初めて竜を退治します。(18)
----遡ること10分前
「無理、無理、無理、無理!!お前ごときが勝てるはずがなかろう。一瞬じゃ、一瞬。飛んで火に入る夏の虫とは貴様のことじゃ。逃げろ、いますぐ逃げるのだ、このたわけが!」
エルザのもとへ向かうため、息継ぐ暇も惜しんで両の脚を酷使する俺に向かってマイラは懸命に逃亡を促してくる。
エルシッドはここに来る途中にあった騎士団の1人に任せてきた。あまりの傷の深さに目を見開いてはいたがシルビアの回復魔法のおかげかだろうが、どうやら適切な処置を受けられれば命の別状はないとのことだった。
「もうすでにほとんどの住民の避難は完了している、歩けないものや一人で避難が難しいものは馬車で輸送している。君も早く合流するんだ」
エルシッドを託された騎士は俺にその場所を教えてくれた。俺はすぐに駆け出した。避難するためではない。その馬車にエルザも乗っているはずだと考えたからだ。エルザがニーアを1人にするはずがない。
「あいつの恐ろしさは貴様が一番感じておるはずじゃろうが。あやつを目の前にして恐怖のあまり余の懸命で賢明な呼びかけがその耳に届かなかったのはどこのどいつじゃ」
「全然、ビビッてなかったね。お前の呼びかけだってバッチり聞こえてました。聞こえた上で無視してたんです。なんか人から言われるとやりたくなくなるというか。『今やるところだったのに!!』みたいな?」
「反抗期か!」
しかし、まずい。あの騎士はワイバーンとの戦闘で気づいていなかったようだったがアフトクラトラスは馬車の通過点をなぞるように飛行を続けている。このままでは確実に間に合わない。くそ、どうすれば!
「だから諦めろと言うてるのがわからんのか、この阿呆は。そもそも貴様1人でどうこうできる相手でないことは明らかであろう?騎士であるエルシッドは敗北し、あのシルビアと同等の力なのじゃぞ?ここは潔く撤退するが吉じゃ」
むかつくが正論である。はっきり言って俺が行ったところで何できるかといえば疑問だ。ここで都合よく頼れる仲間が偶然現れてくれるなんてことは絶対にない。
俺1人が行ったとこで劇的なことなんて何も起こらない。そんなことはわかっている。それならなぜ、向かう?無様な姿をさらすためか?
そんな考えが頭に浮かんでは必至に打ち消す自分がいる。行くと決めた。それでも迷いは断ち切れていないのだ。そんな自分が情けない。
「おーい、エリックじゃないか」
聞きなれた声に後ろを振り返ると俺と同じく、息を切らし走り続けるキースがいた。
「お前、まだこんなところにいたのか。ワイバーンに襲われて逃げ遅れたのか?」
「ふっ。俺の逃げ足の速さを知っているだろう。ワイバーン如きを振り切ることなど訳ないぜ」
「普段ならむかつくところだが、この状況で『ワイバーン如き』と口にできるその余裕には感服したぜ。そうするとより一層お前がまだここにいる理由がわからないのだが?」
「これを見てもこの漢キース様がいまだここにいる理由がわからないかな」
そう言うとキースは腰にある革袋から蒼い輝きを放つ石が埋め込まれたイヤリングを取り出した。それを見せつける顔のなんと腹立たしいことか。
そのイヤリングをどこかで見たことがあると思っていたが、同い年のジュリアが大切にしているものじゃないか。亡き父が生前プレゼントしてくれたとか。なるほど、そういうことか。
「キース、お前ってやつは」
「理解してくれたか、親友よ」
「この緊急事態に盗賊紛いのことをするなんて見損なったぞ!」
「いや、全然理解してくれて無かったわ!」
「お前のことだ、女子の部屋に入るついで他にも変なことしたんだろうが!」
「お前何を根拠にそんなこと言ってんだ!?お前の親友がそんなことするわけないだろう!」
「シルビアのベッドに勝手に入り込んで匂いを嗅いでただろうが」
「はい、それはしました。すいません!」
この一件が済んだら、騎士団に突き出そう。大丈夫だキース。そのときは俺も一緒にお縄についてやる。俺とお前は友達だからな。
「いや、そうじゃなくって!ジュリアに頼まれたの、これが無くなったら父親に顔向けできないから取ってきて欲しいってさ」
そうだったのか。確かにキースはどうしようもない女好きだが引くべき一線はちゃんと引く男だったな。
「お前こそ何してるんだこんなところで?あっ、さてはエルザを探し回ってたな。安心しろよ、とっくに騎士団の馬車に乗って避難してるよ」
キースはそう言うと俺が向かおうとしている方向を指さした。
「お前にしては鋭いな、キース。俺はいまエルザを探している最中なんだ。そしてそのあと颯爽とエルザのピンチに駆け付けるところまでが俺の役目だ」
「安心しろよ、馬車には騎士が3人もついてる。ワイバーン如きじゃ相手にならないよ。ワイバーン以上の脅威がいるなら見てみたいくらいだ」
「その指、もう少し上げてみろよ」
「はっはっは。こんな時に何を言ってるんだお前は」
避難場所を指し示していた指とともに視線も合わせるように上昇する。その途中、上空で飛翔するソレを始めは認識できていないようだったが、みるみる顔面が蒼白になっていくのを見るとどうやら状況ぐらいは理解できたようだ。
「何だよ、アレ」
「見てわかるだろ、飛竜だ。詳細は省くが騎士1人など軽々と屠る力を持っている。そしてあれはエルザを狙っている」
先ほどまで滑空に近い状況で飛行していたアフトクラトラスは翼を畳み、降下の姿勢を取った。瞬く間に奴の体は吊るされた紐が切れたかのように一瞬にして地面と衝突する。抉られた地面が宙を舞うのが見えたが、木々のせいで状況を確認することができない。
距離にしてまだ、約1kmはあるのではないか?
「くそっ。エルザを視認したのか。早く行かないと間に合わない」
そもそも、間に合うのか?いや、間に合うのかどうかではない、間に合うと信じて走るしかないのだ。
「エリック、あの竜が着地したところにエルザがいて、お前はもしかしてそこに向かって走っているのか?」
キースは怪訝そうな表情を浮かべ、俺を見る。その眼は俺の行動が理解できないとでも言いたげである。
「お前何してんだよ」
行っても無駄だ。そんなことは俺がよくわかってる。行っても死体が増えるだけだってことは、それでも俺は行かなくてはならない。ただの1人に理解されなくても。エルザが俺にくれたものはそれほどまでに大きいのだ。
「ああ、お前まで無理強いはしない、だからキースお前だけでも」
「何チンタラ走ってんだよ!?エリック、そんなんじゃ間に合わないだろうが!ほら、行くぞ!全力で走ればまだ間に合う!」
そういうとキースは俺を追い越し、牽引するようにスピードを上げた。
「何、金魚みたいに口空けてんだよ、そんな暇あったらしっかり呼吸して脚動かせよ」
「行っても無駄だって言わないのか?」
「そんなの無駄に決まってるだろ!あんな竜に太刀打ちできるわけないだろうが!」
「それなら、お前だけでも」
「だからって逃げても無駄だ。状況は変わらない。あの竜はいなくならないし、エルザは救われない。どっち選んでも変わらないなら、後悔しないほう選んだほうが得だ。どうだ、合理的だろう?」
いつだってそうだ。俺が弱気になっているとき、俺が言って欲しいこと、やって欲しいことを俺にくれる。自分が後悔しないほうを選んだほうが良い。その言葉で俺の胸は熱くなり、
「合理的ではないな」という言葉を紡ぐので精一杯だった。それ以上を口にすれば言葉とともに涙までもが溢れてしまいそうになった。
「道は余が作ってやろう」
「良いのか、マイラ」
「まさか、底抜けの阿呆が2人もおるとはのう」
心底呆れたと言わんばかりにため息をついてマイラは意地悪を言う。
「余が手を貸すのと貸さないとでの違いはエルザの生死ぐらいなもので、貴様はどっちにしろあの竜と対峙するのじゃろうからな。それなら手を貸したほうが得じゃ」
合理的じゃろう。と話すマイラは呆れながらもどこか愉快そうであったのは俺の願望だろうか。
「おい、エリック。何やってんだ?」
俺は立ち止まり、両手を地面につける。
「俺がエルザまでの道を魔法で拓く。息でも整えて待っとけ。あっちに着いたら走りっぱなしだぞ」
「そう、それで良い。あの夜の襲撃で宝玉を用いて魔法を連発した恩恵じゃろう。貴様自身の魔力が上昇しておる。これならいけるわい」
地面に魔法陣が描錬成されていく。完全な円を紡いだかと思えば、その円は遥か上空へと昇っていき、その跡には複製された魔法陣がいくつも並んでいる。
「いくぞ、キース!魔法陣に入れ」
『デア・フルーグ』
魔法を唱えると地面から発生した風が俺たちを包むように持ち上げた。そして空中に浮かぶ魔法陣を通過するたびに速度は上昇し、4つ目の魔法陣をくぐったあたりからは景色を認識することはできなくなった。
「うおわ」
加速が止まり、無重力のような感覚に身を包まれたあとふと辺りを見渡すと雲と同じ高さまで上昇していた。そして下を見渡すとほぼ真下にアフトクラトラスの姿が。
そしてアフトクラトラスと正面から向き合う者がいる。はっきりとその姿を認識することはできないが、俺にはそれがエルザであるとわかった。
すぐに俺の体は落下を開始した。このスピードなら間に合う。
「どうなってるんだコレ!?」
どうやらすぐ近くにいたらしいキースが状況を上手く飲み込むことができていないようであった。まあ、無理もないだろう。
「安心しろ、キース。魔法でここまで移動してきただけだ。あとは地面に着地するだけだ」
そう、地面に着地するだけ、、、、
「おい、マイラ」
「なんじゃ、忘れていた感謝の言葉を口にするというなら是非もない、耳を傾けてやらんこともないぞ」
「見たところ、先ほど使用した魔法陣は消滅しているみたいなんだがあとはどうやって着地するんだ」
「おかしなことを。着地とはその両の脚で行うものであろうが。この魔法は我が主君もよく使用されいたが、このぐらいの移動であれば最も適している。突然上空より現れる我が主君の姿に恐れ慄く人間どもの姿が昨日のことのように鮮明に思い出されるわ」
「人間の足で着地したら、それだけで死んでしまうわ!人間と魔王を同じ尺度で考えるんじゃない、このポンコツ精霊が!」
「なんだと、貴様。言うに事を欠いてポンコツ精霊じゃと?余のプランには問題なかろうが、貴様らの貧弱さが問題なのじゃ、この愚か者が。ああ一時の気の迷いで手を貸してやったが、この言われよう。もう死んでしまうが良いわ」
ふん!とひねくれた子供のような態度を取ったかと思うと応答が無くなった。
「おい、マイラ!マイラ?、、、マイラさーん!?」
あんにゃろう!覚えてやがれよ!
「キース、近くまで来い!」
キースは返事する余裕はないようだったが俺の近くへなんとか来ることができた。
「くそ、一か八か上手くいってくれよ!」
もう地面がすぐそこまで来ている!
頼むぞ!
俺は魔力で大きな盾を錬成し、地面に向けた。これで衝撃をやわらげれれば!
しかし、その大きな盾は衝撃の前に空気抵抗を受け、俺たちの落下地点を斜めにずらし始めた。
そしてその先にはアフトクラトラスの姿が、、、、
「ぉぉぉぁぁぁあああああああ!」
‐-----そして現在に至る




