第6話:俺はお前を認めない!②
コドモスラは、粉を塗したような翅を持つ親指サイズのキャモンだ。
手足のない棒状の姿をした幼体は、乾燥植物質——小麦やお米などを好んで食し、物陰に隠れながら成長して翅の生えた成体となる。
「うわっ、キモいわね……」
トリンの図鑑を薄目で見ながら、ミディーは呟いた。トリンは黙って図鑑を閉じると、そそくさと歩き出す。
アークが帰ってからもずっとこんな調子だ。
「怒ってる、よね」
「別に怒ってないですけど」
「嘘だぁ」
「……」
「そりゃ、あんな言い方されたら、イライラするよね。あたしだってわかってるよ、そのくらい」
「……」
「ねえ、トリンってば」
「……」
ミディーは怒った他人をママしか知らない。パパは怒った姿を見たことがないし、それ以外のみんなは自分の前で感情を露わにしないからだ。
だからミディーは怒っている相手にどう接すればいいのかわからない。機嫌を直してもらおうと色々話しかけてはみるものの、全部空回りしているような気がする。
「アークのやつ、普段はあんな嫌味っぽい事いう奴じゃないの」そして深いため息を吐く。「でもさ、たまにああやってムキになるのよ。何が気に食わないのか、全然わかんないんだけどね?」
そのイライラの根本原因が自分にある事など、露ほども知らないミディーは「ほんと、城衛騎士のクセに面倒臭い奴なのよ」とボヤく。
「怒ってはいませんが……ああいった発言を、看過する訳にはいかないんです」
トリンは立ち止まると、顔だけで振り向いた。
「私には師匠がいました。尊敬できる人物です。城内魔物管理士への侮辱を看過するという事は、私にとって師匠への侮辱を許す事と同じなんです」
その目の鋭さに、ミディーは一瞬たじろいだ。
「どんなに鋭い刃でも、流れる水を斬り取る事は出来ません。錆だらけの鍋の方が効果的な場面だってあります。適材適所なんですよ」
「そう、だよね」
トリンのやりきれない気持ちが流れ込んできた気がして、ミディーは曖昧に頷いた。
もしかしたら人って、自分が思うよりもずっと、仕事ってものに誇りを持っているのかもしれない。
生まれてからずっと、勝手に『姫』をやらされている自分とは違って、みんな何かしらの選択をした上で、今の生活に行き着いている。
そこには他人が土足で踏み込んじゃいけない——それこそママの寝室みたいに、不可侵な領域があるのかもしれない。
「それじゃあ、私は予定通りコドモスラの駆除を始めます。さっきアーク様から指示があった通り、城の西側は彼に任せて、東側だけですが……」
「今日は何をするの?」
「いつもと変わりません。ひたすらコドモスラの幼体を探して、駆除していきます」
「今日も地味だね。大変だぁ」
「東側にはミディー姫のお部屋がありますからね。餌になる食べカスが多そうですし、大変です」
「はあ? 最近は綺麗にしてるもん! ほんと失礼なんだけど!!」
プンプンするミディーを無視して、トリンは再び無言で歩き出す。
* * *
数日後の非番の日に、アークは装備を揃えて城の門をくぐった。
先日は、あのトリンとかいう城内魔物管理士に挑戦状を叩き付けてしまったが、後悔などはこれっぽっちもなかった。
キャモンの駆除に専門職が不要となれば城の運営費用の削減に繋がるし、城衛騎士の研修対象として活用する事も出来るだろう。
それに何より、あのムカつく男をミディーから引き離すことが出来る。
城の西側がアークの担当だ。
西側の区画に潜んでいるコドモスラとかいう雑魚を、早急且つ確実に排除する事が出来れば、キャモン駆除においても城衛騎士の有用性を示す事が出来る。
その為の準備も、策も、万全だ。
城内魔物管理士は駆除において調査を重要視しているらしいが、そんなの生温い。
大量にいる魔物を各個撃破してくのは、強大な魔物の群れが相手であれば有効な手段だが——所詮、相手は軟弱なキャモンだ。
まとめて一網打尽にするのが最も効率的だろう。
あらかじめ、西の城塔1階の荷物は取り払ってもらっている。城衛騎士の一声で、城の兵士達はテキパキと動いてくれた。
そこにコドモスラを集め、火炎魔法で一網打尽にする。
それが、アークが考え得る中で最も効率的で、最も派手で、そしてあのトリンとかいう奴に完膚なきまでに力の差を見せつけられる方法だ。
「見て、城衛騎士のアーク・レッド様よ……」
「まあ、なんて美しくて精悍な横顔……」
侍女達の囁き声が聞こえる。
ここで手のひとつでも振ってやれば、彼女らは感激で卒倒するだろう。
「アーク様が、すごい事をするらしいぞ……」
「城衛騎士がキャモン駆除を引き受けてくれりゃ、万事解決だな……」
これから始まる大活劇を目的に、城に住む多くの人々が西の城塔に集まり始めていた。
事前の宣伝もバッチリのようだ。
この大勢のオーディエンスの前で、キャモンを華麗に駆除すれば、人々の中にも城内魔物管理士不要論が湧き起こるに違いない。
奴の外堀も完全に埋まるというわけだ。
アークは腰のポーチから小袋を取り出した。
これの調達に一番手間がかかったが、何とか間に合わせる事ができた。
麻袋に包まれているのはジエニルの葉を乾燥させた物だ。文献によると、コドモスラに対して強力な誘因性を持つらしい。
これを西の城塔に置いておけば、自然とコドモスラが集まってくるというわけだ。飛んで火に入る夏の虫とはまさにこの事——
既に一匹のコドモスラが小袋の周りを舞っている。アークはそれを地面に叩き落とすと、右足で踏みつけた。
* * *
外から聴こえる歓声には全く気を止めず、トリンはせっせとコドモスラの幼体探しに勤しんでいた。
一見なんの汚れもないピカピカの作業机も、しゃがみ込んで裏側に目を向けると、溜まった汚れの中でコドモスラが繭を作っていた。
普段目につく場所ならば、誰だって綺麗に保とうとする。しかし普段見えない死角となると、人は途端に無頓着になるものだ。
トリンはその『死角』の一つ一つを調査した、一匹ずつ確実にコドモスラを駆除している。
「ねえ、アークが何かするらしいよ?」
「そうですか」
「あたし、見に行ってもいい?」
「いいですよ。いてもいなくても大差ないので」
「……バーカ!」
ミディーはあっかんべーして部屋を出ていった。
静かになった部屋でトリンは考える。
あのアークという大公子は、どのような手段でコドモスラを駆除するつもりなのだろうか?
自分のように一匹ずつ駆除してくのなら、まず問題ないだろう。
しかし、もし効率や見た目の派手さを優先して、ジエニルの葉で網打尽にする作戦なら……?
ヤバい——
トリンは顔を上げた。
窓から頭を出す。
その時、城の西側でひときわ大きな歓声が上がった。
お読み頂きありがとうございます(*´Д`*)
あとがきスペースで、トリンの仕事道具の設定を書いていこうと思います。ツールの設定を考えるのは大好きなのです。
【トリンの仕事道具その1】
『ショルダーバッグ』
・トリンが常に肩から下げているデカいバッグ
・図鑑や捕縛札など、キャモン退治に使用するものを持ち歩くために使用している。
・オークの皮で作られていて、無骨だがとても丈夫。
・中は仕切りで3つに分かれているので、トリンは何をどこに仕舞うかをきちんと決めているらしい。




