第5話:俺はお前を認めない!①
そりゃあ、俺だってわかってるさ——
俺とミディが結ばれる未来なんて、絵空事だって——
城に向かう道すがら、アーク・レッドは心の中で独りごつ。
ミディーの将来の相手……。
順当にいけば、兄者——レッド大公の第一大公子であるイース・レッドが王室に入るのだろうし、最近では隣国との領地争いで武功をあげ続けている辺境伯——エクス公爵の名も挙がり始めていると聞く。
そんな中で、自分が淡い期待を持ち続けていられるのは、ミディーに甘く『出来れば娘の意見も汲んで——』と考えているベンズロン王と、ミディーに厳しく『不出来なこの子にはまだ早い——』と考える王妃の、異なる思いによる先延ばしが生じているからだ。
これが、いずれ潰える恋慕である事は、自分でも理解しているつもりだ。
だから自分は、城衛騎士になる道を選んだ。
彼女の隣に立ち、身を挺して護る事は出来ずとも——迫り来る危険の火種を払い除けてやる事ぐらいは、出来るかもって思ったから。
兄者も、エクス公爵も、自分には手が届かないほど優秀な人物だ。彼らならきっと、ミディを良い方へと導いてくれる。
しかし——
なんだその、城内魔物管理士とかいう何処の馬の骨とも知らない平民は。
血筋もない。
肩書きもない。
勲章もない。
そんな底辺野郎が、ミディー姫の価値観に影響を与えていいわけがない。
そんな男、自分は認めていない——
* * *
「おお、アーク君! 久しいのう。城衛騎士としての君の活躍はかねがね聞いているよ。いつもありがとう」
「ありがたきお言葉……。ベンズロン王もお元気そうで何よりです」
そんな形式的なやりとりを一通り交わしたあと、アークは本題を切り出した。
「——ふうむ、城内魔物管理士のトリンに会いたいと」
「はい。少し意見を交わしたい案件がございまして」
「案件——とは?」
「はい。城衛騎士として場外の魔物と戦っている中で、どうも魔物の生態に変化が生じているように思いまして。魔物の小型化と言いますか」
それは口から出まかせではなく、日々の業務の中でなんとなく感じてた違和感だった。
しかし統計的な裏付けは皆無であり、あくまでも『そんな気がする』程度。先輩達も気のせいだろうと言っている。
「……そうなのか?」
ベンズロン王の表情が曇る。
多忙な王の心労を増やしてしまった事に気付き、アークは少し後悔した。だから返す言葉は努めて明るく、深刻さを払拭するように……。
「しかし、確実にとは言えません。感覚的なものですし、餌が少なくて痩せ細ってる——ってだけかもしれません。ただ、小型化すれば城の結界を通過する可能性もありますので、念のため城内の魔物を管理している者と情報を共有した方が良いかと」
そのトリンとかいう男を呼び出すためとはいえ、完全なる『嘘』をベンズロン王に宣うのは気が引ける。だからアークは、申し訳程度に自身の体感を織り交ぜた。王はアークの言葉に納得したようだった。
「よし、すぐにトリンを呼ぼう」
「ありがとうございます」
「さて、トリンが来るまで時間があるだろうから、ミディーにも会ってやってくれ。久しぶりだろうから、喜ぶぞ」
「はい」
実はつい先日、顔を合わせたばかりなのだが……まあ、そんな野暮は口に出す必要もないだろう。
アークは深々と頭を下げ、部屋を出た。
* * *
ベンズロン城に108つある客間のうち、最も豪華絢爛な一室——
アークの前に現れた男は、当初の想定に反していた。下品な笑いを浮かべる胡散臭い男の姿を想像していたが、怪しいこそあれど、そのベクトルは逆方向だ。
顔半分を隠すボサボサの髪とへの字の口元。痩せ細っていて、背はアークより頭一つ分小さい。
怪しい見た目ではあるのだが、人を騙して悦にいるというよりは、人を避けて山奥の小屋に閉じ籠ってそうなタイプの怪しさだ。
「内容によっては、緊急対応料金が発生しますので——」
陰気な見た目ではあるが、話振りはしっかりしているのが意外だ。
「呼び出したのは俺だ。俺はレッド大公の第二大公子、城衛騎士のアーク・レッド」
「はい。私は城内魔物管理士のトリン・シフェノです」
そう言ってペコリと頭を下げる。
大公子、城衛騎士の名を聞いても、ひれ伏すような様子はない。なるほど、ミディーが言うように権威で態度を変えるようなタイプではなさそうだ。城生まれ城育ちの生粋のお姫様には、かなりの無礼者に映るだろう。
アークは部屋の隅で腕を組んでいるミディーを見る。彼女は所在なさげにあらぬ方向に視線を泳がしていた。
「どうした?」
「いや、別に——」
落ち着かない様子で、妙な笑顔を浮かべる。
「別に、じゃないだろ」
「うーん、なんだろ……」ミディーは引き攣った笑いを浮かべる。「ほら、自分だけが知ってる二人の初対面に立ち会うのってなんだか、変な緊張感があるものなのね……」
「はあ? こういう場面って、よくあるだろ」
「だって、ほらあたし、友達少ないから!」
悲しい理由だった。
まあ一国の姫と対等に付き合える友人など、そうそういないのだが。
ただ、そんなミディーの悲しき友人感よりも、アークは彼女の抱いた感情自体に引っかかりを覚えた。
ミディーにとってこの場面は、『友人』と『どうでもいい配下の男』の事務的な対面ではない。無意識に『友人同士』の対面と捉えているようだった。
ミディーが自覚しているかどうかは別としても、彼女にとってこのトリンとかいう男は、単なる配下ではない。自分と同様、尊重すべき存在らしい。
「さて、呼び出した理由だが——」
釈是としない面持ちで、アークは建前の理由を語り出す。
* * *
「外の魔物の、小型化ですか……」
トリンは、折り曲げた人差し指の先を顎に当てて俯く。
「え? なに? ねえトリン、どーゆうこと?」ミディーは頭の上にハテナを浮かべる。「魔物が小さく弱くなってるんなら、いい事なんじゃないの?」
「あの、失礼ですがミディー姫は、この城に張られた結界について、全然理解されてないんですね?」
「……本当に失礼ね」
「おい、貴様!! 姫君に向かってその態度は!」
アークが立ち上がり、
「いいから! こいつはこういう奴だから……。で、どーゆうことか教えてよ」
ミディーが制して、トリンに話の続きを促す。
「ミディー姫がわかるように噛み砕いて説明しますと、今この城は高等魔術師による強固な結界で覆われています。そこまではいいですか?」
「し、知ってるわよ!」
今の今まで忘れていたが、そんな事はお首にも出さない。
「その結界は太い鉄棒の鉄格子をイメージしてもらえればわかりやすいとですね。そいつで、人間に致命的な危害を加えられるサイズ感——具体的には0.3ビョン(約30cm)……子ネコより大きいサイズの魔物の侵入を、抑えて込んでる訳です」
「うん」
「それを通り抜けられる小さい魔物が『キャモン』になるわけですが、その種類は概ね決まっていて、城という空間に適応し生態系を作り上げているんです」
「そうね、知ってるわ」
何度か見てきたし、被害にも遭ったので、それは感覚としてわかる。
「ここまでが前提で、外の魔物の小型化がどんな事態を招くかというと」トリンは指を2本立てる。「結界を通れる新たなキャモンの出現、そして絶妙なバランスで成り立ってた生態系の崩壊です」
「あ、うん」
ミディーは理解していない。
「例えば、灼熱の炎を吐く小型のドラゴンが結界の中に入り込み、城内のキャモンを食い尽くして繁殖すれば、城の崩壊は免れない」
大量の小型ドラゴンが城の至る所に火を放つ様子を想像して、ミディーは背筋を縮こませた。
たしかにそれはヤバいかも。
「おい、あくまでも憶測だろ。不確定な事でミディーを怖がらせるな」
アークが割って入る。
そう、これはあくまでも憶測だ。魔物の小型化なんて、そう簡単に起こるわけがない。
「しかし、無いとは言い切れません。『相変異』というものご存じですか?」
アークとミディーは同時に首を傾げる。
「一定の区域の生息数が増加すると、生物は生息範囲を拡大するため、異なる形状や生態に変異する場合があります。昆虫を例に挙げれば、移動ために羽が伸びたり、性格が攻撃的になったり——」
「餌がたっぷりの城に入り込むため、身体が小型になったり……か? バカバカしい」
「外の魔物の数は増加傾向にあると聞いています。定住の『孤独相』から、生息域を広げる『群生相』へ、変異段階にある魔物がいてもおかしくはないですよね」
「なにそれ、ヤバい」
「そんな可能性もある、という話です」
「なるほど、留意しておこう」アークは頷く。そして鋭い目をトリンに向けた。「しかし、仮にそうなった場合、お前のような非力な一般人には手に負えなくなるだろうな……!」
そこでアークは、今まで必死に我慢していたものを噴出した。
そうだ——
この男のミディー姫に対する態度、そしてこの男を信頼するかのような姫の振る舞い。
全てに虫唾が走る。
あのわがままで意地っ張りのお姫様に少なからず影響を与えた男。どんな奴かと会ってみれば、ただ理屈っぽくて陰気な貧弱野郎じゃないか。
こんな男と関わり続ければ、ミディーは確実におかしくなる。幼馴染であるアークは、それを許す訳にはいかなかった。
城内魔物管理士なんて、空など見上げずに、ひっそり地面を這いつくばっているのがお似合いだ。
「俺は、以前から城内魔物管理士という職に疑問を持っていてな……」人差し指で苛立たしげにテーブルを叩く。「お前らは所詮、俺達が見逃してやった小物に群がって金を稼いでる、ハイエナみたいな連中だろう?」
「あ、アーク! いきなり何言ってんのよ!?」
「ミディー、口を挟まないでくれ。これは仕事の話なんだ」アークはミディーには目もくれず、目の前の陰気な男を睨みつける。「場外の魔物が増えたことで、城衛騎士も人員増を余儀なくされているんだ。それでな、新人連中の研修の一項目として、城のキャモン討伐を加えてみてはどうかと俺は考えてるんだよ」
まだ何か言いたそうな顔のミディーを、アークは片手を上げて制した。トリンはなにを考えてるのかわからない顔で、じっとアークを睨みつけている。
アークは続ける。
「定期的に城衛騎士見習いがキャモンを討伐する。キャモンは全滅して、見習いの熟練度も上がる。なあ、一石二鳥じゃないか。お前も、楽できるだろ?」
笑顔の裏に憎しみと侮蔑を込め、優しげな口調でアークは言う。
トリンはボサボサ頭を掻いて、長い溜め息をついた後——
「いいんじゃないですか? やれるもんなら」
アークの額に青筋が浮かぶ。
「貴様、無礼が過ぎ——」
「今の案、ベンズロン王に進言しといて下さい」
言葉を待たずに、トリンは立ち上がった。
「どこへ行く気だ!?」
「せっかくお城に来たんで、依頼されてたコドモスラの防除を進めていこうと思います」
無表情でドアへと向かうトリン。
急転直下の展開に、どうすればいいのかわからずオロオロするミディー。
そしてアークは不適な笑みを浮かべると、去り行くトリンの背に言葉を投げつけた。
「貴様、さっき『やれるもんなら』って言ったよな?」奥歯がギリギリと鳴っている。「だったら、そのコドモスラってのを俺が一掃しちまったら『やれる』って事になるよなぁ!?」
「そうなりますね。やれるもんなら」
トリンは繰り返した。
あからさまに、挑発として。
いきなり始まってしまった友達同士の大喧嘩。
進退極まったミディーは考える事を放棄し、今日のディナーについて思いを巡らせるのだった。




