初めて竜を退治します。(13)
「エルシッド、、、さん」
心の中で呼び捨てにしていただけに敬称がすぐ出てこなかった。この村のみんなは気の良い人ばかりなので上下関係という意識が薄い。そのため言葉遣いや敬称の有無などは普段気にするところではないのだが、階級至上主義の考えが未だ根深い王都出身の騎士であれば話は別だ。
極東の島国では貴族が道を横断中の際は頭を垂れ平伏するのが決まりで、顔を上げようものなら切り捨てられることもあると本で読んだことがある。
まさかそこまでの処罰はないだろうが、お叱りの一つや二つは覚悟しないといけないか。
「はっはっはっは。そんな畏まる必要などまるでないよ。この村では敬称はつけないものなのだろう?ジーク様から、そこらのところは聞いているから大丈夫だ」
しかしそんな一抹の不安など不要であったとばかりにエルシッドは豪快に笑みを浮かべる。その表情からも普段の人当りの良さを伺うことができる。
「敬意を払っているかどうかということは言葉遣いや敬称などといったものだけで推し量れるものじゃないからね。おっと、しかし私のほうは『エリック君』と敬称をつけさせて頂く。これは私の信条のようなものでね。気にしないでくれ」
「さっきも俺の名前を呼んだが何故俺の名前を知っているんだ?俺とあんたには面識なんてないはずだろう?」
俺が一方的に見てただけだ。ジークとの立ち回りの際は剣の腕だけでなく頭も回るところを見せてもらった。物腰は柔らかいが、きっと有能な人材なのだろう。
「それはあれだ。エルザ君が君の不徳の致すところを私たちに事細かく、執拗に語り聞かせてくれていたからね。その時に聞いた特徴から君がエリック君だと判断した。唯一、『全ての女性を性的な目で見る視線』というものが確認できていないのだが、それは単に周りに女性がいないからかな?」
「そんな視線は一切持ち合わせておりませんが!」
思わず敬語になってしまった。
コホン。とわざとらしく咳払いをするマイラのことは無視しよう。常識の範囲内を超えてはいないはずだ。俺は世の中の標準的な男の子なのだ。
しかし、エルザめ。ここぞとばかりに俺の悪口を吹聴しやがって。このままでは本当に村中に俺の悪評が広まってしまう。身に覚えなど一切ないのに!
「はっはっはっは。まあ、私たちもいくら何でも誇張され過ぎていると話半分に聞いていたから安心してくれ。あの話が全て本当なら即刻捕縛、そして斬首刑に処されるべきだよ」
「いったいどんな話だったんでしょうか!?」
気を失ってベッドに運ばれることが死に値すると!?
「うん、まあ、そうだな。私は今ちょうど時間が空いているから、そこらへんのところも含めて散歩に付き合ってくれないか?この村の地形にもまだ全然詳しくないからね」
エルシッドと村の案内を兼ねて散歩していく中でエルザがどれだけ俺のことを悪く言っているのかを聞くことができた。
『同居している女性を半ば強引にベッドに押し倒したり、女性のブーツの匂いを香水に例えたり、女性の水浴びを覗こうと年中画策し、それらの行動に一切の反省を見せずに村中の娘を追いかけまわす男』は確かに今すぐにでも捕縛し、公開処刑されるべき存在だった。
誇張されている上に、最初の1つ以外は俺の話ではないな。その大半はキースの実話であった。
「はははは、そんな男いるはずないのにね」とエルシッドはまたも豪快に笑い飛ばしていた。
すいません、そんな男がこの村には存在します。
「ところでこれは確認なんだが」エルシッドは急に真剣な顔になり、周りに誰かいないかを確認するように見渡し俺の耳へ顔を近づけてきた。
何だ?これ以上に悪いニュースがあるのか。そうなら全力で耳を塞ぎたいところだが、そうはいくまい。せいぜい、現実を受け止めて対策を立てることにしよう。これ以上自体が悪くなることはないだろうしな。
「エリック君はエルザ君のことが好きなのかい?」
覚悟を決めて身構えた俺に対してエルシッドは真顔でそんなことを聞いてきた。
「そ、そ、そんな訳ないだろう。あんなヒステリック女を好きになっていたら命がいくつあっても足りないぜ。昨日だっていきなり顔面目掛けて短剣を投げつけられたんだぞ!」
「いや、いや。そんな隠さなくとも大丈夫だ。実は今日エルザ君を訪れたところを最初から眺めていたのだが、あの様子を見れば誰が見ても君が好意を持っているのはバレバレだ」
「いや、本当にそんなんではなくて、ただ幼馴染だから変な誤解は解いておきたいというだけなんだ」
「わかった、わかった。今回はそういうことにしておくとしよう。しかしそうすると残念だな」
「残念?何がだ?」
「エルザ君も君に好意を持っているようだったから、これはエルザ君の片思いということになると思っただけだ」
「エルザが俺のに片思い!?本当か?エルザがそう言っていたのか?」
「エリック君、その反応は君がエルザ君を好きだという事実を如実に表していると思うのだが」
しまった。ついとっさのことで食い気味に反応してしまった。
「好意ある相手に対して必要以上に厳しく当たるというのはよくある話だからね」
「そうだとしても、あれは厳し過ぎないか?本当に俺のことが嫌いでああいう行動を取っているとしか思えないのだが」
「いいや、私にはわかる。安心したまえ、私は見事に意中の女性を口説き落とし妻にした男だ。今回の件に関して言えば、最も頼りになると自負している。ここはひとつ私の経験談を語らせてもらうとしようか。きっと役に立つぞ」
経験談ね。どうも人間、面倒見の良いやつほど自分の成功談やら失敗談やらを語りたがるんだよな。まあ、しかしこのままでは本当にエルザに絶交を宣言されかねないからな。少し耳を傾けるとするか。
「コホン、では私たちの馴れ初めから話そうか」
話したくてたまらないとばかりに嬉しそうな表情でエルシッドは語りだす。これから始まるのが俗に言う惚気話なのか。
「私と妻も君たちのように幼馴染の関係だったんだ。妻は貴族の出でね。私の父は妻の兄の剣術指南を任されていたんだ。私は父に連れられて妻の家によく言っていた」
ふうん。エルシッドはどうやら貴族出身という訳ではないらしい。道理で俺のような奴にも対等に接してくれるわけだ。それでも一介の村民に比べれば身分は上だろうが。
「父が剣術の指導を行っている間、私は暇だったからな。同じく暇を持て余していた当時まだ幼い妻と遊んでいたんだ。そうこうしているうちに私が彼女のことが好きになった」
「へえ、そしてあんたの奥さんも想いを寄せるようになってめでたくゴールインということか」
よくありそうな話だな。
「いや、実は彼女は僕に一切異性として興味を持ってくれなかったんだ。身分の違いもあったしね、一人の友人として交友は続けてはくれていたが、まったく男として見てくれなかったよ。彼女からすれば体の良いお付きの一人としか思われていなかったのかもしれない。それに彼女の父親は貴族の伴侶を見つける腹積もりだったからね」
「それはお先真っ暗な展開だな。そこから一体どうやって彼女のハートを手に入れたんだ?」
「『運命の相手は白馬の王子様だと決めていた』と彼女はそう言っていたよ」
「あんたはどう見ても王子様って柄に見えないが」
「妻から見ればそのように見えたらしい。今から考えれば単に運が良かっただけなんだがね」
エルシッドは恥ずかしそうに、しかし誇らしそうに自分の鼻頭を掻きながら話を続けた。
「妻が見合いのために馬車に乗って移動をしていた時に、ハウンドドッグの群れに襲われたんだ。護衛の1人が王都まで命からがら帰還してわかったのだが」
ハウンドドッグ。大きいものだと体長2メートルに及ぶウルフによく似た獣だ。1匹あたりの戦闘力は大したことないが、やつらは集団で行動する。統率のとれたハウンドドッグが町1つを堕としたという記録も残っているという。ハウンドドッグの脅威を数値化するときは個体の強さではなく規模の大きさで測るべきなのだ。
「私はそれを聞いたときにはっきり言って正気を失ってしまってね。近にあった武器屋から訳も話さず半ば強引に剣を取って、途中町を出るときに旅人が乗っていた白馬を奪ってその現場に急行したのさ」
「助けだせる見込みはあったのか?」
「いま考えれば無謀だったね。ハウンドドッグの残党がどのくらいかもわからなければ当時の私は今ほど剣の腕は立たなかったから。騎士見習いなんてハウンドドッグ1匹と渡り合うのがやっとさ。我ながら自殺しにいったようなものだよ」
「でも助かったんだろ」
そうでなければここにいるエルシッドは幽霊か偽物ということになる。そんな展開は遠慮したいところだ。
「幸いにも。その近くは妻によく連れていかれた場所だったからね。隠れ場所には心当たりがあった。妻は川辺の近くにある洞穴に隠れていたよ。運良く川の流れが彼女の匂いを消してくれていたらしい。彼女は白馬に跨る私を見て安心したのか、泣きじゃくってね。後にも先にも彼女が泣いた姿を見たのはあれだけだ」
「ハウンドドッグはいなかったのか?」
「帰り際に2匹ほど切り捨てたが、既に手傷を負っていて苦労はなかったよ。どうやら護衛がよほど優秀だったらしい。私が駆け付けた時には、群れは壊滅していた」
いや、ラッキーだったね。と若かりし頃の話を恥ずかしそうに笑いでごまかしていた。
「それで奥さんは自分のピンチに駆け付けてくれた白馬の王子様であるあんたと恋に落ちたという訳だ」
「犠牲になった人たちのことを考えると手放しには喜べないが、あの一件があって私と妻は結ばれることができた。私が救ったわけじゃなかったのがなんとなく情けない話だけどね」
「いや、あんたが助けに行くのが遅ければその2匹のハウンドドッグにやられていたかもしれない。そう考えるとあんたの行動力がやっぱり奥さんを救ったんだよ」
「妻もそう言ってくれていたよ」
「それで結局、女性を振り向かせるためには颯爽と現れ命を救う白馬の王子様にならないといけないという話か。しかし、この村は幸いにも平和そのものだからな。先日のような襲撃がない限りそんな機会は訪れない。それにあんた、剣を盗んだり、馬を強奪したり、帰ったあとのほうが大変だったんじゃないか」
「痛いところを突くな。実はその通りだったんだよ。勝手に拝借した剣も私の給金では決して買えないものだったし、例の白馬の持ち主である旅人はどこかの国の第3王子だっていうんだから。国交問題にもなり兼ねなかったよ。はっはっは。いや、妻の命を助けるために自分が打ち首になるところだった」
「でも今、ここにいるということはそれもどうにかなったんだろ」
「事情を知った妻の家族と縁がある方々のお陰でね。いや、私どころか一族全員で責任取らされるところだったよ。はっはっはっはっは」
「それは決して笑いごとではないのでは」
「そうかも知れないな、エリック君。しかし私はその時の自分の行動については全く後悔していないのだ」
「それだけ大事になったのに無責任だな」
「ああ、無責任だろうとも。いいか、エリック君。私はあのとき、勇気もなければ彼女を救う算段さえ無かったんだ。しかし、私の体は一切の迷いもなく彼女の許へと向かった。そしてその結果として関係の無い人たちも大いに巻き込んだ。その行為は限りなく愚かで無謀であったが、私はそんな自分が間違っていたとは露ほども思っていない」
およそ騎士とは思えない、自分勝手な言い分をエルシッドは嬉々として語る。
「私があそこで行動していなければ、彼女の命はなかったというのなら。あの時、全てを投げだし、彼女を助けに向かったことは最善手でなくとも悪手ではなかったと自分を肯定できる。もし私の行いが悪だとするのなら、我が妻の命が助かったということも間違いであったとなりかねない。そんなことは断じてあり得ないのだから」
そう言い切るエルシッドはとても羨ましく見えた。少なくとも俺みたいに自らの決心に疑いを持ち、どうにもならない過去を繰り返し何度も後悔するということはないのだろう。
助かった命があるのなら、どんなにそれが愚かだとしても間違いのはずがない。エルシッドはそう信じ、言い切った。
他意は無いのだろうが、エルシッドの言葉は俺の心の奥底に沈んでいき、深く突き刺さる。そう言い切る心の強さをいつか俺も持てるだろうか。
「まあ難しい話をしてしまったが結局は、私のひたむきの愛が行動となって形に表れ、それが彼女の心を射止める矢となったというところだね。だからエリック君も諦めずに誠心誠意、彼女のことを想って入ればいつかそれが形となって彼女に届くだろうさ」
届いた気持ちが受け入れられるかまでは保証しないけどね。と意地悪くほほ笑むエルシッドであった。
「最後の一言は余計だよ。そこは言い切って俺を勇気づけるところだろうが」
「それは気が利かなくて済まないね。」
全く、おどけたり勇気づけたり本当に掴めない人だがどうにも憎めないな。
「ところで君はこの村に脅威は訪れないといったが、そうとも限らないぞ。妻を襲ったハウンドドッグだって誰も予想できなかった出来事なのだから。君が当たり前に思っているこの平凡な日々だって凶悪な魔物1匹で壊されかねないということは忘れてはならない」
「嫌なことを言うなよ」
「不安にさせるつもりなどなかったが、これは事実だ。ジーク様から多少の話は聞いているだろうが、現在でも油断ならない状況だ。このまま事態が悪化すれば『聖戦』の再来はただの悪夢では無くなる。世界はそれこそ瞬く間に闇に包まれるだろう」
その瞬間、まるでエルシッドの言葉に合わせるように先ほどまで眩しいくらいの日差しに照らされていた周辺が暗くなった。今日は一面の青空が広がっていたが雲が日の光を遮ったのだろう。どうやら雲がかかっているのは私たちがいるところだけらしい。
いい加減日差しも眩しかったので雲によって作り出された日影に入れるならそれに越したことはない。
「しかし、安心してくれ。そんなことにならないように私たち騎士がいるのだ。それにジーク様のご協力もあるのだ。はっはっはっは。エリック君はただひたすらに幼馴染との恋路に集中してくれれば良い。このエルシッドの名の下に、君の恋路は何人たりとも邪魔立てはさせない」
エルシッドは誓うように自分の胸に手を強く押し当てて見せた。
「頼もしい限りだ。騎士様が味方になってくれるのであれば、せいぜい頑張らないとな」
このとき、俺はジークやエルシッドが話す魔物や被害のことなどまるで本の中の出来事のように考えていた。エルシッドはこのように話してはいるが、この村には一切の被害は及ぶことなく魔王軍残党は鎮圧され、いましばらくはこの幸せな日常が続くのだと。
少なくとも、その日が来るのは今日ではないと。誰かが今日死ぬとしても自分とは関係の無い、誰かがどこかで死ぬのだと。そう考えていた。
そう考えていた罰が当たったのか。
どこかの誰かにとっては自分こそが「どこかにいる自分とは関係ない今日死ぬかも知れない誰か」であるという事実を考えもしなかった。
それとも、このように魔物の脅威について話をしていたのが良くなかったのだろうか。
噂をすれば影。とはよく言ったものだと。この時のことを後に振り返った俺は思うことになる。
あの日影は雲が作ったものなどではなかった。
空にはやはり雲一つ無かったのだから。
「エリック!!、左に大きく飛ぶのじゃ!!」
「-------ッッ」
『ド----------ォオオン』
上空から地面に向かって平行に滑空してきたソレは俺が今まで踏んでいた地面の表面を削り取ったあとに村一体に響き渡るほどの地響きを立てて着地した。
俺はマイラの声に従い回避行動を取ったのは良いものの、ソレが着地の際に引き起こした突風に吹き飛ばされ地面に体を強く打った。
ソレは大きな体を素早く着陸の衝撃から立て直し、標的である俺を瞬時に見つけ出した。
「カロロロロロ」と喉奥でけたたましい音を鳴らすその生き物を俺は知っている。
「おいおい、嘘だと言ってくれ」
俺は自分の見ている現実を受け入れることができない。
「何なんだよ、あれは!?」
口ではそう言いつつもソレが何であるのかなど瞬時に理解できていた。
遥か上空より現れたソレは紛うことなき一匹のドラゴンであった。




