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4 お客様なら大歓迎

「――は? 泊めてほしい?」

 丈が聞き返すと、真樹と美咲はそろって大真面目に頷いた。二人が丈の部屋に押しかけること、五回目の日だった。

「駄目! 断固反対! 中学生の女の子と男の子が発情期のオスの家に泊まるなんて許しません!」

 家主の丈よりも早く反対声明を出したのは、数学の課題に勤しんでいた阿澄だった。阿澄もまた高頻度で丈の部屋に押しかけるので、二人組と鉢合わせることが多かった。そのせいか、三人は割と意気投合しているようだった。阿澄曰く、「白雪さんとか江良姫奈とかはノーサンキューだけど、あの二人なら友達になれるよね」である。毒リンゴを食べさせようとしたり監禁してきたりの魔女とはお友達になれないが、そういう悪例を見たおかげ(せい)で、茶目っ気のある中学生魔女の株が急上昇したらしい。

 しかし、そんな阿澄でも、駄目なものは駄目と言う。それはいいのだが、

「誰が発情期のオスだ。人を猛獣みたいに言うな」

「猛獣じゃないわよ。むしろ愛玩動物? 丈も一応男だしね、年下の女の子と一つ屋根の下にいたら、よからぬ考えを起こさないとも限らないし、年下の男の子と一つ屋根の下にいたら、新しい何かに目覚めないとも限らないし」

「起こさないし目覚めないよ」

「二人の未来のためにも、そして私の未来のためにも、ここは断固拒否の姿勢ですっ」

「二人の未来はともかく、お前の未来がどう関係あるんだよ」

「エッ!? そ、それは……ごにょごにょ……」

 あからさまに言葉を濁すが、丈は特に追及しなかった。

「まあ、とにかく、俺も外泊は反対。俺にその気がなくても、うっかり通報されたら分が悪い」

「そこをなんとかお願いできませんか」

「いとこのお兄ちゃんみたいな設定で」

「無理があるだろ……」

「どうしてそんなに泊まりたがるの? 家に帰ればいいじゃない」

 阿澄が不思議そうに尋ねると、真樹と美咲は目を見合わせる。困ったときに二人でアイコンタクトで相談するのは、彼らの癖らしい。

「お父さんが仕事で」

「しばらく帰ってこないんです」

「僕たちまだ中学生だし」

「心細いんです」

 なんとかなりませんか、と捨て犬みたいなうるうるした目を向けられながら言われると、丈もうっと言葉に詰まる。

「じゃあ、真樹はいいとしよう。美咲は阿澄のところに行け。それでどうだ」

「うーん、まあ、幾分かマシね」

 阿澄的にも許容範囲内らしい。しかし、仲のいい姉弟は、二人一緒でなければと駄々をこねた。

「じゃあ、二人とも阿澄のところで……」

「丈さんのところがいいです。泊めてください」

「ついでに鍵をください」

「やらん!」

 どさくさまぎれに鍵を要求してくるあたり、なかなか侮れない。やはりこの性格の良さや可愛らしさは確信犯だろうか。

「あ、はいはいっ! 私から素敵な提案があります!」

 阿澄が唐突に手を挙げて、軽く飛び跳ねながら言う。その笑顔が妙に輝いていて、丈はむしろ不穏な空気を感じた。伊達に付き合いは長くない、阿澄がこういう顔をするときは、ロクなことを言わないのだ。

 はたして、阿澄の「素敵な提案」とやらは、丈にとってはさっぱり素敵ではなかったのだが、民主的議決方法により丈の講義は黙殺された。



 とんとんとん、と包丁の軽快な音。それが五分続いて、十分続いて、十五分続いても鳴り止まない。それはそうだ、本日作(らされ)るカレーは十五人前である。頭がおかしいとしか言いようがない。

「えっ、じゃあ双美さんは、駅前のあの有名なポーションショップ『Märchen』の店長さんなんですか!」

「そーよ。ラブポーションから豊胸薬までなんでもござれの魔法の店だよー」

「じゃあ、私に隠し事をしている友達に秘密を暴露させることができる薬とかありますか」

「なになに、友達にひそかに彼氏ができてるとかそういう昼メロの話かしら。お姉さん興味をそそられるわ。今度店から自白薬をくすねて……」

「双美姉! そいつには絶対渡すなッ!」

 不穏な会話が聞こえてきたので、思わず丈はリビングで談笑中の連中を振り返り苦情を申し立てた。その瞬間に、隣で包丁を動かしていたはじめが「サボるな」と頭を叩いてきた。軽く小突くどころではない、包丁を持ったままの右手でそれをやってきたものだから、丈は背筋が寒くなった。

 桐島家にはいつになく賑やかだった。通常営業の時でさえ、女が四人もいてかまびすしいというのに。現在、リビングには、次女・双美、三女・三恵、客人真樹&美咲、招かれざる客・阿澄の計五人が集まっている。リビングとつながったダイニングキッチンのほうでは、丈が長女・はじめと共にカレー作りに勤しんでいる。はじめ曰く、「大勢で食べるのはカレーと相場が決まっている。というかカレー以外許さん」らしい。ちなみに、ここにはいないが自室に引きこもっている四女・四葉を合わせれば、総勢八人。全員がそれなりにお代わりすることまで想定して、十五人前用意することになった。さすがの丈も泣けてきた、タマネギのせいで。

 久しぶりに帰ってきた末っ子長男の丈と、その幼馴染の阿澄、さらに初対面の魔女二人組は、思いのほか大歓迎され、真樹と美咲のお泊りが決定した。姉弟の中で一番の子ども好きである双美は、「家に誰もいないんでしょ? 可哀相じゃないの、泊めてあげなさい!」と即断即決した。一応この二人はあの悪名高き「グリムの魔女」なんだと補足したが、姉妹のうち誰一人としてそんなことを気にはしなかった。理由は簡単、姉妹のうち誰一人として、自分には実害がある者はいないからだ。

 そんな具合で、桐島家には現在、二人の男と六人の女がいる。喧しいことこの上ない。しかし、そう丈がぼやいたところ、はじめはジャガイモの皮をむきながらけらけら笑った。

「そうは言うがね、丈。うちだって一時期は女五人の男二人、総勢七人がぎゃあぎゃあ暮らしてた時期があったんだぞ。もっとも、その頃お前は十センチくらいのガキだったから、覚えてないだろうがな」

「十センチは大げさだろ……」

 桐島家が七人そろっていた時期は、非常に短い。仲のいい夫婦、生意気盛りの長女、夢見がちな次女、お転婆園児の三女、ようやく歩き出したくらいの四女、泣いてるだけの長男。

 おそらくは、桐島御影という女性が一番幸せだった時だ、とはじめは言う。

 その時間も、そんなに長くは続かなかったわけである。

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