第14話:小さき脅威
王国防衛会議は、月に一度開かれる、その名の通り王国の防衛に関する会議体だ。
各大臣や城衛騎士、高等魔術師など、国を護る様々な役職の代表者が集まり、挙げられた懸案事項や問題点を共有し、意思決定を行う。
若き城衛騎士であるアーク・レッドもまた、『後学のため』という曖昧模糊なリードを付けられ、この会議の場へと引っ張り出されていた。
大臣達が各々の問題点について意見を出し合う中、アークは緊張した面持ちで、膝の上に置いた小箱へと視線を落とす。さて、この中に入っているものを、彼等はどう判断するのか……?
彼の隣に座るのは、この会議の正規メンバーであるメッサ先輩。
ベテランの城衛騎士で、その腕は確かなのだが、性格面は新米イビリを密かな楽しみにしているクズ野郎だ。大公子であるアークがターゲットにされる事はないものの、他の同期や後輩からの悪い噂が絶えない。
聞くところによると若い頃はもっとゲスだったらしいが、実家の屋敷で起きたある出来事がきっかけで、少しだけ丸くなったらしい。
今よりゲスって、どんだけだよ? とアークは思っている。
「さて、城衛騎士からの懸案は、何かあるか?」
進行役に促され、メッサは指先でアークに合図する。箱を出せ、と言う事らしい。アークが卓上に小箱を乗せると、メッサはその蓋を開けた。
その瞬間、鼻をつく異臭。
アーク達にとっては嗅ぎ慣れた臭いだが、それを知らない大臣や高等魔術師達は顔を顰めた。
「魔法で腐敗を遅らせてはいますが……すみません、なにぶんコイツらには風呂に入る習慣などないもので」
皆が恐る恐る箱の中を覗き込む。
そこには小さな人形の魔物が、黄ばんだ布に包まれ納められていた。
微動だにしない。
死んでいる。
「こ、これは?」
大臣の一人が恐る恐る尋ねた。
「ゴブリンの一種、だそうです」
メッサは答える。
箱の中の死体は赤黒い色をしていた。人間と同じような二足歩行の体躯をしているものの、その頭は人と比較して大きく、逆に手足は短い。
だが注目すべきはその大きさだ。通常の成体ゴブリンは人間の子供と同じような大きさだ。しかしこの死体は、片手に乗るほどの大きさしかない。
幼体か? との質問にメッサは首を横に振る。解剖の結果、生殖器は成熟していたらしい。
このサイズで、成体なのだ。
「西の森の調査に向かっていた騎士団が、とある洞窟で発見したゴブリンのコロニーを殲滅しました。そこに数匹、これと同じものが生息していたとの事です」
「なんと面妖な……」
皺だらけの顔、潰れた鼻、巨大な目。年老いた赤子のような異様な姿だ。
「発見した者の話によると、他のゴブリンとは異なり、統率の取れた行動をしていたとの事です。そして、更には……魔法までも操ったと」
「バカな!?」「そんなわけがなかろう!」
皆が口々に騒ぎ立てる。
魔物の中でも、魔法を操るほどの上位の者は、高い知性と社会性を兼ね備えたごく一部の種族に限られている。彼等と人間は共に生活圏を分け、互いに干渉しないようにしていた。不要な争いが、自種族の破滅へと繋がらないように。
彼等は本能ではなく理性で、種族の行動を掌握している。
しかし、ゴブリンの行動を支配するのは前者だ。
奪い、貪り、繁殖する、ただそれだけが行動原理の種族だ。理性を持たない彼らは、魔法を操るような高度な知性など持ち合わせていない……。
——はずだった。
魔法を操るとなれば、この小さな身体ですら、人の命を簡単に奪う脅威となり得るだろう。
「『ムツキング』——大型の肉食獣型に魔物です——の生息域が年々拡大しているのは、以前議題として上げさせてもらいましたね?」
「ああ、しかし奴等は森から出る事はなく、城の防衛に影響はないと……」
「直接的には、です。ただ、ムツキングの増加で生息域を追われた魔物達が、本来の住処を失いつつある点について、我々は着目すべきだったのかも知れません」
西の森の洞窟に生息していた大量のゴブリンは、怯えるように身を寄せ合い、蠢き、ひしめき合っていた。
そこで生まれた、異形のゴブリン達……。
メッサの話を聞きながら、アークは以前、城内魔物管理士のトリンと交わした会話を思い出していた。
——生物の中には、生息域を広げる為に肉体的な変化を遂げる種類もいる。
コイツが、その結果なのか?
「需要なのは、そこだけじゃない」
メッサは眉間に皺を寄せたまま、対面に座る若い高等魔術師を見る。
視線を送られた高等魔術士は、オドオドと肩をすくめた。場慣れしていないのか、やけに大人しそうな女だ、とアークは思う。
その反応で自身の加虐性が満たされたのか、メッサは口の端を上げて満足そうに笑った。
そしてゴブリンの死骸を指さし、言った。
「このサイズは、結界を通過できるか?」
ことの重大性に気付き、大臣達は一斉に高等魔術師を見る。
視線を向けられた若い高等魔術士の隣に座ったベテランが、重たげに口を開く。
「現在の結界は、0.3ビョン(約30センチメートル)程度の網目状に張られています。これ以上の目を細かくすれば、結界自体の強度が大きく低下するギリギリのラインで——」
「それで、通れるのか?」
尋問するような口調のメッサに、高等魔術師は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「通れる、と思います」
「そうか。やはりな……」メッサは深刻な面持ちで頷く。「今まで、結界を通過しうる小型の魔物は、脆弱な種しか存在しなかった。しかし、コイツは城衛騎士と渡り合う狡猾さと、魔法という火力を持っている。仮にコイツらが結界を通過して城の中に入り込んでしまえば……」
——城は内側から崩されるかもしれない。
大臣達も、高等魔術師達も、沈痛な面持ちで頷いた。
「状況は把握した。この件は私からベンズロン王へと報告しよう。城衛騎士の面々は、引き続き調査を進めてくれ。高等魔術師も、今まで以上に結界の維持管理に努め、何かあれば共有してくれ」
大臣の一人がそう締め括る。
一応の危険性は共有できたが、今現在なにかが起きたわけでもない。可能性の域を出ないこの件に対して、大きなリソースを割くわけにもいかず……曖昧ではあるが、とりあえずの方向性を定めるに留まった。
「承知しました。しかしながら、今まで通りでは、何かあった際のアクションに遅れが出ます。臨時の対策班を作り、本件に特化した監視を並行すべきかと。その人員としまして、ウチからは——」
メッサは言いながら、アークの肩をポンポンと叩いた。
なるほど、面倒ごとの身代わり要員ってわけか……。
「私が引き受けます」
自分が急遽この会議に押し込まれた意味を理解し、アークは引き攣った笑みで言った。
* * *
会議後、アークは不貞腐れた顔で、空っぽになった部屋の石造りの天井を見上げていた。
一杯食わされた。
通常業務に加えて、城に侵入するかもわからない小型ゴブリンの監視業務——たしかに必要な事ではあるが、いかんせん負担が大きい……。
まあ、城に顔を出す機会が増えれば、それだけミディーと会えるだろうし……前向きに考えるしかない。
アークは共に人身御供にされた、高等魔術師の女を見る。
さっきメッサに見られてオドオドしていた、気弱そうな女だ。女性にしては長身だが、自分を小さく見せたいのか背中を丸めていた。
「名前は?」
「えっと……ラーリル・テトと申します……」
「そっか。君も災難だね」
「はあ……いや……」
高等魔術師側の対策班はペコペコと頭を下げた。
この2人であの『異形のゴブリン』について何かしらの対策を立てていかねばならないわけだが……さてどうしたものか?
この城に魔物が入り込むとして、その方向も経路も時間帯も、何一つ具体的に思い浮かばない。
暗い袋小路に立ったようなアークの頭に、ある人物の顔が思い浮かぶ。
この広い城を隅々まで歩き回り、床のヒビまで把握してそうな男の顔が——
「なあ、今後の方針について、俺の方でちょっと意見を聞きたい奴がいるんだ。根暗でいけすかない男だが……おそらく俺が知る中でもっとも、この城について造詣が深い」
正直気乗りしないが、自分一人で抱え込めばコドモスラの時の二の舞いだ、とアークは気を引き締める。
根暗でいけすかない人……。怖い人だったらどうしよう、とラーリルは表情を曇らせ——そこである人物の顔が浮かんだ。
「あ、私も一人……心当たりがあります……。すごくかわいくて、やさしくて、もふもふで、お城に詳しい人が……」
そう、これで定期の調査以外で会う口実が出来るよね! とラーリルは浮かれる。
かわいくて、もふもふ? どんな奴だよ? とアークは首を捻る。
「とりあえず、そいつらを加えて、今後の作戦を練ろうか——」




