第15話:4人で
「緊急対応料金——は、どちらに請求すればよろしいのでしょうか?」
唖然とするアークと、もふもふ呟くラーリル。
2つの温度感の異なる視線を向けられて、流石のトリンも困惑していた。
「かわいくて……やさしい……?」
がめつくて、卑しいの間違いじゃないのか? そんな感情を表情に滲ませながら、アークは内気な高等魔術師を睨め付ける。
ラーリルはそんなアークになど目もくれず、トリンの頭に手を伸ばそうとして、慌てて引っ込めるを繰り返していた。
「なんか……変わった人が3人、集まっちゃったね」
いつもの通りトリンの後ろを着いてまわってたミディーも加わり、城の一室はより更に異様な雰囲気を高めている。
「いや、どー考えてもお前がいるのが一番変だろ……」
ミディーに向けたアークの冷静なツッコミ。このパーティー唯一の常識人である自分が、場を取り仕切らねばならないと意気込んでいる。
「お前を呼んだのは他でもない——」
アークは先日の王国防衛会議で挙がった『ゴブリンの変異体』について説明する。
やはり、曲がりなりにも城内魔物の専門家だ。トリンはおおまかな説明を聞いただけで、現在この城が孕むリスクを理解したようだった。
「キャモンの侵入経路——死角や、人の目が行き届かない場所については、幾つか心当たりがあります」
「ふうん、なるほどな。そこに警備でもつけるか?」
「いえ、現状でその提案はコスパ的に通らないでしょう。まずは監視用水晶の設置で問題ないかと」
「よし、大臣に掛け合って準備を進めよう。水晶のスペックは?」
「感知範囲は5ビョン(約5メートル)ほどが理想ですね。映像については——」
「なんたらかんたら——」
「なんたらかんたら——」
男二人がマニアックな話を進める中、残された女2人はポカンとして顔を見合わせる。
* * *
綺麗なブロンドの髪。
透き通るような白い肌。
それらを彩る鮮やかなドレス——
ミディー姫は幼い頃に憧れた『お姫様』そのままだった。
自分の地味な黒髪や白一色の祭服と見比べたラーリルは、溢れそうな溜め息を慌てて誤魔化した。
ひょんな事から顔を合わせてしまったが、ラーリルはミディー姫に対して良い印象を持っていない。
その美しさは自分の卑屈さをチクチク刺激してくるし、もしかしたらチロ——トリンを奪い合う最強のライバルになるかもしれないから。
そもそも、第一印象からして良くなかった。
ラーリルがミディー姫を初めて見たのは、高等魔術師の仕事を始めてすぐの頃。
慣れない結界魔法でヘトヘトになっていたラーリルは、額に貼り付いた前髪を持ち上げながら、地下階段の踊り場からからこちらを見下ろすミディー姫を見上げていた。
その顔を塗り固めているのは、艶のない無関心の色。まるで部屋の一角を漂う埃の粒子を眺めているような、気怠く退屈そうな表情だった。
豪奢な衣服の中心で、その顔はやけに暗く、どんよりとして見えた。
ラーリルはそんなミディーの様子に強い衝撃を受けた。この城を護る結界を維持する、高等魔術師という高潔な職業……その矜持が踏み躙られたような気がした。
汗で白い祭服を濡らす自分と、涼しげにドレスを靡かせ下々を見下す姫君……。彼女とはきっと分かり合えないだろう、そうラーリルは思っていた。
城の暮らしにも慣れた頃、耳をすませば聞こえてくるミディー姫の良くない噂が、その直感を補強した。
やる気がない——
そのくせ、わがまま——
妹のエリー様の方が優秀——
エリー様こそ、この城を継ぐのに相応しい——
下々に無関心で、自分の事しか考えていない、傲慢なお姫様なんだ。会話を交わす事もないまま、ラーリルはそう決めつけたいた。
しかし——
「あのー……」ラーリルを前にしたミディーは、両手の人差し指をモジモジと合わせる。「その、ラーリルは高等魔術師なんだよね? 結界を張り続けるのって、大変?」
「あ、その、はい……」
まるで寄り添おうとするかのような口ぶりだ。上から目線の嫌味を想定していたので、拍子抜けしたラーリルはコクコクと頷く。
「そうだよね——いつもありがとう! 私たちが平和に過ごせるのも、高等魔術師のおかげだって、パパが言ってたよ」
続け様の曇りない笑顔に、ラーリルは面食らった。
あれ? こんなだったっけ?
なんだか違う。想像していたミディー姫のイメージと……。
「前に一度、地下の結界を見に行った事あったんだけど……その時、ラーリルもいたよね?」
「あ、はい……」
まだ半信半疑なラーリルは慎重に頷く。
「あの時、高等魔術師の仕事を見学しに行ったはずなのに……ごめん、あんまり覚えてないの。ママに夜中まで勉強させられてたから、頭がふわふわしてて……」
あの時の気怠そうな表情は、睡眠不足で本当に気怠かったって事?
ラーリルの困惑に気が付いたからだろうか、ミディバツが悪そうに頬を掻いた。
「私、みんなが言っているように、ダメな姫だと思うよ。自分の事でいっぱいいっぱいだし、迷惑ばっかりかけてる——」そう言って少し俯く。しかし、すぐに顔を上げ「でも、ダメだからこそ、ちゃんと知らなきゃって思ってるの。この城や、この国を成り立たせてくれてる、みんなの事」
あの時見た、無関心な視線。
それは姫としての様々な重圧と、それに応えられない自身の不甲斐なさから生じた、諦めの目だったのかもしれない。
しかし、今のミディーの目は——やがて大きな炎の火種となるような、理想という灯を見据えていた。
ラーリルは、そのまっすぐな視線を全身で受ける。
——やる気がない?
——わがまま?
確かに、以前はそうだったかもしれない。
でも今は——
「その、困ってる事が会ったら、なんでも言って!? 私、ママやパパに掛け合ってなんとかするから! この前だってね、コック長の悩みを解決してあげたんだから。お城のご飯、前より美味しくなったでしょ?」
ラーリルは素直に頷きそうになって、うぐぐと小さく唸る。
ダメだ! 絆されちゃダメ!
この人は恋のライバル。同じネコ——じゃなくてニンゲンのトリンを奪い合う敵同士なのだ。
それに姫が『そこまで悪いやつじゃない』としたら、それって更にマズいじゃないか。持ち前の美貌と明るさ打ち消していたマイナス面が、綺麗さっぱり取り除かれてしまうと、強敵が超・強敵に格上げになってしまう……。
それは、やっぱりダメ!
消えそうな火をムリヤリ焚き付けようとするラーリル。その鬼気迫る表情を、疑念の現れと勘違いしたミディーは、慌てて言葉を重ねる。
「嘘じゃなくてホントだよ!? トリンと一緒にキャモン——シーフラットの原因を突き止めて、私が、わ、た、し、が、ママに進言したんだから!」
「トリン、さん……」
「そう! あの口が悪くていけすかない城内魔物管理士のヤツ」ミディーはトリンを指差す。「私、城の管理を学ぶ第一歩として、アイツからキャモンの管理について学んでるの。でも、アイツ私の事を邪魔者扱いして、ホントやなヤツなの。あ、ラーリルも、アイツに嫌な事言われたら私に言ってね? 怒ってあげるから」
え?
あれ?
キャモンの管理を、学ぶ?
そこでラーリルは、前提の違和感に気付く。
ミディー姫が外部業者の1人でしかないトリンの後を着いて回っているなんて、恋慕以外の理由など想像も出来なかった。
しかし、今語られた彼女の説明は、確かに納得がいく。それこそ、恋だの愛だのよりはよっぽど。
ミディー様が恋のライバルって、私の勘違い?
「あ、あの!」
確かめずにはいられない。気が付けば、言葉だけが感情の先を走っていた。
「ミディー姫は、トリンさんに好意を持ってらしたんじゃないんですか!?」
トリンに、好意を——
その抜き身の言葉は、4人の間の空気を激しく震わせた。
「は、はあ!?」ミディーの顔が目に見えて真っ赤に染まる。「私が!? トリンを!? そんなわけないでしょあんなネクラ陰険悪口無礼者男!!」
目を白黒させている。
「あの、お言葉ですが……私だって、仕事を邪魔してくる相手に好意を持つほど、拗らせてはないもので」
軽く咳払いをしてから、トリンがボソリと呟く。ミディーを見てはいない。視線は明後日の方向に泳がせている。
「はあ!? 何よ! いつもいつも、私の事邪魔者扱いして!! ちゃんと勉強してるでしょ!」
「ミディー姫が今学んでいるところ、私が幼児の頃に網羅した内容ですけどね」
「あーもう! またそうやって意地悪言う!」
「ネクラ陰険悪口無礼者男って先に言い出したのはそっちですよ?」
「うわぁ悪口完コピしてるし! そういうところが陰険なの!!」
白熱する口喧嘩。
少し離れた所では、ラーリルがホッと胸を撫でおろしながら、歪み合う二人を眺めていた。
ミディー姫はトリンに好意を持っていたわけじゃなかった。だったら、まだ私にも——
ああ、喧嘩を前にして場違いに微笑んでしまう事をお許しください。
そして、アーク。
彼はトリンとミディーのやり取りを、複雑な表情で眺めていた。
ミディーがあんなにも感情を露わにする相手は多くない。そんな相手、今まで自分以外にいただろうか。
口では否定している。
しているが、あの表情は——
真っ赤になって喚き散らすミディーを見つめながら、トリンという男が、彼女の心のより深いところまで染み込んでいいる事を確信したアークは、人知れず片頬を歪ませた。
これからこの4人(実際のところ3人+姫)で、例の『変異体』を監視していかねばならないとなると……前途多難である。
メイン4人が出揃いました(*´Д`*)
変異種の監視を縦軸にして、4人の関係性を描いていこうと思います。それと、国の存亡をかけた大事件についても……。
どうぞよろしくお願いいたします。




