第2話:ちょっと来て!城内魔物管理士さん!②
部屋を見回したあと、トリンは手のひらで石造りの壁を触りながら、何やら考え込んでいる。
「なにしてんの?」
「壁の温度を確認してるんです」
何のために? ミディーは首を傾げる。
「あたしには、ただ壁を撫で回して悦んでる変態にしか見えないんだけど……」
ベッドに腰掛けて、テーブルに置かれたフルーツを一つ口に放り込む。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、その余韻を逃さないようにミディーは口を固く噤んだ。
トリンは彼女の言葉など聞こえていないみたいに、石造りの壁を隅々まで眺めまわしている。
「この壁は比較的他の壁より温かい。隣がベンズロン王と王妃の部屋だから、普段から暖炉で温められているのでしょう。残り三面、これは冷たい。ここは角部屋だから、屋外と廊下に面している壁は比較的冷たいんです」
「ふうん」
「プチスライムの至適温度は25〜30ポッカ。しかしこの時期は気温が下がっていますから、暖かいところに集まるはずです。この部屋に定着しているのであれば、この壁に身を隠している可能性が高い」
「なるほどね」
「壁をよく見ると、ところどころに亀裂が入っています。プチスライムは爪が入る程度の隙間でも隠れることが出来ますからね。その観点でこの壁を見ると、そのサイズの亀裂もいくつか見られます。プチスライムは、おそらくこの中に潜んでいるのかと」
「そっかありがと! じゃあスキルか魔法か知らないけど、さっさとやっつけちゃってよ」
「そんなこと出来ないですよ」
「ええ?」
「私は、魔法使えませんので」
「城衛騎士みたいにズバババーンってやっつけてくれるんじゃないの?」
スキルや魔法による快刀乱麻な解決を期待していたミディーは落胆する。
「キャモンに対しては、それ相応の駆除の仕方があるんですよ」
そう言いながら、トリンはショルダーバッグから紙の札を取り出す。それは彼の顔がすっぽり収まってしまうほどの大きさだ。
「何それ?」
「捕縛札です」
さも当然のように言われても、何が何だか。
「捕縛の魔術が刻まれてます。床に敷いて、この上を通ったキャモンを捕まえるんです」
「なるほどね! それでとっ捕まえて一網打尽にするわけか!」
「違います」
なんなんだよ、コイツ……
「捕縛の目的は調査です。どこでどの程度の数が捕縛されるかで、今後の対策の指針とします」
「なんか地味だね」
ついつい本音が出てしまう。
大型で危険な魔物を相手に、強靭な肉体と強力な魔力で戦う城衛騎士の活躍を知っていると、そのやり方はあまりに地味で回りくどい。
コイツ、無能なんじゃないか?
城衛騎士である幼馴染のアイツに相談して、ぶっ倒してもらった方が早かったんじゃないか?
城内魔物管理士を名乗るこのトリンという男に、疑惑の感情が浮かぶ。
そんなミディーの視線などお構いなしに、トリンは捕縛札とやらを壁沿いの床に敷き詰めた。
「明日、また来ます」
「ご苦労」とりあえず、労いの言葉。「フルーツあるけど食べてく? こんなに新鮮なやつ、町の方じゃあまり出回ってないでしょ」
「いえ、いらないです」
「ふうん」
せっかく気を利かせてやってるのにこの態度。このトリンという男とは、一生分かり合える気がしない。
部屋を出て行くトリンの背中にあっかんべーして、ミディーは皿の上のフルーツをまた一つ口の中に放り込む。それは、まだ熟してなかったみたいで、とてもとても酸っぱかった。
さて——と。
ミディーはベッドの下から包み紙を取り出す。先ほど王妃が言っていた『変な物』とはこれの事だ。
砂糖がたっぷり塗され、中身にたっぷりのクリームが詰まったお菓子パン。食育にも熱心な王妃が見たら卒倒しそうな不健康の塊だが、城下町の露店で売られているこの脳天を貫く暴力的な甘味がミディーは大好物なのだ。たまにお忍びで街に繰り出しては、大量のお菓子を買い込んでいるのは内緒である。
いつも窮屈な思いしてんだ。
このぐらいのチートデイがあってもいいでしょ!?
齧り付いた。
舌に絡みついた糖分が脳を激しく揺らす。
う、甘ぁ……。
恍惚の表情を浮かべるミディー。しかし、その幸せな時間も長くは続かない。
「ミディー! そろそろ絵画教室の時間でしょ!! 早く来なさい!」
ドアの外から母親の怒鳴り声。
「は、はーい!!! 今行くから!!」
慌てて食べかけのパンを袋に包み、ベットの下に押し込む。そして口元の砂糖を袖で拭うと、何食わぬ顔で絵画教室へと急いだ。
* * *
その夜――
ぐちゃぐちゃという気色悪い音で、ミディー目を覚ます。
生臭い臭いがする。使用人が炊いてくれたお香の匂いに紛れて、あの臭いが微かに漂っている。
あたしはランタンを付けて、音のする方を照らす。
そして言葉を失った。
トリンの仕掛けた『捕縛札』に、何十、何百という数のプチスライムが張り付き、蠢いていた――
ミディーは後退りして……ネグリジェの裾を踏みつけて尻もちをついた。両手を振り回し、何かにすがりつこうとするけれど、何もない!
誰か!
誰か助けて!
「誰か! あいつを呼んで! 城内魔物管理士を……!!」
掠れた声で叫んでいた。
* * *
「緊急対応料金が発生しますので」
夜中に叩き起こされて不機嫌そうなトリンは、足元の捕縛札で蠢くプチスライムを見下ろしながら、頭をボリボリと掻いた。
「わかったからさっさとそいつらを全滅させてよ! 気持ち悪い! 臭いし、穢らわしい!!」
ミディーはウゾウゾ動くプチスライムを指さして叫ぶ。
「思慮深いベンズロン王のご息女なのに、貴女は発想がやけに短絡的なんですね」
トリンがムカつく事を言ってるが、それにめくじらを立ててる心の余裕はない。
彼は布製の袋を取り出すと、その中にプチスライムがくっついた捕縛札を放り込んだ。中は異次元空間になっているようで、何枚放り込んでも袋は全く膨らまない。
「気づきましたか? 捕縛札に捕獲されたプチスライムの数は、温度が高いベンズロン王の部屋側で明らかに多い。やはりこの壁を中心に定着していたようですね。となると、ベンズロン王の部屋や、壁を起点に上階や下階も対策を講じた方がいいかもしれません。夜が明けたら、早速調査を進めましょう」
プチスライムが目の前から消えた事で、ミディーはホッと胸を撫で下ろす。
「しかし――」トリンは首を傾げる。「これだけの数のプチスライムが生息しているという事は、何処かに餌となるものがあるはずです。通常であれば食堂や調理場などの食べ物の残渣が多い場所に、彼らは住み着きますからね。しかしここは、そのどちらからも遠く離れている――」
「そんな事どうでもいいじゃない。住み着いてる場所がわかったんだから、大工に来てもらって、この壁をぶっ壊せばいいのよ。そして、出て来た魔物を騎士に駆除してもらえば、万事解決じゃない?」
素晴らしき名案を聞いても、トリンの曇ったの表情は変わらなかった。
顎の下に親指を当てたまま、部屋の中をグルグルと歩き回り、壁や床を指先で触れては「うーん」と唸る。
そして急に立ち止まり――
「ミディー様」
「な、なに?」
初めて名前を呼ばれた気がして、ミディーは一瞬ドキッとする。そしてドキッとしてしまった自分に、心の中で身悶える。
トリンはベッド横の床をじっと見つめ、指先で擦る。そこに着いた白い粉をクンクンと嗅いで「砂糖……」と呟く。
「ギクッ!」
驚きのあまりついつい口走る。
「ミディー様、この辺りで砂糖菓子のようなものを食べました?」
「た、食べてないわよ! そんなことしたら、ママが許さないもの!」
「でも、砂糖が落ちてますが……?」
詰問するような目……苦手な目だ。
小さい頃に、イタズラをしてママに怒られた事を思い出す。
一歩退きそうになりながらも、必死で耐えた。自分はこのベンズロン国の後継者なんだ。平民の礼儀知らずな男に、言い負かされるなんてあり得ない。
「べ、別にいいじゃない、お菓子ぐらい食べたって! あんたら庶民は毎日食べてるでしょ? あたしは、食べれなくて……」
「あ、言い訳はいいんで。そのお菓子のゴミはどうしました? 内緒なら、公に捨てられないですよね」
毅然とした態度で、ミディーはベッドの下を指差す。
「ここに隠しといて、後でまとめて捨ててるの! 文句ある?」
「ここ、ですか……」
トリンは神妙な顔で頷いて、ゆっくりとベッドに近づいた。4回寝返りしても余りがある程の大きな大きなベッド。床まで届くレース模様のシーツを捲り上げて、ライト(照明石を円柱の先端に付けたもの)で照らして覗き込む。
「やっぱり」
膝をついたトリンが、背中を向けたまま呟いた。
「何がやっぱりよ」
「この下、見て下さいよ」
「なによ」
「いいから」
問答無用なトリンの雰囲気に促され、ミディーはベッドの横にしゃがみ込んだ。
「それじゃ見えないです。もっと頭落として」
「やだもう、髪がぐしゃぐしゃになるじゃん」
「いいから」
頭を下げる。
鼻をつく生臭さと、グチャグチャという微かな音。
トリンのライトが照らす先——
奴らがいた。
食べかけのお菓子の袋に、大量のプチスライムが蠢いていた。
「ひいいっ!!」
ミディーは仰け反り、すっ転んで尻餅をつく。
「貴女が放置していたお菓子が餌場になっていたんですよ。こっちの暖かな壁を寝ぐらにしつつ、ここに放置されたお菓子を餌にして、彼らはどんどん繁殖していった」
トリンは淡々と言う。
「それって――」
「貴女が自分で、彼らに餌を与えて増やしていたって事ですよ」
* * *
小さい頃の姫は、短気で、無鉄砲で、芸術も勉強も苦手だった。考えるよりも先に手や口が出たから、友達だって少なかった。
でもその事実を、『国王の娘だから、特別扱いされて避けられても仕方ない』って言い訳で包み込んで、不甲斐ない自分を守っていた。
誰からも信頼されない自分。
誰からも認められない自分。
そんな自分がこの国を統べる事なんて、心のどこかで不可能だと決めつけていた。
「もっと、広い視野を持つんじゃ」
悔しくて泣きべそをかいているミディーに、ベンズロン王は言う。
「知識や性格など、二の次でしかない。国民がどんな事を感じ、考え、生活しているのか――それをちゃんと見つけてあげる力が、人々をまとめる者には一番大切なんじゃよ」
* * *
「目の前の問題を取り繕うだけじゃ、ダメなんですよ」
あんな部屋じゃ眠れないって事であてがわれた来客用の一室。清潔なベッドに腰掛けて溜息を吐くミディーに、トリンは言った。
「今いるキャモンを全滅させただけじゃ、また別のキャモンが棲みつくだけ。キャモンが住めない状態まで、壁を壊したり毒を撒いたりして環境を変えてしまえば、私たち人間側だって不便を被る」
差し出された椅子には座らず、机の横に突っ立ったままトリンは続けた。
「だから共存が大事なんです。キャモンがなぜここにいて、なぜこんな行動をとっているのか――その原因を調べて、それを一つ一つ取り除いていく。そして、互いが影響を受けない水準で管理する。一見地味で遠回りに見えますが、実はそれが一番確実な解決策なんです。そして、そのお手伝いをするのが、私たち城内魔物管理士の仕事なんです」
ゆっくりと、そう語ったあと、トリンはバツが悪そうに鼻の頭を指先で掻いた。
「すみませんね。少し喋りすぎました。お聞き苦しかったですよね」
「ううん、そんな事ない」
ミディーはトリンの話を聞きながら、子供の頃にベンズロン王が言ってた言葉を思い出していた。
『国民がどんな事を感じ、考え、生活しているのか――それをちゃんと見つけてあげる力』
「けっこう、ためになった、かも」
そう返すと、トリンは唇の端だけを上げて――でも鈍感なミディーでも簡単にわかってしまうくらい、嬉しそうに笑った。
初めてこのトリンという青年の素顔を見たような気がした。
「許可いただけるようでしたら、明朝に城内の清掃部署に相談して、ゴミを片付けてもらいますよ。餌がなくなれば、プチスライムも自然と別の場所へ移るでしょう。もう二度と、ベッドの下に食べ掛けを放置してはダメですよ」
「わかってるわよ」
東の窓から朝日が差し込んでいるのに気づいて、安堵のため息を一つ。長かった夜が明けていく。
「それでは、私はこれで」
「あ、ちょっと!」
立ち去ろうとする彼を呼び止める。
「もうすぐ、給仕がフルーツを持って来てくれるんだけど、ちょっとだけ食べていかない? その――お口に合うか、わからないけど……今日のお礼」
トリンは首を傾げ、視線を何もない空中で泳がせた後、決心したようにペコペコと頷いた。
「あ、その、すみません、それじゃあ……遠慮なく」
おずおずと差し出された椅子に座る。
キャモンの事になると堂々と振る舞うくせに、慣れない場面じゃ途端にまごついてしまう。そんなこのトリンという男を、ミディーはちょっとだけ可愛らしく感じてしまった。
「お礼はありがたく頂戴しますが、緊急対応料金は帳消しになりませんので」
あ、やっぱりこいつムカつくわ。
* * *
ここは剣と魔法、そして人と魔物の世界。
そんな世界の片隅で、城内魔物管理士というニッチな仕事をする青年は、今日もお城の中をうろついている。
「トリンさん、厨房でキャモンを見かけたんだけどさ、ちょっと来てくれない?」
コック長に呼ばれ厨房へと向かう。
今日も長い一日になりそうだ。
「ちょっと待って!!」
そんな二人を呼び止める声。
振り向くと、ドレスを纏った国王のご息女
「ミディー姫、どうしました?」
コック長が尋ねる。
「キャモンが出たんだってね? あたしも調査に加勢するわ」
「ええ!?」
驚くコック長。不敵な笑みを浮かべた国王のご息女は、困惑する城内魔物管理士の青年に並び立つ。
「この国を統べる前の小手調べに、まずはこの城のキャモン達を、あたしが管理してみせますわ。さあトリン、早速現場に向かうわよ!」
長いスカートをひらひらさせながら、先頭に立って歩き出す姫君の背中を見て、青年はため息を吐く。
本当に、今日も長い一日になりそうだ。
お読み頂きありがとうございます(*´Д`*)
試作版で書いていた内容はここまでで、ここから話を繋げていきます。
このお話で書きたい事は以下の通りーー
①主人公二人の関係性の変化
②地味で蔑ろにされがちだけど大事な仕事ってあるよね
③姫の統治者としての成長
④オリジナルモンスター達の生態と防除
⑤やがて大きな災いが国を襲うが、その時彼らは……
派手で最強なお話ではなく、異世界ものの皮を被った『お仕事もの』として読んでいただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします(*´Д`*)




