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魔王の力をお借りします!  作者: 働く猫の日常
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初めて竜を退治します。(12)

 「危ないわ、離れなさいニーア。そこの性犯罪者に近づいたら何をされるかわからないのよ。エリック?ええ、それはかつてエリックであったものよ。私たちの知っている彼はもういないの」


昨日とはまた違う理由で心が抉られている。


 今朝早くジークは村を出た。当分の間村を空けるということで朝の仕事があるものを除いて全員がジークの見送りに来ていたと思う。


 見送りに来てくれた村の住民から次々と手土産を持たされて、その量といえばジークが今回の遠征用にまとめた荷物よりも多いというのだから、それはそのままジークの人望の厚さを表しているのだろう。


 両手いっぱいに野菜やら果物やらを持ったジークは俺を見つけると近づいてきた。


 「お前、エルザに何かしただろう?取り繕うとしていたが、あれは相当キレてたな」


 「何もしてねえよ。ちょっとした勘違いがあっただけだ」


 ちょっとほぼ下着姿の美女と同じベッドで数時間寝ていただけだとは言えない。状況だけ見れば言い訳のしようがない。


 「エルザも思い込みが激しい女だからな、母親に似て。そんなときはすぐに謝るほうが賢明だぞ」


 「俺は悪くないのに謝る理由がない」


 美女と寝てごめんなさいとでも謝るのか?それこそ火に油を注ぐだけだろうし、勝手に潜りこんだのはシルビアだ。よくよく考えれば俺に謝る理由はないじゃないか。


 「だからそんなときは、『そんな気持ちにさせて悪かった』って言えば良いんだよ。何がきっかけだったかは知らんが、娘は誠実に頭を下げる相手に辛辣な態度を取るような奴じゃない。きっと引っ込みがつかなくなっているだけだ」


 そんな気持ちにさせて悪かったか。それは確かに事実だ。納得いかないところも多々あるが、エルザを怒らせ、勘違いとは言え失望させてしまったことに後ろめたさを感じている。


 なら、その気持ちは言葉にして伝えても良いだろう。


 「けど、良いのかよ。娘に男が近づくようなアドバイスをして。普段なら真っ先に近づかないよう警告しているじゃないか」


 「単に、娘がいつまでも不機嫌だと俺も心地良くないからな。エルザの友達として、仲良くしてほしいと、ただそれだけだ」


 んじゃな。ジークはそこまで言うとあっさりと馬車に乗り出発してしまった。これから先、もしかすると数か月、万が一の時にはもう二度と会えないかもしれない今生の別れ、そんなことなど露ほども感じさせないあいつらしい別れ際だった。


 まあ、あいつのことだ。きっと五体満足で溺愛する娘のところへ帰還するだろうさ。


 「さあて、と。たまにはジークの言うことに素直に従ってみるとするか」


 俺は常駐している騎士の世話をしているエルザのところを訪ねた。エルザはジークの見送りには参加せずに献身的に仕事をしているらしい。


 騎士たちは昔、集会所として活用していた建物に宿泊している。そこに着くとエルザがベッドのシーツを洗濯していたところだった。


 一緒に手伝いをしているニーアが駆け寄ってきてくれた瞬間にエルザの鋭い中傷が飛んできた。


 というのが、いまこの瞬間である。


 「いつまでニーアのことをジロジロ見ているのよ。まさかエリックが、見た目麗しい美女からニーアのような幼女まで恋愛対象なんて思わなかったわ。まったく節操がないのね。なんだかキースのほうがマシに思えてきたわ」


 落ち着け、俺。こんな言葉の暴力に屈するものか。よし!


 「お前をそんなに怒らせて悪かった。こんなことはもう二度としない。俺の全てを賭けたって良い」


 「何で怒っているのかわからないくせに謝らないで欲しいわ。ただ謝れば良いと思っているのが見え見えよ。全てを賭けるっていうセリフも恰好良いと思っているのかしら」


 素直に謝る俺に対して、これ以上ないほど辛辣な態度を取るエルザである。


 おい、ジーク。全然怒り収まらないじゃないか。何だあの目は?俺を見る目に全く温度を感じないんだが。人間の目ってあんなに空虚で虚ろになるんだな。


 「それでは、ごきげんよう」


 普段では決して使わないたぐいの言葉遣いで俺との距離間を巧みに演出しながら洗濯を終えたエルザは建物の中に戻っていった。


 人から嫌われるのは別に気にしないたちなんだが、好かれたい相手から嫌われる精神的ダメージは耐えられない。ああ、鋭い言葉をこの身に受けすぎて出血死しそうだ。


 「エリック、大丈夫?」


 悲しみのあまり、両手を地面につき泣きそうになる俺の頭をニーアが撫でてくれた。


 「ニーア、俺の味方はお前だけだ」


 心配そうに俺の顔を覗く純粋無垢な視線は俺の心には眩しすぎる。ああ、天使がいるとすればきっとニーアのことだろう。来月の誕生日には何でも欲しいもの買ってあげるからな。


 「昨日からずっとエルザ、エリックの悪口ばっかり言ってる。難しい言葉はよくわからないけど、エリックは女の子が好きなダメ男だって、騎士様にも言ってたよ」


 あいつ、根も葉もない虚言を言いふらしやがって。


 「裸同然の未婚女性と同じベッドで寝てたって」


 はい、根と葉はありましたね。


 「エリック、勘違いさせちゃったんだね」


 「ニーア、信じてくれるのか?」


 自分を信じてくれる存在がこんなに嬉しいとは。気づいたら涙が右頬を伝って流れている。人間嬉しいときにも涙って流れるんだな。


 「うん、だってお母さんが『エリックはそんなことする度胸もない』って言ってたもの」


 涙が一瞬で引いた。信じてくれるのは嬉しいが理由がそれだとショックだな。


 「ニーア、次の仕事もあるんだから、そろそろ戻ってきてくれるかしら。その変質者が放してくれないようなら通報してあげるわよ。騎士様にその不埒な輩を真っ二つにしてもらうのが世のためよね」


 建物の入り口から半身覗かせた状態でエルザはニーアに呼びかけた。変質者って。段々と俺の認識が酷くなっていく。


 「はーい、大丈夫。すぐ戻るね」

 

 そういって唯一の味方は一度エルザのほうへ歩いていったが、しかし何か言い残したことがあるのか俺のほうへ戻ってきて耳元で囁いた。


 「大丈夫だよ。私のお父さんとお母さんもよく言い合いの喧嘩になるし、仲直りしたあとは前よりもっと仲良しになるんだから。エルザもきっとエリックが好きだからムキになるんだね」


 タッタッタ。とニーアはエルザのもとへ戻っていった。


 そうだったら良いのにな。と俺は心の中で呟いた。


 「クックック。なかなか恋路もうまくいかぬものよ。じゃから余に一任しておけば良かったのじゃ」


 マイラが意識の中に直接語りかけてくる。普段、沈黙を保っているかと思えば、いきなり口を開いてくるのがこいつなのだ。そして、こいつが口を開くときは決まって俺をからかうときと決まっている。


 「そんな意地悪いことはせんよ。単なる気まぐれじゃ。断じて、あれから余に会いに来てくれぬ貴様を案じて話かけておるということではない]


ああ、そういえば今度また真理図書館イデア・ライブラリーに行くって約束してたな。確か週一で。というかあれからまだ一日しか経っていないぞ。どんだけ寂しがりなんだこいつは?


 「待て待て、余は断じて寂しがってなどおらぬぞ。不敬なことを申すでない、人間め」


 「そうやってムキになって反論するところもまた怪しいところだが」


 おや、そういえば


 「いまの言葉はお前に向けて思い浮かべた言葉ではないのだが、聞こえたんだな。考えたことなかったがこうやって意識の中で会話をするとき、俺の考えはどこまでがお前に伝わって、どんなときには伝わらないものなんだ?遠距離通話魔法でいうところの周波数というのが決められているのか?」


 「そんなものないわい。全て貴様の考えは余すことなく筒抜けといいうだけの話じゃよ」


 「全て筒抜けとは?まさかとは思うが、俺が思い浮かべた事柄は全て余すことなくお前に伝わるってことか?いや、まさかな、そんな訳ないよな。いくら何でもそんなことはないだろう。だってお前、今まで俺からの呼びかけ以外で反応したことないもんな」


 


 「何をいまさら。貴様は口を開かずとも余と意識の中で会話してきたじゃろう。余にとって余に向けられた言葉かそうでないかなど関係ないのじゃ。貴様の頭の中に浮かんだ言葉を拾っておるだけじゃからな。余に向けていないであろう言葉に単に面倒だから反応しなかったというだけじゃ。まあ、あの図書館の内部に限り、余と貴様の意識は分断される故に聞くことはできぬが、それ以外の貴様の声はだだ漏れじゃ」

  

 ここにきてまさかの衝撃の事実が発覚した。


 「な、な、なんだと。それじゃもしかしてこの数年間?」


 「むろんじゃ。貴様が人知れず呟いた本音など全て筒抜けじゃ。その声を知っていればあの娘、エルザの主張もあながち間違いなどではないということがわかる。シルビアとベッドで寝ていたときもそうじゃが、夏に村娘の薄着姿をみたときや、エルザと話しているとき、それに娘たちの水浴びを偶然見てしまったときの貴様の心の葛藤など、とてもじゃないが言い表すのも憚られるわ」


 「やめてくれえええええええ!」


 「何を取り乱しておる、年頃の男であれば健康である証拠ではないか。むしろ誇って良いぞ。あそこまで本能のままに妄想を繰り広げる貴様はまさに思春期の」


 「本当にすいませんでした!!」


 仕方ないだろう、思春期なんだから。そうは周りに見られたくないという気持ちは俺だけのものじゃないはずだ。この年頃の男の部屋に入るときはノックは必要不可欠だと言うのに俺はこの数年間、ドアが開けっぱなしで生活してたようなものじゃないか。


 ベッドの下に隠すも何もあったものではない。


 「まあ、貴様が嫌というならこのことを追及することはやめておこうかの。まさかそんなに気にするとは。わかった、今度、精神防御の魔法を教えてやるから会いにくるがよかろう。それさえ施せば、余に伝わる情報を制限することもできよう。別に進んで知りたいことでもないしのう」


 「今夜行かせていただきます!」失われたプライバシーを一刻も早く取り戻さねば。


 「そのように懇願されては是非もないのう」


 やった。と小さくつぶやき、嬉しそうなマイラである。


 「ん、そこにいるのはもしかしてエリック君か?」


 そんな機密事項漏洩の国家レベルの危機回避策を見つけた俺に聞きなれない声で呼びかけてくるものがいた。


 聞きなれてはいないが聞き覚えのある声である。建物の中から歩いてきたその男はジーク捕縛の際に功績を収めたエルシッドであった。


 

 


 

 

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