3 奇妙すぎる日常
「丈さん丈さん、この二次関数の最大値ってどうやればいいんですか?」
「丈さん丈さん、goodの比較級と最大級ってなんでしたっけ?」
「…………」
丈の部屋は、異様に賑やかだった。部屋の扉を壊した張本人たち、樫原真樹と樫原美咲が、あたりまえのように居ついてしまったのだ。あろうことか、中学の宿題を持ってきて、ことあるごとに「これはどうやるんだ」「ここはどうすればいいんだ」と聞いてくるものだから、丈の宿題が進まない。
「最大値? そういうのは適当にグラフ書いて考えろ。比較級と最大級なんて、辞書引けば解ることを人に訊くんじゃない」
ついつい丈は律儀に答えてしまう。中学の問題が解けないなどという話になれば、高校二年生としての沽券にかかわるのである。
だいたい、なぜ魔法の鍵を狙う魔女が部屋に居ついているかと言えば、この二人が、先のグリムの魔女と違って、強引に鍵を奪おうとはしないからである。
「僕たちは、魔法をそんな野蛮なことには使いません」
「私たちは、あくまで魔法の鍵を譲ってもらいたいのです」
「ですから、丈さんがその気になるまで」
「こちらでお世話になります」
「なるな! 帰れ!」
丈は勿論、断固拒否したが、二人は強引にやってきた。なまじ丁寧な物腰だから、無下にするのも忍びないし、野蛮なことには使わないと言いつつもすでに部屋の扉を破壊した前科持ちが相手だ、下手に刺激して、壁をレープクーヘンにされたり窓を砂糖菓子にされたりでもしたらたまらない。仕方がないから、実害のないうちは二人の好きにさせておこうということにしたのだ。
真樹と美咲は、仲のいい兄妹だった。いや、『ヘンゼルとグレーテル』では兄妹なのだが、聞けば美咲が姉で、真樹が弟だという話だ。そして、同学年ではあるが双子ではないということらしい。
「私が四月に生まれて」
「僕が三月に生まれました」
真樹が早生まれなおかげで、姉弟で同学年、ということのようだ。
「というか、俺としては、魔女がしっかり学校に通っていることの方が驚きなんだが」
しかも、二人は悪名高き「グリムの魔女」である。律儀に学校に通うイメージがない。すると、二人は目を見合わせて、困ったように笑う。
「確かに僕たちはグリムの魔女ですけど」
「悪名高かったのは先代のことですから」
「先代『ヘンゼルとグレーテル』は、僕たちの母と、その姉でした」
「いろいろなものをお菓子に変えて、悪戯ばかりしていたそうです」
グリムの魔女・ヘンゼルとグレーテルは、代々二人組らしい。代々、とはいっても、真樹と美咲でまだ二代目のようだが。初代は二人の母と伯母。伯母は子どもが生まれなかったらしく、めでたくかどうかは知らないが、二代目は真樹と美咲になった。真樹は男であり魔女ではないのだが、ヘンゼルとグレーテルというくらいなのだから形だけでも二人組の方がいいだろう、と美咲が言い出して、仲良し姉弟はそろってグリムの魔女を襲名した、ということだ。
そして、悪戯ばかりしていた先代と違って、真樹と美咲は、魔法で人を困らせることは、あまり好きではないらしい。
「魔法は人を楽しませるものでしょう?」
「魔法は人を幸せにするものでしょう?」
「ほう、そうか。ところで、俺の部屋の扉をチョコにしてくれた一件については、どう考えているんだ」
二人はにへらと笑って、「ちょっと奥さん」とでも言いだしそうな近所のおばさんみたいに手を振って、
「いやだな、小粋なジョークじゃないですか」
「あいさつ代わりのショーじゃないですか」
ちなみに、すでに新しい扉が入っている。アパートの管理人には何があったのかと驚かれたが、突如イノシシが現れ扉を突き破って破壊したということにしてある。
あいさつ代わりに部屋を壊された丈はたまったものではないのだが、「魔法は人を楽しませるもの」というモットーは、どうやら嘘ではないらしい。その証拠に、ドアが無残な姿になったとき、阿澄と白雪は他人事だと思って大笑いしていた。丈も、まあそこそこ厄介だな、とは思うものの、本気で怒っているわけではないし、時間が経てば笑い話になるんだろうな、と思う。
それもこれも、今までの事件で耐性ができたせいに違いない。なまじ命懸けの勝負を繰り返したせいで、多少のことでは動じなくなった。その点では、白雪吹雪と江良姫奈には礼を言わなければなら……ないわけがないな。丈は途中で考えを軌道修正した。




