第11話:魔術師の恋②
実家の玄関には、いつも鮮やかな切り花が飾られていた。
それは、大地を照らす太陽や、夜空に散らばる星達のように、当たり前のように存在するものだった。
でも、お母さんが病気でしばらく寝込んだ時、玄関の花は枯れていた。
まるで劇の帳が下りたように、玄関はしんと静まり返っていた。私は色の消えたその場所に悲しみを覚え、同時にこの家の当たり前を守り続けてくれたお母さんの偉大さを感じた。
高等魔術師としてお城行きが決まった時、私はこう決意した。
『私も、玄関に花を飾るような仕事をしたい』
あの時の決意——
一体いつ、忘れてしまったのだろう。
* * *
「ミディー姫は、ご結婚しないのでしょうか……」
高等魔術師専用の休憩室で頬杖を付き、ラーリルは呟いた。
魔力を搾り取られ、頭はフラフラ、お腹はグーグー言っている。でも1時間の休憩が終われば、再びあの魔法陣の中央に立たなければならない。
部屋の隅に置かれたお菓子の前では、オフの時間を持て余した先輩魔術師が、のんびりと紅茶を楽しんでいた。ラーリルは頭をペコペコ下げながら、焼き菓子を一つ摘んで齧る。
「なんでそんな事、気になるのよ?」
先輩は尋ねた。
聞こえてしまっていたか——ラーリルはちょっとバツが悪くなり「なんとなく、です……」と誤魔化した。
ラーリルの頭の中には、先日の美しいミディー姫と、その隣に立つチロ——トリンの姿がチラついている。
まさか、第一王女のミディー姫が、平民であるチロと恋仲になるなんてあり得ない。でも、無邪気に頬を膨らませてる姫の顔を思い出すと、万に一つ、億に一つの可能性を考えてしまう。
あんな素敵なお姫様に言い寄られたら、どんな男の人だってイチコロだよね。
そんなのヤだな。
チロは、私のなのに——
「たしかに、後継問題は気になるわよね。現ベンズロン王が退いて国の頭が替われば、私たち高等魔術師の扱いも変わってくるだろうし」
「そ、ですね……」
桶の中のブドウみたいに魔力を搾り取られ、口の中はパサパサに乾いている。口内に張り付いた焼き菓子の屑を、紅茶で流し落とした。
「一番可能性が高いんじゃないかってお方は、やっぱりイース・レッド大公子ね。聡明で統率力があって、身分も申し分ない。ミディー姫だって、そろそろ婚姻の話が出てきてもおかしくない年齢なんだけど……まあ、姫はあんなだから——」
この城でのお勤めが長い先輩は、姫の悪評も色々と聞いているらしい。
自分にとっては、花束のように美しく可憐な最大級の恋敵にしか見えないのだが——悶々とした気持ちで、ラーリルは温かな紅茶をもう一口飲んだ。
「それでね、私はアーク・レッド様とお近づきになりたいの。実家のパイプが太い上に、全ての女子が憧れる憧れ城衛騎士ですもの、将来も安泰でしょ。顔もカッコいいし」先輩の顔が恋する乙女に変わっている。「私達もせっかく高等魔術師になれたんだから、しっかり玉の輿を狙ってかないと」
そうなのだろうか?
お金とか、地位とか、そんなものどうでもよくないだろううか?
平民の中流階級同士で結婚し、私を産み育ててくれた両親は、裕福ではないがいつだって笑顔だった。本当に大事なのは、そういう安らぎの時間なんじゃないだろうか。
ベッドでチロの毛を撫でている時のような、あの安らぎの時間——
「まあ、あなたにはわからないか——」ポカンとしたラーリルの顔で察したのか、先輩魔術師は呆れ顔で付け加える。「あなたは、あのトリンってチビの城内魔物管理士にお熱だもんね」
「あの、そんな……」
顔が熱くなる。
それを見て、先輩魔術師は深いため息を吐いた。
「何度も言うけど……あたし達は貴族、あいつは平民なの。身分違いの恋はお互い不幸にしかならないし、周りだって巻き込む事になるのよ。でも、どうしても成就させたいと言うなら——」
そして真剣な顔でラーリルを見た。
気迫に押されてラーリルは背筋を伸ばす。
「全てを捨てる覚悟の上で、高等魔術師を辞めなさい」
辞める、か——
考えた事がないと言えば、嘘になる。
「まあ、平民出身のわたし達がこの地位を捨てるなんて、ドレスでドブ川に飛び込むような愚行よ。バカでアホでマヌケとしか言いようがないわ」
あらやだ、貴族がこんなキタナイ言葉使っちゃダメよね——そう言って先輩魔術師は部屋を出て行った。
肩の力が抜けたラーリルは椅子の背もたれに寄りかかる。
疲れた……。
時計を見ると、あと5分で交代の時間だ。全然休めた気がしない。
疲れた頭の中では、チロの安らかなモフモフと、玉の輿を夢見る先輩の乙女な顔がグルグルと回ってる。
貴族として扱われる事に価値を見出せない自分は、やっぱりこの仕事に向いていないのかもしれない。辛くて自由のない生活と、それによって得られる対価が、全く釣り合っていないように感じる。
辞め時かもしれない。
うん、辞めよう。
フラフラと立ち上がり魔法陣のある地下へと向かう。これで最後にしよう——そう思えば、足取りもほんの少しだけ軽くなったような気がした。
* * *
お城の中にある自室で荷物をまとめた。
2年暮らした部屋なのに、持ち出す荷物は来た時と大差ない。ただ疲れて眠るだけの場所だったけれど、あまりの味気なさに、乾いた風が心を吹き抜けていく。
机の上には、『辞表』と書かれた封筒が置かれている。口頭で辞意を伝えれば、どうせ言い負かされて有耶無耶になってしまうだろうから……。
卑怯な手だとはわかってるけど、自分のような巧みに言葉を操れない人間にとっては、最大限の勇気と誠意だ。
仕事を辞めたら、一度田舎に戻ろう。お父さんやお母さんには呆れられるかもしれないけど、娘の決心を頭から否定する人達ではない。呆れながらも、受け入れてくれるはずだ。
落ち着いたら城下町に家を借りて、何か仕事を始めようか。魔力を活かしたものが向いてるんだろうけど、コミュニケーション力のいる仕事は無理かも……でもまあ、きっとなんとかなる。
そして生活の地盤を気付いたら、再びチロ——トリンさんに会いに行くんだ。高等魔術師ではない、ただの女の子として……。
確信なんて何もない。
でも、未来は暗くないような気がした。
大きな木製の衣装棚を開けた。そこに掛けられた高等魔術師の白い祭服に手をあてて、少しの間その滑らかな手触りを感じていた。
期待と誇りを胸に、初めてこの服に袖を通した日の気持ち——たった2年前の事なのに、今ではもう忘れてしまった。
その時——
ラーリルは衣装棚の底に、小さな小さな生き物達を見つけた。
白い毛に覆われた丸い身体と、その背中に生えた薄く透明な羽根。指先に乗るほどの生き物達は、複数が身を寄せ合って、ラーリルを見上げていた。
キャモンだ……。
毛玉のような見た目、ガラス細工のような羽根。その可愛らしさに誘われて指先を近づけると、それらは更に身を寄せた。
怯えている……?
去り際になって、小さな同居人の存在に気付くなんて。
さてどうしよう。
生態がわからない以上、見なかった事にも出来ない。かわいい姿に反して厄介なやつかもしれないし——
そんなラーリルの脳裏に、トリンのモフモフ頭が浮かんだ。
【トリンの仕事道具その4】
『ライト』
・筒の先端に照明石を設置した道具
・暗いところを照らす時に使用する。
・照明石は紫外線に当てると発光し始め、約1ヶ月間光り続ける。(光のオンオフは蓋の着脱で切り替える)
・照明石が切れたら新しいのと交換する。




