初めて竜を退治します。(15)
「エリック様、失礼いたします」
シルビアはエルシッドの体に右手を添えると呪文の詠唱を始めた。
すると途絶える寸前であった彼の息は未だ安定はしていないが、見事に吹き返し流血が止まっているところを見ると鎧の中の傷もとりあえずは止まったようであった。
「これを少しずつ口に流し込んでください。『ポーション』です。エリック様のために取っておいてましたが、ここで使用するのが一番良いのでしょう。これで一命を取り留めることはできるはずです」
俺は回復薬の入った瓶を受け取り、それをエルシッドの口に流しこんだ。一度はせき込み、吐き出したものの少しずつその顔に血の気が戻ってくる。
回復魔法が可能なのはあくまで人体の修繕であり、流れ出た血液などの充足はできない。その点ポーションであれば取り込まれたあとにその成分自体が回復の栄養素となる。回復薬自体が輸血であり、滋養強壮剤なのだ。
「予断が許されない状況に変わりはありませんが、助けが来るまではもちましょう」
「ヴォオオオオオオ」
アフトクラトラスは起き上がり、自分に対して不意打ちを食らわせたものを敵と認め狙いを定めた。
シルビアが先に仕掛ける。
魔力を込めた両手剣を遠くにいる敵に向かい振り上げる。剣から放たれた魔力は触れた空気を次々と凍らせアフトクラトラスに向かい伸び続けた。それはまるで地上を走る氷の津波のようであった。
奴は急速に体を後方へ反転させたかと思うと、その甲殻によって武装された尾をその氷の津波に打ち付ける。氷の津波は砕かれその氷片が辺りに飛び散る。
その氷片に紛れるようにシルビアはもう既に自分の攻撃圏内にまで距離を詰めていた。恐らくは氷の波を放ったと同時にそれを伝って移動していたのだろう。
「はああ!」
飛竜種の制空権を握り死角から切りつけるシルビアであったが、まるで予知していたかのように鉤爪で防がれてしまった。
空中で態勢を整え無事に着陸するシルビアであったが、息つく暇はない。顔をあげると奴は炎弾の発射姿勢に入っている。
「ガアアアアアアアアアアアア!」
射出された攻撃に対して回避することはできない。その一直線上には俺たちがいるからだ。シルビアは地面に剣を突き刺し、魔法を発動する。
「氷結せし城壁」
剣が触れている場所から瞬くに氷壁が生み出され、氷の城門が出現する。炎弾はその城門に衝突し轟音と衝撃を生み出したものの、それだけである。
よし、これで今度はシルビアが攻勢に転じる番だ!
ドオオオォォォ-ン
しかし俺の楽観的な考えをあざ笑うかのようにシルビアの氷結せし城壁は崩壊した。その破壊の後から現れたのは突進を続けるアフトクラトラスである。
まずい、距離を取らなくてはいくらシルビアと言えども、あの巨体に轢かれたとあらばひとたまりもない。
後ろに退く。普通ならば。しかしシルビアは下がるどころか自ら距離を詰める!その攻勢に一切の迷いはなく。死地にこそ活路を見出すその姿勢は凡俗のそれではない。
お互いが射程距離に入る瞬間、アフトクラトラスは全身に魔力を漲らせその全身に炎を纏う。竜王種の名は伊達ではなく、その姿はまるで炎の化身のようであった。
突進の勢いそのままに炎を纏った鉤爪をシルビアに向け地面に突き刺す。シルビアは上空に舞い、かろうじて回避する。
その瞬間を奴は見逃さない。空中でもはや回避行動の取れないシルビアに向かって炎弾を吐き出そうとしている。
「シルビア、防壁を展開しろ!」
そんな俺の指示が聞こえたのか魔法陣を展開し始めるシルビアであるが遅い!シルビアの前に氷の防壁が生じる気配は一切なく、アフトクラトラスの炎弾は充填された。
魔力を帯びた炎弾は無情にも空に向け放たれた。しかし、シルビアに当たることはない。地面から生じた氷の柱が飛王竜の顎を打ち、その衝撃により起動が逸れたのだ。
先ほどの魔法陣は防壁ではなく、既に仕掛けていた遠隔魔法発動のためのものだったのだ。そんなもの一体いつ仕掛けていたというのか。
シルビアは地面に着地し、すかさず敵に飛び掛かる。死角からの攻撃、加えて顎への攻撃で混乱状態である今がチャンスであるのは一目瞭然だ。
シルビアでさえもそう考えたはずだ。なればこそ、これは判断ミスではなく、飛王竜の耐久力が予想を遥かに上回っていたというだけのことだ。
その眼の光が失われた時間は瞬きよりも短く、意識を取り戻したアフトクラトラスは態勢も整わないままにその鋭い鉤爪をシルビアに向かって繰り出す。
反撃に気づいたシルビアも、もはや回避することは不可能。活路はこの先にしかない。剣撃が竜の身を切り刻むのが先か。鉤爪がシルビアの身を切り裂くのが先か。
シルビアの剣技、飛王竜の闘争本能による衝突の結果は耳を劈くその苦悶に満ちた声が物語る。
「ガァァアアアアアアアアア」
アフトクラトラスは攻撃を受けたであろう頭部を大きく上下左右に振り、その苦痛から逃れようとしているようであった。
ヒュン
いつの間にか俺の近くに戻ってきていたシルビアの持つ剣には飛王竜の血が刀身の深いところから滴っていた。鋭く剣を振ることでその血を剣から飛ばす。
息を整え、こちらを睨み戦闘続行の意思を表す飛王竜であったが、その眼は隻眼である。右目からは血が流れており、その瞳が光を感じることはもうないだろう。
「間一髪というところでしょうか」
シルビアの口からは血が少量ではあるが零れ落ちている。よく見れば下腹部の左側の肉が少しではあるが抉られており、回復魔法での治療が行われている。
「しかし、力が互角であれば片目を失った奴が不利。このままねじ伏せると致しましょう。無事に片付けることができれば先日の無礼をお許しいただき、さらには褒美として1日添い寝の権利をいただけるでしょうか」
「ああ、その時は添い寝でもなんでもしてやるよ。なんだったら1日抱き枕になってやっても良い。だからさっさとやっちまってくれ」
「そのお言葉お忘れなきようお願いいたします!」
シルビアは追い打ちをかけるため、再び敵に向かっていく。先ほどの攻撃で怯んだのか。アフトクラトラスは先ほどまでの獰猛さは影を潜め、力を誇示するため威嚇するので精一杯のようである。
この勝機を逃す手はないと距離を詰め、シルビアはその剣を両手で強く握り、敵を切りつけるべく後ろに剣先を引き、狙いを定める。
ズドドドドドドドッ!
赤黒い数本の線が地面に突き刺さる。ほどなくしてそれが槍であると理解するには時間がかかった。シルビアが切りかかるその瞬間、その攻撃を妨げるように槍が空中から投下されたのだ。
幸いにもシルビアは無傷である。まるでその攻撃の可能性を予め想定していたかのように、7本全ての槍を攻撃動作の途中から回避しきった。
「その竜は私、自らそれなりに苦労して手に入れた戦力だ。そう簡単にはくれてやるわけにはいかんな」
その槍の持ち主の声は頭上から聞こえた。
見上げると騎乗用のワイバーンに乗っている一人の男がいた。その男の手には身の丈を超える一本の槍が握られており、ローブを身に纏い、顔はフードで隠されていた。しかしその佇まい、魔力の流れから実力者であることが分かる。
「やはり、あなたなのね。先日の襲撃時に感じた魔力、そして竜を使役する能力。あなたなんじゃないかと思っていたわ。そしてもしそれが仮にあなたであったなら、私の隙をついてこんな風に不意打ちをかけてくるということもわかっていたわよ。昔から変わらず性根が腐っているようね」
「クハハハハ、貴様のほうこそ、相変わらず口は達者ではないか。先日の襲撃では驚いたぞ。先の聖戦で死んだとばかり思っていたお前がこんな村で生活を営んでいるとはな。こんなところで人間と戯れて何をしている?」
「それはこっちのセリフね。魔王軍竜騎士団団長のあなたが何でこの村へ竜を送り込んでなんかいるのかしら、同窓会のお誘いならお断りよ。その趣味の悪い竜を連れてさっさと失せなさい、ルガト!」




