第三話 「燃える境界線」
爆炎が夜の東京を赤く染めていた。崩壊した新宿区画の至る所から黒煙が立ち上り、熱風が瓦礫を巻き上げている。
神城レンは地面へ叩きつけられた衝撃に顔を歪めながら、苦しそうに息を吐いた。
「がっ……!」
耳鳴りが酷い。視界も揺れている。
超大型ノクスの閃光攻撃。あの一撃は街そのものを吹き飛ばしていた。
レンは崩れたコンクリートへ手をつき、ふらつきながら立ち上がる。
「……ユア!」
返事はない。
嫌な汗が背中を流れた。
レンは瓦礫を押しのけながら周囲を見回す。炎上する建物。砕けた道路。黒い血を撒き散らしたノクスの死骸。まるで地獄だった。
「レン」
静かな声が聞こえた。
振り返ると、そこには白鐘ユアが立っていた。銀色の髪は煤で汚れ、服も焼け焦げている。それでも大きな怪我はなさそうだった。
レンは小さく息を吐く。
「……無事か」
「レンも」
「ああ、なんとかな」
ユアは周囲へ視線を向けた。
「ノクス、増えてる」
その言葉通りだった。
炎の向こう側。崩壊したビルの隙間。暗闇の奥。そこかしこに赤い瞳が浮かび上がっている。
ノクスたちは炎を恐れることなく、ゆっくりと街を徘徊していた。
通信機が激しく鳴る。
『レン!! 聞こえる!?』
「こちらレン」
『東京防衛局は非常事態宣言を発令! クロノス・ウォール第一ゲートを閉鎖する!』
レンの表情が険しくなる。
「……ゲート閉鎖?」
『ノクスの侵入を防ぐためよ! 崩壊区域に残ってる民間人は切り捨てるしか――』
「ふざけんな!」
レンは思わず怒鳴っていた。
通信の向こうで一瞬沈黙が落ちる。
『……レン』
「まだ生存者がいるかもしれないだろ」
『でも、このままじゃ東京全体が危険なの!』
レンは歯を食いしばる。
わかっていた。これが今の人類の現実だ。
守るために切り捨てる。
生き残るために見捨てる。
それが正しい判断なのかもしれない。
だが。
「……俺は行く」
レンは低く言った。
『待って!』
「見捨てられるかよ」
通信を切る。
ユアが静かにレンを見上げていた。
「助けるの?」
「ああ」
「危険」
「知ってる」
レンは拳銃を握り直した。
その時だった。
「……たすけて」
小さな声。
レンとユアは同時に顔を上げる。
声は崩れた地下通路の奥から聞こえていた。
二人は急いで駆け寄る。
瓦礫の隙間。その奥に、一人の少女が倒れていた。
十歳くらいだろうか。足を瓦礫に挟まれ、涙を流している。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。今助ける」
レンは瓦礫へ手をかけた。
その瞬間だった。
低い唸り声が闇の奥から響く。
レンの動きが止まる。
暗闇の中で、赤い瞳がゆっくり開いた。
ノクス。
しかも一体ではない。
次々と怪物たちが姿を現していく。
ユアが静かに前へ出た。
「レン、下がって」
「一人でやれるか?」
「やる」
ユアの赤い瞳が強く光る。
黒い紋様が首筋から全身へ広がり、右腕が怪物化していく。鋭い爪が闇の中で鈍く光った。
ノクスたちは唸り声を上げながら、ゆっくり距離を詰めてくる。
燃え続ける東京。
迫り来る怪物の群れ。
そして遠くでは、超大型ノクスがクロノス・ウォールへ向かってゆっくり進み始めていた。
まるで、この街そのものを破壊するために。




