第五話 崩れゆく防壁
クロノス・ウォールに走った亀裂は、夜の東京に絶望を広げていた。
崩壊した壁の一部から、無数のノクスが雪崩れ込んでくる。防衛隊の銃声が響き渡り、炎と黒煙が街を覆っていた。
神城レンは地下通路から地上へ飛び出した瞬間、その光景に言葉を失う。
「……なんだよ、これ」
地獄だった。
崩れたビル。
燃え上がる道路。
逃げ惑う人々。
そして、その背後から襲いかかるノクスたち。
『第一防衛ライン崩壊!!』
『ノクス群、市街地へ侵入!!』
『避難誘導を――ぎゃああああッ!!』
通信機の向こうで悲鳴が響き、ノイズへ変わる。
レンは奥歯を噛み締めた。
「ふざけんな……!」
ユアが静かに前を見る。
「……来る」
暗闇の奥で、赤い瞳がいくつも光っていた。
ノクスの群れ。
その数は数十では足りない。
まるで黒い津波だった。
レンは拳銃を構える。
「ユア、少女を連れて下がれ!」
「でも――」
「早く!!」
ユアは小さく頷き、助け出した少女を抱き抱える。
その瞬間。
ノクスたちが一斉に襲いかかってきた。
「ッ――!」
レンは引き金を引く。
轟音。
特殊弾が一体の頭部を吹き飛ばす。
だが止まらない。
次々と怪物が迫る。
レンは後退しながら撃ち続けた。
爆炎。
黒い血。
咆哮。
しかし圧倒的に数が多い。
「くそっ……!」
一体のノクスがレンへ飛びかかる。
避けきれない。
そう思った瞬間だった。
銀色の影が横を駆け抜けた。
ノクスの身体が真っ二つになる。
レンは目を見開いた。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
長い黒髪。
白い戦闘服。
そして、青く光る刀。
少女は静かに血を払い、冷たい視線をレンへ向ける。
「あなた、死にたいの?」
「……誰だ」
「防衛局直属特殊部隊」
少女は淡々と答える。
「東雲アオイ」
レンは眉をひそめた。
ヴァルキリア。
東京最強の対ノクス部隊。
普通のリベリオンではまず関わることのない存在だ。
アオイは周囲のノクスを見渡し、小さく息を吐く。
「数が多いわね」
次の瞬間。
地面を蹴った。
轟ッ――!!
爆発的な速度。
青い斬撃が夜の街を切り裂く。
一体。
二体。
三体。
ノクスたちが次々と崩れ落ちていく。
速すぎる。
レンですら目で追うのがやっとだった。
「……化け物かよ」
アオイは軽く刀を振るう。
「あなたに言われたくない」
その視線がユアへ向いた。
怪物化した右腕。
赤い瞳。
首筋へ広がる黒い紋様。
「……イレギュラー」
冷たい声。
ユアは無言で睨み返す。
一瞬、空気が張り詰めた。
だが。
その時だった。
空気を裂くような轟音が響く。
レンたちは同時に顔を上げた。
超大型ノクス。
その無数の眼球が、再び赤く発光していた。
「まずい――!!」
次の瞬間。
赤い閃光が放たれた。
轟音。
熱風。
爆炎。
巨大なエネルギーが街を薙ぎ払い、高層ビルが次々と崩壊していく。
レンたちは咄嗟に瓦礫の影へ飛び込んだ。
激しい衝撃が地面を揺らす。
そして炎の向こう側。
巨大な怪物の肩の上で、黒崎レインが狂ったように笑っていた。
「素晴らしい!!」
両手を広げ、歓喜するように叫ぶ。
「これこそ人類滅亡の始まりだ!!」
レンは歯を食いしばった。
「あのイカれ野郎……!」
その瞬間。
黒崎の赤い瞳が、真っ直ぐユアを捉える。
不気味な笑みが深くなる。
「見つけたよ」
レンの背筋に悪寒が走った。
黒崎はゆっくりとユアへ指を向ける。
「――君が“鍵”だ」
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