第3話:それぞれの『仕事』
小さい頃は果敢に魔物と戦う城衛騎士に憧れた。しかし単なる平民の出では、その土俵にすら立てない事を知った。
だから次は、魔物を研究する学者を夢見た。しかし学者になるためには、見たこともないような額の学費が必要だと知った。
やがてトリン・シフェノは『師』と呼べる人物と出会い、その跡を継ぐかたちで『城内魔物管理士』となる。ベンズロン王が住む城を筆頭に、貴族連中が住む近隣約30の城や屋敷が、トリンの担当となった。
夢見たものとは違う自分の姿。
でも今では、この仕事に誇りを持っている。
スキルも魔力もない凡人による、たった一人の地味な仕事だが……。
縁の下の力持ちというやつだ。
* * *
「えええええい! まどろっこしいいいいい!」
ミディーが吠えた。
お城の食事を一挙に担う、離れに作られた厨房施設。
コック長からの相談でやって来たミディーとトリンだったが、この何を考えてるかわからない男は、コック長の話を聞くなり無言で地面を這いつくばり出した。
ライト(照明石を先端につけた筒状の器具)で釜戸の裏とか水場の影なんかを覗き込んでいる。
見かけたキャモンは『シーフラット』という奴で間違いないらしい。厨房や食糧庫などから人間の食糧をこっそり奪っていく小さい盗人。
「シーフラットは非常に臆病なキャモンです。しっかり安全を確認した経路しか歩き回らない。しかし同じところを常に移動するから、そのルートには汚れが付着し跡が残ります。いわゆる『ラットサイン』というもので、それを辿っていけば大まかな行動範囲が把握できるわけでうんたらかんたら——」
まーたよくわかんない屁理屈を言ってる。
ミディーはその説明の半分聞き流し、這いつくばるトリンをぼーっと見下ろしていたが、あまりの地味さにだんだんイライラしてきたという訳だ。
「そんなまどろっこしい事してないで、その辺に毒餌でもなんでも撒いちゃえばいいじゃない!」
「ミディー姫は、毒餌がばら撒かれた厨房で作ったお食事を、食べたいのですか?」
「はあ!? 食べたい訳ないじゃない! バカじゃないの!?」
ミディーの剣幕に、トリンは長い溜息を吐く。
「ミディー姫、さっきも説明した通り、シーフラットはすごく臆病なキャモンなんです。見慣れないものががばら撒かれていたら、警戒して、それを避けて歩きますよ。行動が複雑化して読めなくなります」
「でもさぁ」
「その辺に座ってミルクでも飲んでてください」
「はあ?」
「邪魔しないでください」
「……」
一国の王女にたいしてなんて言い草だ。ミディーは鼻息を鳴らしながら、その辺の椅子を引き寄せてドスンと腰を下ろした。
心底気に食わないが、まあいい。
このトリンという男の仕事ぶりに、国を統べるヒントが見えた気がしたんだ。その予感が本物か確かめるまでは、好きに泳がせてやろうではないか。
不敬罪で処すのは、その後だって構わない。
「あの、ミディー姫……」
手揉みをしたコック長が、おずおずと口を開く。
「実は、この場を借りてご相談したいことが……」
「なによ?」
トリンへのイライラが、ついつい語気に表れてしまう。
「いや、そのですね……。あ、その前に……ミルク飲まれます? 新鮮なのがありまして——」
——その辺に座ってミルクでも飲んでてください。
「い、いらないわよ!!」
コック長の労いが、自分存在を無視して這いつくばる男の無礼な一言と重なり、ミディーは声を荒げる。
* * *
「釜戸の裏と、貯蔵庫の隅と、大きな棚の3段目に、残渣が溜まってましたよ。ラットサインもありましたので、シーフラットはそこを餌場にしていたんだと思われます」
「あああ、やっぱり……」
コック長はミディーをチラチラ見ながら頷いた。
「餌場を無くせば、シーフラットは自ずと現れなくなると思います」
「いや、はあ……」
歯切れの悪い返事だ。
「……出来そうですか?」
相手の合意を取る姿勢を見せながらも、トリンの目には確信めいた『答え』が見えているようだった。コック長はしばらく視線を泳がせたが、意を決してミディーの方を見る。
「あの、ミディー姫……」
「……!? ん!?」
急に話をふられて、ミディーは口に含んでいたミルクをゴクリと飲み込む。
「な、なによ……?」
「実はこの件で、ミディー姫にお願いしたい事がございまして……」
そしてコック長は、ミディーの顔色を伺いながらポツポツと話し始めた。
最近、食事についてベンズロン王妃からの注文がやたらと多い事。やれ、あの食材は身体に悪いから使うな、やれ、食材の焼き加減はコゲがついたらダメだとか……。
ミディー姫の健康を気遣っての事なので、注文に対しては何の文句もないのだが、いかんせん手間がかかりすぎる。注文を抑えるか、人員を増やすかしてもらえないと、厨房を清掃する時間の確保すらままならない——
その結果が、今回シーフラット騒動に繋がっている……との事だった。
「どうか、王妃にお口添え頂けないでしょうか……?」
しょんぼりした顔でコック長は俯く。
この人は何も悪くない。ママの注文へ律儀に応えながら、一所懸命料理を作っていただけなんだ。
それなのに、こんな顔をさせてしまったのが本当に忍びない。ミディーは心が痛くなった。
ママに意見するのは正直怖いけど、これは自分が動くべき……なんだよね?
ミディーはチラリとトリンを見る。
彼は頷くでもなく、ただじっとミディーを見ていた。
いいわよ。
やってやるわよ……!
「コック長!」
「は、はい!」
「言いづらい要求だったろうに、よく話してくれた。この件は、あたしがマ……ベンズロン王妃にしっかりと進言しておこう」
「よ、よろしいのですか……?」
「ええ、当然よ! 城に住む皆の健康を守るのも、われわれ王族の務めですもの!」
言ってしまった。
いや、言うべきだったのよ!
だって私は、この国の人々をより良く導いていく責任があるのだから。
ミディーは再びトリンを見る。
変わらない無表情。しかしその口の端が少しだけ上がっているように見えて、ミディーは勇気が湧いてきた。
* * *
——それから1週間。
来城したトリンと再び厨房に向かうと、コック長は嬉々として迎えてくれた。
「人員を2名追加してくれる事になりました! 明日にも来てくれるそうで……これで清掃にも手がまわります!」
「あらそう、よかったわね」
ミディーはさも当然といった様子で返す。
しかし実際のところ、ベンズロン王妃に進言した時のミディーは恐怖と不安で石像のように固まっていた。二言三言話す間に、心臓が5つぐらいは破裂した気がする。
『コック長が、すごく困ってて——』
しどろもどろになりながらも、世界一怖いママに厨房の現状を説明する。普段はガミガミ言ってるママが無言である事に不安を覚えたものの、怖くて顔を上げる事は出来ない。
ひとしきり話し終えると、ママは小さく頷いた。
『わかった。早急に人員を手配するわ。2名ほど追加すれば問題ないでしょう』
ガミガミを覚悟していたミディーは面食らい、驚愕の表情を隠さずに顔を上げる。彼女の予想に反して、目の前の王妃の表情は晴れやかだった。
そして、一言——
『ミディー……偉いじゃない』
初めてママに褒められた。
あの時の衝撃と、言いようもない喜びと高揚は、きっと一生忘れないだろう。
——そんな一部始終を思い出して、ついついにやけてしまうミディー。
コック長は長いコック帽を脱いで、胸の前で抱えると、二人に深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
ありがとう——
使用人が形式的に口にする、いつものそれとは違う響きだった。
この言葉がこんなにもあたたかいものなのだと、ミディーは初めて知った。
嬉しくて嬉しくて、隣に立つトリンを見る。
トリンの顔もまた崩れていた。
溶けたバターみたいに、やわらかくまろやかに。
ミディーは少しだけわかったような気がした。
この無礼な男が、なぜこんな地味な仕事を続けているのか——
お読みいただきありがとうございます(*´Д`*)
色んな仕事によって城の健康は保たれています。
美味しく安全な料理を作る仕事、その安全を脅かすキャモンを管理する仕事、そしてそれらが上手く回るように統治する仕事。
地味な仕事の積み重ねが、組織を良くしていきますね。
次回はこの世界の花形職業である『城衛騎士』(そしてミディーの幼馴染)の男が登場します。果敢に戦う彼らにとって、城内魔物管理士の仕事はどう映るのか? そして、ミディーとの関係は?
そんな感じです展開していきますので、どうぞよろしくお願い致します(*´Д`*)




