5 不穏な忠告
美咲は双美の部屋に厄介になることになり、阿澄は三恵の部屋に転がり込んだ。真樹は丈の部屋をあてがわれ、丈はリビングのソファに追いやられた。相変わらず、丈の扱いは雑である。
夜も更け、中学生たちはさっさと部屋に引き上げて就寝した。だが、一人暮らしをいいことに不健康な夜更かし生活をするのが当たり前になっていた丈は、十一時程度では眠くならない。ソファもけっして寝心地がいいとは言えないので、リビングのテーブルにテキストを広げて、ちまちまと夏休みの宿題を切り崩していた。
すると、そっと階段を下りてくる足音がした。誰だろうかと顔を上げると、四葉が下りてきたようだった。四葉はリビングの灯りがつけっぱなしなのを不審に思うような顔つきでやってきたが、丈の姿を認めると、「ああ、起きてたの」と得心したように言った。
「あんたも、毎度毎度厄介ごとを運んでくるよね」
「あの二人のことか? 前二件よりはマシだろ。命の危険がない」
「あんたの厄介ごとの基準はついに『命が懸ってるかどうか』になっちゃったわけ? それ、どうなのよ」
そう言われると、返す言葉もない。四葉は呆れた調子の溜息をついた。出来の悪い弟に呆れる、姉の溜息だ。四葉はどうやら喉が渇いて下りてきたらしく、冷蔵庫から麦茶のポットを引っ張り出してグラスに注いだ。それから冷凍庫から氷を二つ三つ取り出して、グラスに入れてカラコロと揺らす。
「魔女って、考えること普通じゃないわよね」
麦茶が冷えるのを待ちながら、四葉は不意にそんなことを言った。どう答えるべきか迷って、とりあえず、
「四葉姉だって魔女じゃないか」
「あの二人の魔女のことよ。鍵を奪おうとしている相手のところににこにこ笑って転がり込んできて。あれ、新手の懐柔策?」
「別に、奪うつもりはないらしいぞ。譲ってくれる気になるまで待つって」
「そういうのを、懐柔って言うんでしょ」
「あの中学生がそこまで考えているとは、あまり思いたくないがな」
「甘いね。チョコレートよりゲロ甘ね」
四葉は麦茶を一気に飲み干し、ぷはぁ、とおっさんみたいな声を出す。それから、不意に真顔になって、よく聞いておけとばかりに人差し指をぴっと立てた。
「いい? 中学生は、いろいろ考えるよ。嘘もつくし、保身もするし、人を傷つけもするし、変な風に突っ走ることだってある。あんただってそういう時期があっただろうに、喉元過ぎれば、っていうか、黒歴史は即座に忘れるものね」
歳は一つしか違わないはずなのに、四葉はやけに大人ぶって説教する。
「……仮に向こうが懐柔する気でいたって、さすがの俺も、年下にあっさり籠絡されるほど間抜けじゃないぞ。某毒殺の魔女のあからさまなすり寄りも華麗にスルーしているし」
「どうかな。あんた、甘いもん」
「甘いかな」
「甘い。チョコレートフォンデュに突っ込んだチョコレートよりクソ甘すぎて胸焼けする」
あまりのひどい言われ様に、丈は眉を寄せる。丈の不愉快など歯牙にもかけず、四葉はにやりと笑う。
「まー、あんた末っ子だしね。ちょっとくらい甘くてもいいんじゃない」
「それ、末っ子は関係あるのか」
「さーね」
空になったグラスを水洗いして、本当に用事はそれだけらしく、四葉はさっさとリビングを出ていく。それから、思い出したように顔だけ入り口からひょっこりのぞかせて、四葉は忠告する。
「あの子たち……特に、樫原真樹、だっけ?」
「弟の方か」
「あんたは大して厄介じゃないと思ってるかもしれないけど、ことはそう単純でもないんじゃない」
「どういうことだ」
「自分で考えな」
四葉は肝心なことを言わず、不安だけ煽るようなことを言って、階段を上がっていった。部屋の扉が閉まる音がして、もう戻ってくる気配はなかった。
四葉が、真樹の方を特に気にする理由。丈には思いつくことはなかった。ただ、丈よりも聡明な姉がそう言うのだから、何か根拠があるのだろう。四葉には見えていて、丈には見えていない何かが、真樹にはある。
――丈がそれを理解するのは、事態が急転してからの話なのだが。




