第4話:城衛騎士と城内魔物管理士
お稽古事が終わってもまだ日が暮れていない、そんな日にミディーは城下町へと繰り出す。
ドレスを質素なローブに着替え、長い髪を一つに束ね、フードを目深に被れば、もう誰も自分がミディー姫だとわからない。
門番の兵士に挨拶し、長い坂を駆け足で下る。
道沿いの木には白い花が咲き誇り、芳しい匂いを放っていた。パパはこの花を『サクラ』って言ってたっけ……まるで砂糖をたっぷり塗したパンみたいだ。
さてさて、今日はどんな甘味に出会えるのか——
美味しそうな妄想のお菓子達の背後から、怒ったママの顔がぬーっと出現したもんだから、ミディーは慌てて空想のスイッチをオフにする。
いつも通り、町は賑わっていた。
歩き回る人々の波は、子ヤギのお腹を撫でた時のような温かな鼓動を感じる。そんな時、町は生き物なんだって、心から実感するのだ。
裏路地を進むと、小さなお菓子屋がある。お城から一番近くて一番美味しいお店だ。
店主の男はいつも笑ったような細目をしていて、ワクワクでお菓子を選んでいるミディーを嬉しそうに眺めている。ミディーはここぞとばかりにフードを外して、鼻腔いっぱいに甘い匂いをお届けするのだった。
「これと、これと、これ!」
気に入ったお菓子を袋に詰めてもらい、ポーチから銀貨を取り出して店主に渡す。
「お嬢さん、いつもありがとねー」
「おじさんも、いつも美味しいお菓子をありがとう!」
手渡されたお菓子をポーチに突っ込む。これでしばらくは生き延びられるはずだ。おっかないママの『躾け』に疲れた心と身体にとって、暴力的なまでの糖分はまさに命の薬なのである。
だから——ママには絶対バレないようにしないと。
この前、ベッドの下にお菓子を隠していて散々な目にあったから、隠し場所を考えなければならない。コック長にお願いして、厨房に置いてもらおうかしら。
人混みの中、ミディーは立ち止まり「うぬぬぬ……」と頭を抱える。
そして、まあなんとかなるでしょの結論に至り、鼻歌を歌いながらスキップを始めた。
あああ早く食べたいなぁ。
* * *
その頃、菓子店の店主はホッと胸を撫で下ろしていた。
ミディー姫だと気づかないふりをしてあげているとはいえ、姫に対して『お嬢さん』呼びは生理的負荷がハンパないのだ。
ベンズロン王妃は食に関しても厳しい方だから、姫が内緒でお菓子を買い込みたいという気持ちもわかるし、手助けしてあげたい。
でも、店の中とはいえあんな無防備にフードを外して目を輝かせてたんじゃ、バレない方がおかしいだろう。
どうか、目立つような事はせず、速やかに城へ帰ってほしい。
すで町民達の間じゃ『スキップしているミディー姫』は、『お菓子が楽しみで浮かれてるご様子』だと定着してしまっている。
バレてないと思っているのは姫だけだ。
これじゃどうしたって、お城の方まで『姫がまたお菓子を買い出ししてた』って噂が広がるだろう。
店主は深いため息を吐いた。
いい子なんだ。
いい子なんだけど——
毎度思慮が浅いんだよなぁ……。
* * *
スキップに疲れたミディーは、町の中央にある噴水の縁に座り、まだまだ高い位置にある太陽を眺めた。
せっかく町に来たんだし、もう少し遊んでいってもいいよね。
「たまには、アイツんところにでも行ってやるかぁ……」
ミディーはすっくと立ち上がった。
町のはずれ、城壁のすぐそばに立派なお屋敷が並んでいる。その一つ一つが、平均的な町民の家の10倍は大きい。
一軒のドア前に立ち、ミディーはドアをノックする。当番でなければ家にいるはずだが……?
少しするとドアが開いた。
中から顔を出したの長身の男。引き締まった手で頭を掻くと、金色の髪が涼やかに揺れた。
「なんだ、ミディーか」
「なんだとは何よ」
「兵長からの呼び出しかと思ったんだよ」
「何してたの?」
「非番だから、ぼーっと本読んでた」
「ふーん。久しぶりだねアーク」
「ああ、そうだな。……上がってく?」
「うん」
「今は先輩達が出かけてるからいいけど、帰ってきたら大人しくしててくれよ。仮にも姫がいると、先輩達ビビるから」
「いつも大人しくないみたいじゃん」
「そうだな」
「……どういう意味?」
「はははっ」
城衛騎士の青年アークは、イタズラっぽい笑いを浮かべながらミディーを屋敷に招き入れた。
アーク・レッドは第二大公子だ。ベンズロン王とレッド大公は親交が深く、同い年であるミディーとアークは幼い頃から頻繁に顔を合わせる——いわゆる幼馴染と呼ばれる存在だった。
幼い頃から剣技に秀でて魔術の素養もあったアークは、18になる年に城衛騎士の選抜試験を受けて、見事主席での合格を果たした。
城衛騎士を目指すにはある程度の身分がいる。国の守護を司る重要な役職なのだから、何処の馬の骨ともしれない平民に任せる訳にはいかない。
しかしだからとって、要人である大公の子息が担うにはあまりにも危険な役目だった。
受かるはずないと高を括っていたレッド大公には、城衛騎士への就職を強く反対された。そもそもお前は、誰かを護る身ではない。大公の子として、誰かに護られる身分なのだと。
しかし、アークは信念を曲げなかった。
父親の反対を押し切って城衛騎士となり——今に至る。
アークがなぜ城衛騎士にこだわるのか? もちろん、生まれ育ったこの国を守りたいという強い思いはある。
しかしそれ以上に、自分の手で守りたい物が、アークにはある。
それは——
「ミディー」
「なに?」
「普通、一国の姫が、男ばかりの城衛騎士の屋敷に入り浸るのもどうかと思うぞ?」
「え? なんで?」
「先輩達も萎縮するし、それに俺だって……」
「なんでよ。アークは幼馴染じゃん。萎縮するの?」
「萎縮はしないけどさ、もっと別の——」
「別って?」
「——しらん」
「えー教えてよ」
「どーでもいい事だよ!」
「なによ、ケチ」
訪問客用の丸テーブルにポーチを置いて、鈍感な姫君であるミディーはニッコリと笑った。
「お菓子買ってきたんだけど、一緒に食べよ?」
* * *
「『城内魔物管理士』ねえ……」
ミディーが買ってきたお菓子を齧り、自分で淹れた紅茶を飲みながら、アークは猜疑の目を彼女に向けた。
「あ、全部食べないでよ」
「食べねーよ」
「そう、それでそのトリンってのが、めっちゃいけすかないヤツなんだけどさ……」
「ふーん」
「でもね、一緒に城を回っていると、不思議と見えてくるものがあるの。あたし、長いことお城に住んでたのに、何も知らなかったんだなーって、びっくりしてる」
「ふーん」
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「ふーん」
「あ、お菓子食べ過ぎ!」
「まだ2個目だろ」
アークは正直、気分が悪かった。
久しぶりに会ったミディーが、自分の知らない男の事を嬉々として話すのも、それに対して適当な返事で濁すことしかできない自分自身も。
「でもよ」だからついつい、トゲのある言葉が口を付く。「『城内魔物管理士』なんて、所詮弱い魔物を捕まえて回るだけの、雑用係みたいなもんだろ……」
「そうかな」
「そうだよ。それに比べりゃ俺たちは、日夜町の外の危険な魔物と戦ってんの。この前なんか、この屋敷くらい巨大なドラゴンを、先輩達と3人で仕留めたんだぜ?」腕を組んでニヤリと笑う。「先輩の束縛魔法で動きを封じたところで、俺が魔法剣でもって首をスパーンって——」
ミディーは魔物討伐の話を聞くのが好きだ。
この手の話をすると、いつだって目を輝かせて聞き入ってくれる。
今日のミディーも目を輝かせていた。
どうだ?
俺の大活躍。
「やっぱりアークはすごいね!」
「だろ!? 城の中でちまちま小物を漁ってるやつとは、やってる事の価値が違うんだよ」
そう、俺は選ばれし城衛騎士——
「同じだと思うよ」
「え?」
予想外の反応にアークの表情が固まった。
ミディーは不思議そうな顔で、指先を唇に当てている。
「アークは凄いし、頑張ってるけど……やってる事の価値に上も下ない。みんな同じだと思う」
「はあ?」
「そうそう! あたしね、コック長にありがとうって言われたんだ! 今までやってもらってばかりだったから、すごく嬉しくて、心が温かくなった」
「ああ」
「アークがもらう『ありがとう』も、あたしがもらった『ありがとう』も、そして……トリンがもらう『ありがとう』だって、みんな同じなんだって思ったんだ」
アークは紅茶に自分の顔を映す。
なんだか釈然としない、眉の間に見え隠れするイライラを隠そうとして、「なるほどね」と心にもない感嘆詞を呟く。
「誰かのために何かをする事に、すごいも、すごくないもないんだよ! それが最近のあたしの発見!」
そう言ってからミディーは、アークの表情が浮かないことに気がついた。
「あれ……間違ってた?」
「さあね」
アークはミディーのお菓子を鷲掴みして、大きく開けた口へと放り込んだ。
「ああー!! 食べ過ぎ!!」
「はいはい、悪かったよ」
アークはドタバタ両手を振り回すミディーを尻目に、ぼんやりと窓の外を眺める。
彼女の言ってる事は概ね正しい。むしろ会わないうちにそんな成長を見せている事に、感動すらある。
でも——
頭で分かっていても感情が納得できてないって状態は、人間往々にして起こり得るものだろ。
自分の知らない場所で!
知らない男——それも城内魔物管理士とかいう底辺野郎が!
俺の姫の心を大きく動かしている!
その事実に、とうしても納得がいかないアークなのだった。
不満をぶちまけてやりたいけど——自分で見つけた発見に嬉しそうな姫の顔を見ると、何も言えなかった。
あー、この前会った頃より、髪伸びたんだなぁ。
くそっ……かわいい。
「今度、城の方に顔出そうかな。久しぶりに王や王妃に会いたいし——」
「あ、いいんじゃない!? 歓迎するよ」
まったく、人の気も知らないで……。
アークはあえて焦点を当てず、うすぼんやりと、呑気なお姫様の顔を眺めるのだった。
アークとトリン。
お互いが城を護る大事な役目を担っていますが、そこに気づくのはまだ先の話( ̄▽ ̄;)
次回、トリンとアークが初対面。
それにしても、アーク・レッドって名前……ヤバいかな(^◇^;)




