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第7話:俺はお前を認めない!③

 『西の城塔』の大扉が開かれている。

 置かれていた家具は城の兵士たちによって綺麗さっぱり取り払われ、今はまるで石造りの窯のような様相を呈している。


 今その中で蠢くのは大量のコドモスラの成体。ジエニルの葉に誘引されやってきた、粉をまぶしたような翅を持つ親指サイズのキャモン達だ。


 ここが自分達の『火葬炉』になる事も知らずに——


 オーディエンスに囲まれて、アーク・レッドは不敵に笑った。

 準備は万端だ。これだけ大量のキャモンを一掃すれば、さぞ清々しいだろう。自分が努力の末に磨き上げた火炎魔法を持ってすれば、それは指先でテーブルの上の埃をはらうよりも容易い。


『さすがは城衛騎士(ナイト)だ!』

 

 そんな声がそこかしこから聞こえてきて、アークは鼻を伸ばした。


 ジエニルの葉に集まってくるコドモスラの数も落ち着いてきた。周辺の個体はあらかた集め尽くしたと言ったところだろう。


 そろそろか——


 アークは『火葬炉』の大扉へと歩み寄った。


 人々の喧騒が鎮まり、皆は固唾を飲んでアークの一挙手一投足をじっと見つめる。


 城塔の中は蠢くキャモンの羽音で満たされ、飛び散る鱗粉が室内を漂っていた。

 

 なんとも不気味な生き物だ。直視する事も憚られる。しかし、それも一瞬だ。短い呪文の詠唱が終われば、こいつらは一瞬で炎に包まれるだろう。


 呆気ない。


 不意に笑いが込み上げてきて、アークは声を上げて笑った。


 人差し指を部屋の中央に向けて呪文の詠唱を——


 再び笑いが込み上げ、咽せる。


 なんだ?


 おかしくもないのに、暴力的な笑いが腹の中から突き上げてくる。


 言葉が紡げない。

 

 詠唱が全て、笑い声に変わる。


 まずい。


 これじゃ、呪文が——


 激しく咳き込みながらも、アークは笑いを止められなかった。


 息が苦しい。


 吐き気すら覚える。


 涙目で見据えた部屋の中——


 コドモスラの無数の複眼が、アークへと向けられている気がした。


 ひっ——


 その時、アークを押し除ける手。

 

 ぼやけ始めた視界の隅に、小柄で貧相な男のシルエットが写る。

 その男は両手で何かを構えた。


 圧の抜ける音と、異様な臭い——



   *   *   *



 アークを押し除けたトリンは、両手で対キャモン用の緊急駆除スプレーを構える。


 ガラス瓶の中に、キャモン全般に効果がある特殊な聖水と、水と反応してガスを産出する『シュワワ石』を密閉したものだ。

 上部のボタンを押すと瓶前部に作られた穴が開き、ガスの噴射と共に特殊聖水が霧状に散布される仕組みだ。

 

 特殊聖水は極めて高価なため積極的に使う事は稀だが、もしもの時の為にトリンは2本をショルダーバッグの中へと忍ばせている。


 聖水のミストを浴びたコドモスラは翅をバタつかせ、石造りの壁からポロポロと転がり落ちていく。

 6本の脚で力無くもがき、やがて縮こまるように折り曲げて動かなくなった。


 翅を広げて威嚇するコドモスラ達に向け、トリンは容赦なく聖水をお見舞いする。



   *   *   *



 目を覚ますと、アークは見知らぬ天井を見上げていた。


「あ、目が覚めた!」


 視界にミディーが写り込む。


 ここはどこだ?

 何が起きた?

 

 記憶の断片を繋ぎ合わせ、自身の無様な姿を思い出したアークは血の気が引く。


「ミディー……俺は——」


「あ、コドモスラなら大丈夫だよ。トリンが全部やっつけてくれたから」


 トリン——あのいけすかない男に助けられたのか?


 意識を失う間際の記憶が一気に蘇る。

 呪文が唱えられず慌てふためく自分と、それを庇うように現れた小柄な男のシルエット——


 汗顔の至だ。

 頭の中が真っ赤に燃え、ふらつく半身を無理矢理に起こす。ここが城の救護室である事に気がつくが、そんな事はもはやどうでも良かった。


 屈辱——

  

 屈辱、屈辱、屈辱。


 耐え難い屈辱で、身体の奥底が熱い。


 視線を泳がせると、少し離れたところに件(くだん)の男が座っていた。

 開いていた図鑑を閉じると、無表情で立ち上がりこちらへと歩いてくる。


「コドモスラの鱗粉には、中枢神経を刺激し興奮状態を引き起こす効果があるんです。具体的には、笑いが止まらなくなります」


 さっきの発作はそのせいだったのか、とアークは苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。シーツの白さですら、恥辱で濁った目には嫌に眩しく感じる。


「ただその効果は弱くて、数匹の鱗粉であれば成人男性に影響はないです。だからそこに言及している文献も少ない。ただ、あれだけの量の鱗粉を浴びれば、その限りじゃないですけどね」


 トリンはどこまでも真顔だった。淡々と事のあらましを説明する。

 その言葉の端々に嘲りが潜んでいないか……そんな事を気にしてしまう自分の弱さを、アークは心底恥じた。


「コドモスラ——あいつを見つけた癇癪持ちの子供が、突然笑いだしたという逸話があるらしいです。まるで子供をあやしているようなキャモン、それが名前の由来とか。もちろん、諸説ありますが——」


「笑うなら、笑えよ」アークは吐き捨てるように言った。「誇り高き城衛騎士(ナイト)でありながら無様な姿を晒し、あまつさえ貴様などに助けられた俺を、さあ笑うがいい……」


 皮肉めいた言葉は、思っていた以上に情けなく響く。

 そのあからさまな弱者の弁は、アークの自尊心をひどく傷つけた。ミディーの前でありながら、自分は何を言っているんだ……。

 

「笑う?」トリンは首を傾げてそっぽをむく。「ご心配いただき光栄ですが……私は防塵マスクをつけてたので、鱗粉は吸っていませんよ?」


 アークが座るベッドの向こう、窓の外の夕陽を眺めながらトリンは答える。

 

「そういう意味じゃない!」アークは声を荒げる。「心の中で嘲っているのだろう? 城衛騎士(ナイト)の……この俺の無様を!」


 トリンはそっぽを向いたままだ。

 そして独り言のように呟く。

 

「——逆ですね。今回の件で、私は城衛騎士(ナイト)という職の凄さを実感しましたよ」


「何を言うか……」


 皮肉なのかとアークは身構える。

 しかしトリンの横顔に他意は感じられなかった。相手から目を逸らし、屈辱に歪む顔を見ないようにした皮肉という行為に、なんの悦びもないだろう。


「城塔の一角を空っぽにして、そこにコドモスラを集めて、一掃する。そんな大掛かりな作戦など、城内魔物管理士(キャモンマネジャー)には到底真似出来ない芸当です」


「……俺をバカにしているのか?」


「違います。それだけの作戦を実行するには、城内の皆の協力が必要だからです。私では協力を得られない。しかし城衛騎士(ナイト)である貴方の言葉なら、皆は何の疑念もなく協力に応じてくれました。それこそあなたが『信頼』を得ている証拠では?」


「信頼……?」


 アークは返す言葉が見つからず、トリンの言葉を繰り返す。


「そう、信頼です。我々、城内魔物管理士には得られない、命をかけて城を護る身だからこそ得られる、圧倒的な信頼です。信頼があるからこそ、人は動きます。城塔を明け渡し、大勢の人があなたの活躍を願った……それはひとえに信頼の賜物と思うのですが、違いますか?」


 その言葉は傷付いたアークの心に沁みた。不本意ながら、このいけすかない男の言葉で視界を滲ませそうな自分がいる。

 情けない。

 情けない……。 

 

「——そうかもしれない。だが俺は、その信頼を裏切ったわけだ。無様な姿を晒してしまった。信頼など、潰えたさ」


 言葉が勝手に溢れてしまう。


「そうでしょうか?」トリンはそっぽを向いたまま、事もな気に言う。「今回の明暗は、ただ『知らなかった』だけです。ほんの数文字の『知識』の差でしかない。そしてあなたはその知識を得ました。同じ轍は踏まないでしょう。それで良いのではないかと」

 

「……」

 

「まあ、他人がどう思ってるかなど私にはわかりませんけどね。なんなら自分の目で確かめてみては?」

 

 アークはそう言って踵を返し、ドアへと向かう。


「それと……」  

 

 ドアの前で立ち止まり——


「我々のような下々の前では、あなたは堂々としていてください。城衛騎士(ナイト)の威厳を失った姿なんて、我々は見たくありませんので」


 ドアを開けた。


 開け放った扉の向こう側には、アークの安否を気遣う多くの城民が押しかけていた。その祈るような表情は、呆けた顔のアークを見つけると途端に花開く。


「アーク様、ご無事ですか!?」


「お身体の調子はいかがですか? 何か、欲しいものがあれば……!」


「よかった、本当によかった……」


 さまざまな声の洪水が一気にアークへと押し寄せ、静かだった救護室は音でもみくちゃになる。

 

 自分の身を案じてくれる人がこんなにも大勢。

 これは、信頼がまだ潰えていない証——なのかもしれない。

 

 アークは俯く。

 そして、さっきまで放り捨てていた『誇り』を再び被り直し、顔を上げた。


「皆の者、心配をかけてすまなかった。俺はもう大丈夫だ」


 歓声が上がる。


 いつの間にか、トリンは消えていた。



   *   *   *



「あのトリンとか言う男、最後まで俺の顔を見ようとしなかったな——」


 人気が引いた救護室で、アークは呟く。


「まあ、アイツ失礼だし」


 ベッドの傍らに座ったミディーは、押し寄せた人の波に辟易してぐったりしていた。


「いや、そうじゃない。不本意に弱音を晒した俺を、見なかった事にしてくれたんだと思う。見ない事で、俺の誇りを守ろうとした……」


「はあ?」


「……粋な事をするじゃねーか」


「ふーん」


 よくわかっていないミディーは首を傾げる。


「城内魔物管理士(キャモンマネジャー)、か……。案外、気がいい奴なのかも知れんな」


「あ、そういえば——」ミディーは思い出したように一枚の紙を取り出した。「これ、トリンがアークにって」


「ん?」


 紙を受け取る。

 なんの紙だ?


 まあ、色々あったとはいえ、自分は貴族、奴は平民である事に変わりない。今までの無礼な態度について、一応の謝罪でもしたためてあるのかも知れない。


 素直じゃない奴め。


 二つ折りのその紙を開き、その文面に目を通す。


 ①緊急対応人件費 1式

 ②キャモン用緊急スプレー 2本

 ③諸経費 1式

 請求額 540,000 


 いや、わかる。

 たしかにそうかも知れないが、トリンよ——


 アークはなんとも言えない気持ちになって、ミディーの顔を見た。


「まあ、一件落着だね」


 彼女はそう言って笑った。



   *   *   *



 平和な城から数万ビョン離れた森の中——


 そ(・)い(・)つ(・)ら(・)は食べカスと糞尿に塗れた洞穴の中で生まれた。


 聞こえるのは、同胞の呻きと、鼓動のみ。

 

 生まれ持ってしまった悲哀を恨みながら、そいつらは新しい場所を求めた。


 ここよりも幾分ましな、新しい住処を——

トリンとアークの出会いの話が終了です。

トリンは自分の仕事に誇りを持っています。だからこそ、無様を晒して誇りを失いそうなアークを見ていられなかったのでしょう。

城の外では若干不穏な動きもありますが、しばらくは彼らの日常にスポットが当たります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


【トリンの仕事道具その2】

『捕縛札』

・捕縛の紋が記された札(A4サイズ)。

・床面に敷いて使用し、上を通ったキャモンを捕縛することが出来る。

・捕縛の紋はそれほど強力ではなく、あくまでもキャモン用。人間サイズには効果がない。

・誘引剤と併用したり、棒状に丸めて飛んでるキャモンを捕まえたりと応用が効く。

・安価なため複数枚をショルダーバッグに入れている。

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「いや、そうじゃない。不本意に弱音を晒した俺を、見なかった事にしてくれたんだと思う。見ない事で、俺の誇りを守ろうとした……」 これがあの状態から即座に理解できるあたり、アークもさすがに並のやつではな…
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