・アルグラン!!」
破壊した馬車には目もくれず、新たな標的に対しその鉤爪を躊躇なく振り下ろした竜に対し、私は咄嗟にドーム状の防壁を展開した。
半ば反射的に発動したもので、正常に展開できるか怪しいところではあったが、今回はそのお陰で時間は稼げそうだ。
本来は術者を包むように展開される防壁であるが、ドラゴンを包むように展開されている。
まるで竜を閉じ込める檻のようであった。
「まだ、息がある人がいるわ!急いで崩壊した馬車から連れ出して避難して!人以外の荷物は馬車から下ろして!少しでも馬車を軽くして速度を上げて。急いで!」
そう、子供が2人動くのが見えた。母親である女性の腕の中から。恐らくは兄弟だろう。あの一瞬で己の身よりも子供の身を優先したのだろう。その2人が唯一の生き残りだ。
正気に返った騎士の1人は魔法防壁の中で暴れる竜に怯む素振りを一瞬見せたものの、急ぎ2人を担ぎ上げ馬車へと戻る。
その間に馬車に積んであった鉱石などの荷物は全て投げ捨てられた。これなら多少はスピードも上がるだろう。
「エルザさんも早く!」
再出発の準備が整い、手綱を握り直した騎士が急かすように声を張る。しかし、私はその呼び掛けを首を横に振ることで拒絶する。
「私が少しでも動いたらこの魔法防壁は崩壊してしまうわ。それに足止めする役も必要でしょ?放っといたらコレはあっという間に私たちに追いついて今度こそミンチにするわ」
「しかしっ」
「安心して、こんな可憐な少女、どんな物語でも最後まで生き延びて王子さまとハッピーエンド迎えるに決まってるんだから。早く行って。そうしないと出番待ちの王子さまが出て来れないわ」
騎士は己の無力を呪うような表情を浮かべ、結局は手綱を握り馬を走らせた。
本来であれば守るべき民草に守られる。騎士として譲れない信条もあったのだろうが、誇りよりも、守れる民を優先する。その判断をこそ、私は尊敬する。
ミシっ
「はあ、嫌になるわね。もう限界なんて。もう少し時間を稼がないといけないじゃない」
---ォォォオオオ!!
魔法防壁を破壊するないなや、その竜は私めがけて突進を開始する。
辺りの木々などお構い無しに突き進み木をなぎ倒していく。この距離で左右に回避すればあの鉤爪から逃れることはできない。ともすれば上だ。
私は自身の跳躍に合わせ風魔法を発動し突進してくる竜の頭上を飛び越える。
その私を逃すまいとその強靭な顎を持って私を噛み砕こうと首を伸ばしたが間一髪、逃れることができた。
無理な回避のツケとして着地に失敗し損ねた。なんとか受け身を取り威力を殺したものの背中を強く打ったようだ。鈍い痛みが走る。
それでもなんとか態勢を整え、竜に向かうとやつもすでにこちらを睨み付けている。
奴の牙から赤い炎が漏れ、その炎に魔力が込められ始めた。
「まさか、体内で生成した炎に魔力を込めて吐き出そうっていうの?」
まともに受け止められるわけない。
しかし、そんな私の動揺などお構い無しにあの竜は炎球を吐き出した。
受け止められないなら、避けるしかないじゃない!
「ウィンド・テンペスト!!」
私は中級風魔法を放った!あの炎球にではない。自分にだ。さっきの回避と要領は同じだ。違うのはさっきのはあくまで体を浮かせる程度の風だったということだけだ。
中級攻撃魔法である「ウィンド・テンペスト」は私の体を容赦なく吹き飛ばした。
先ほど背中に走った鈍痛とは比べ物にならない衝撃と痛みだが、背に腹は変えられない。これでも威力は抑えたのだ。
その痛みの代償として私はその炎球の回避にやっとのことで成功した。
「竜は!?」
痛みを嘆いてる暇はない。一刻も早く態勢を整えなければ!
焦り竜の姿を探す私だったがその必要はなかった。もう竜は目の前にいたのだから。
カロロロロロ---
「遠距離攻撃のあとに距離を詰めるだなんて、戦闘なれしてるのね。今後の参考にさせてもらうわ。次があるならね」
恐らくはあの炎球を吐き出したあと、すぐに走り出していたのだろう。あの炎球だけでも必死なのに二段構えの攻めというわけだ。
私の目の前でその爪を突き立てるべく右腕を上げる竜を止める術はもう私に残っていない。
カッ
何か小さいものが硬いものにぶつかる音が聞こえた。私の頭蓋を砕く音はこんなにもショボいのかとも思ったがそうではなかった。
顔を上げると竜の動きは止まっていた。
カッ
再び同じ音が聞こえ、その音は誰かが投げた石が竜の鱗に当たって鳴ったものだとわかる。
「エルザから離れろ、わるもの!」
そこにいたのは石を拾っては竜に向かって投げるニーアであった。
なんでここに!?馬車に乗って逃げなかったのか??
「なんで、、、」
「だって、言ったもん。エルザは私が守るって。怖くないよ。だからエルザ安心してね」
ガァアアアア!
私はニーアに駆け寄りその両の腕で抱き締めた。何か策があるわけではない。ただ、そうすることしかできなかったのだから仕方ないでしょう。
結局、王子さまは助けに来てくれなかったけど可愛い女の子が来てくれただけでも良かったと思うことにしましょう。
ああ、そういえばエリックと喧嘩したままだった。こんなことなら少し話を聞いてあげても良かったかも。
全く、最後に考えるのがエリックのことだなんて業腹だわ。
助けに来なさいよ。ばか。
「ぉぉぉぁぁぁあああああああ!」
ドンっ!!!
ズシィィィイイン!!
空中から珍妙な叫び声を上げながら突如現れたソレは、私たちに襲い来る寸前であった竜と猛スピードで衝突した。
直撃を受けた竜はたまらず体勢を崩し体を地面に叩きつけた。
「覚えとけよ、マイラぁあ!もう二度とお前の知恵なんか借りるものか!死ぬところだったぞ!って、おい!キースしっかりしろ!?キース生きてるか!?」
空中から現れた彼はこの戦況において全く役に立つとは思えないが、自然と私は先ほどまでの絶望が嘘だったかのように、この身が安堵に包まれていくのを感じた。




