第二話「赤い警報」
警報音が夜の東京を切り裂いていた。赤色灯が崩壊したビル群を照らし、黒い雨の中で不気味に明滅している。神城レンは拳銃を構えたまま、目の前の巨大な怪物を睨んでいた。
超大型ノクス――Phase4。都市災害級。
黒い肉塊のような巨体がゆっくり蠢くたび、地面が低く震える。全身に浮かぶ無数の赤い眼球。その全てがレンたちを見下ろしていた。
「……こんなの、聞いてねぇぞ」
レンは低く吐き捨てる。
隣では白鐘ユアが静かに怪物を見上げていた。銀色の髪が雨に濡れ、赤い瞳だけが暗闇の中で淡く光っている。
「レン。あれ、普通のノクスじゃない」
「見ればわかる」
問題は、怪物だけではなかった。
巨大なノクスの肩の上。そこに一人の男が立っている。
黒いロングコート。細く吊り上がった赤い瞳。そして口元に張りついた笑み。
男はまるで舞台の上に立つ役者のように、ゆっくり両手を広げた。
「素晴らしい夜だと思わないか?」
静かな声だった。だが、その声は不思議なほど街全体へ響いた。
レンは鋭く睨み返す。
「誰だ、お前」
男は軽く頭を下げる。
「失礼した。私は黒崎レイン」
雨の中でも、その笑みは崩れない。
「革命家だよ」
次の瞬間、超大型ノクスが咆哮した。
轟音が空気を震わせ、周囲のビルの窓ガラスが一斉に砕け散る。
「ッ――!」
レンは反射的に腕で顔を庇った。
その直後、巨大な触手が地面を砕きながら襲いかかってくる。
「レン!」
ユアの声。
レンは横へ飛び退いた。直後、さっきまで立っていた場所が爆発したように吹き飛ぶ。アスファルトがめくれ上がり、瓦礫が宙を舞った。
「くそっ……!」
レンは着地と同時に拳銃を構える。特殊弾を装填し、迷わず引き金を引いた。
轟音。
炎を纏った弾丸が触手へ直撃する。爆炎と共に黒い肉片が飛び散った。
しかし。
裂けたはずの触手が、瞬時に再生していく。
「再生速度が異常だろ……!」
通信機からオペレーターの焦った声が響いた。
『レン!! 崩壊区域全域でノクス反応増加!!』
「何?」
『数が多すぎる! まるで何かに呼び寄せられて――』
突然、通信がノイズに掻き消された。
その瞬間だった。
暗闇の中で、無数の赤い瞳が開く。
レンは息を呑んだ。
崩壊した街の至る所から、ノクスたちが現れていた。ビルの隙間。地下鉄の入口。倒壊した車両の影。次々と怪物が姿を現す。
「……最悪だな」
レンは苦く笑う。
ユアが静かに一歩前へ出た。
「レン、下がって」
「無茶するな」
「大丈夫」
その言葉と同時に、ユアの赤い瞳が強く光る。首筋に黒い紋様が浮かび上がり、右腕がゆっくり怪物化していく。
鋭い爪。
黒く変色した皮膚。
人間とは思えない力。
《イレギュラー》。
ノクス因子を宿した少女たち。
怪物でありながら、人類を守るために戦う存在。
空気が変わった。
ユアから放たれる圧倒的な威圧感に、ノクスたちが本能的に後ずさる。
だが。
黒崎レインだけは、愉快そうに笑っていた。
「やはり美しい」
狂気を孕んだ声が雨の中へ溶ける。
「人間でありながら、人間を超えた存在。《イレギュラー》……実に興味深い」
ユアの表情がわずかに歪む。
「……気持ち悪い」
「ははっ。嫌われたな」
黒崎は楽しそうに肩を竦めた。
その瞬間。
超大型ノクスの全身の眼球が、一斉に赤く発光する。
レンの背筋に悪寒が走った。
「ユア!!」
直後、無数の赤い閃光が夜の街を貫いた。
爆炎。
衝撃。
ビルが吹き飛び、アスファルトが溶ける。
熱風がレンたちを飲み込み、視界が炎に染まった。
そして黒煙の向こうから、黒崎レインの笑い声だけが静かに響いていた。
「さあ始めよう――反逆の時間だ」




