↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/14

第11話:魔術師の恋②

 実家の玄関には、いつも鮮やかな切り花が飾られていた。


 それは、大地を照らす太陽や、夜空に散らばる星達のように、当たり前のように存在するものだった。


 でも、お母さんが病気でしばらく寝込んだ時、玄関の花は枯れていた。


 まるで劇の帳が下りたように、玄関はしんと静まり返っていた。私は色の消えたその場所に悲しみを覚え、同時にこの家の当(・)た(・)り(・)前(・)を守り続けてくれたお母さんの偉大さを感じた。


 高等魔術師(ハイメイジ)としてお城行きが決まった時、私はこう決意した。


『私も、玄関に花を飾るような仕事をしたい』


 あの時の決意——


 一体いつ、忘れてしまったのだろう。



   *   *   *



「ミディー姫は、ご結婚しないのでしょうか……」


 高等魔術師(ハイメイジ)専用の休憩室で頬杖を付き、ラーリルは呟いた。

 魔力を搾り取られ、頭はフラフラ、お腹はグーグー言っている。でも1時間の休憩が終われば、再びあの魔法陣の中央に立たなければならない。


 部屋の隅に置かれたお菓子の前では、オフの時間を持て余した先輩魔術師が、のんびりと紅茶を楽しんでいた。ラーリルは頭をペコペコ下げながら、焼き菓子を一つ摘んで齧る。


「なんでそんな事、気になるのよ?」


 先輩は尋ねた。

 聞こえてしまっていたか——ラーリルはちょっとバツが悪くなり「なんとなく、です……」と誤魔化した。

 

 ラーリルの頭の中には、先日の美しいミディー姫と、その隣に立つチロ——トリンの姿がチラついている。

 まさか、第一王女のミディー姫が、平民であるチロと恋仲になるなんてあり得ない。でも、無邪気に頬を膨らませてる姫の顔を思い出すと、万に一つ、億に一つの可能性を考えてしまう。

 あんな素敵なお姫様に言い寄られたら、どんな男の人だってイチコロだよね。

 そんなのヤだな。

 

 チロは、私のなのに——


「たしかに、後継問題は気になるわよね。現ベンズロン王が退いて国の頭が替われば、私たち高等魔術師(ハイメイジ)の扱いも変わってくるだろうし」


「そ、ですね……」


 桶の中のブドウみたいに魔力を搾り取られ、口の中はパサパサに乾いている。口内に張り付いた焼き菓子の屑を、紅茶で流し落とした。


「一番可能性が高いんじゃないかってお方は、やっぱりイース・レッド大公子ね。聡明で統率力があって、身分も申し分ない。ミディー姫だって、そろそろ婚姻の話が出てきてもおかしくない年齢なんだけど……まあ、姫はあ(・)ん(・)な(・)だから——」


 この城でのお勤めが長い先輩は、姫の悪評も色々と聞いているらしい。

 自分にとっては、花束のように美しく可憐な最大級の恋敵にしか見えないのだが——悶々とした気持ちで、ラーリルは温かな紅茶をもう一口飲んだ。

 

「それでね、私はアーク・レッド様とお近づきになりたいの。実家のパイプが太い上に、全ての女子が憧れる憧れ城衛騎士(ナイト)ですもの、将来も安泰でしょ。顔もカッコいいし」先輩の顔が恋する乙女に変わっている。「私達もせっかく高等魔術師(ハイメイジ)になれたんだから、しっかり玉の輿を狙ってかないと」


 そうなのだろうか?

 お金とか、地位とか、そんなものどうでもよくないだろううか?

 平民の中流階級同士で結婚し、私を産み育ててくれた両親は、裕福ではないがいつだって笑顔だった。本当に大事なのは、そういう安らぎの時間なんじゃないだろうか。

 ベッドでチロの毛を撫でている時のような、あの安らぎの時間——


「まあ、あなたにはわからないか——」ポカンとしたラーリルの顔で察したのか、先輩魔術師は呆れ顔で付け加える。「あなたは、あのトリンってチビの城内魔物管理士(キャモンマネジャー)にお熱だもんね」


「あの、そんな……」


 顔が熱くなる。

 それを見て、先輩魔術師は深いため息を吐いた。

 

「何度も言うけど……あたし達は貴族、あいつは平民なの。身分違いの恋はお互い不幸にしかならないし、周りだって巻き込む事になるのよ。でも、どうしても成就させたいと言うなら——」


 そして真剣な顔でラーリルを見た。

 気迫に押されてラーリルは背筋を伸ばす。


「全てを捨てる覚悟の上で、高等魔術師(ハイメイジ)を辞めなさい」


 辞める、か——


 考えた事がないと言えば、嘘になる。


「まあ、平民出身のわたし達がこの地位を捨てるなんて、ドレスでドブ川に飛び込むような愚行よ。バカでアホでマヌケとしか言いようがないわ」


 あらやだ、貴族がこんなキタナイ言葉使っちゃダメよね——そう言って先輩魔術師は部屋を出て行った。


 肩の力が抜けたラーリルは椅子の背もたれに寄りかかる。


 疲れた……。


 時計を見ると、あと5分で交代の時間だ。全然休めた気がしない。


 疲れた頭の中では、チロの安らかなモフモフと、玉の輿を夢見る先輩の乙女な顔がグルグルと回ってる。


 貴族として扱われる事に価値を見出せない自分は、やっぱりこの仕事に向いていないのかもしれない。辛くて自由のない生活と、それによって得られる対価が、全く釣り合っていないように感じる。

 

 辞め時かもしれない。


 うん、辞めよう。

 

 フラフラと立ち上がり魔法陣のある地下へと向かう。これで最後にしよう——そう思えば、足取りもほんの少しだけ軽くなったような気がした。



   *   *   *



 お城の中にある自室で荷物をまとめた。

 2年暮らした部屋なのに、持ち出す荷物は来た時と大差ない。ただ疲れて眠るだけの場所だったけれど、あまりの味気なさに、乾いた風が心を吹き抜けていく。


 机の上には、『辞表』と書かれた封筒が置かれている。口頭で辞意を伝えれば、どうせ言い負かされて有耶無耶になってしまうだろうから……。

 卑怯な手だとはわかってるけど、自分のような巧みに言葉を操れない人間にとっては、最大限の勇気と誠意だ。

 

 仕事を辞めたら、一度田舎に戻ろう。お父さんやお母さんには呆れられるかもしれないけど、娘の決心を頭から否定する人達ではない。呆れながらも、受け入れてくれるはずだ。

 落ち着いたら城下町に家を借りて、何か仕事を始めようか。魔力を活かしたものが向いてるんだろうけど、コミュニケーション力のいる仕事は無理かも……でもまあ、きっとなんとかなる。

 

 そして生活の地盤を気付いたら、再びチロ——トリンさんに会いに行くんだ。高等魔術師(ハイメイジ)ではない、ただの女の子として……。


 確信なんて何もない。

 でも、未来は暗くないような気がした。

 

 大きな木製の衣装棚を開けた。そこに掛けられた高等魔術師(ハイメイジ)の白い祭服に手をあてて、少しの間その滑らかな手触りを感じていた。

 

 期待と誇りを胸に、初めてこの服に袖を通した日の気持ち——たった2年前の事なのに、今ではもう忘れてしまった。


 その時——


 ラーリルは衣装棚の底に、小さな小さな生き物達を見つけた。


 白い毛に覆われた丸い身体と、その背中に生えた薄く透明な羽根。指先に乗るほどの生き物達は、複数が身を寄せ合って、ラーリルを見上げていた。


 キャモンだ……。


 毛玉のような見た目、ガラス細工のような羽根。その可愛らしさに誘われて指先を近づけると、それらは更に身を寄せた。


 怯えている……?


 去り際になって、小さな同居人の存在に気付くなんて。


 さてどうしよう。

 生態がわからない以上、見なかった事にも出来ない。かわいい姿に反して厄介なやつかもしれないし——


 そんなラーリルの脳裏に、トリンのモフモフ頭が浮かんだ。

 

【トリンの仕事道具その4】

『ライト』

・筒の先端に照明石を設置した道具

・暗いところを照らす時に使用する。

・照明石は紫外線に当てると発光し始め、約1ヶ月間光り続ける。(光のオンオフは蓋の着脱で切り替える)

・照明石が切れたら新しいのと交換する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
キャモンがつなぐあえかな恋? いや……もっとマズイ展開も。。。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。