9.ジェラートはもういいです
ついにエドワード王子が新国王になりました。
選別の娘による新国王の誕生。
150年ぶりにこの国に新しい風が吹く時だ。
そのまま黙っていてもエドワード王子は国王になっただろう。
が、選別の娘に選ばれたということは、この国では特別な意味を持っていた。
エドワード王子は沙希に深々と頭を下げた。
「頑張ります。これからより良い国になっていくよう」
(こんなことは、手順書にはなかったわよ)
「そんな。あの、頭を上げてください。あなたはきっと良い王様になると思ったから」
*
新しい国王が指名された瞬間空はいきなり雷のように光りだした。
これから雨が降るのかと人々は屋内へと避難する。
神殿の周りで喜んでいた人たちは、「雨が降って濡れても構わないや」とばかりに踊っている。
しかし、雨は降らなかった。だんだんと雲がどこかへ行き、辺りは少しずつ明るくなってきた。そしてついに青空が見えてきた。
「青空だ」
「見たかお前」
「天の娘の伝説は本当だったんだ」
人々はだんだん明るくなっていく空を見上げる。
「こんな日が来るなんて」
カイルがかみしめる様に言った。
*
それからのエドワード王子は大忙しだった。
新しい国王として、部屋の移動もあれば、引継ぐことも多く、その上新しいルールも作った。
寝る間も惜しんでの新国王就任だったが、エドワード国王は沙希とカイルとの会話の時間は必ず取った。中身は今日どんなことがあったかとか、どう決めたかとか、そんな他愛もない内容ではあったが、エドワードは沙希とカイルには何事も包み隠さず話していた。
「なあカイル」
「何だ、王様」
カイルは二人だけの時は、敬語を使わない。
「人事のことで相談があるんだが」
「いいぞ。相談に乗るぞ」
エドワード新国王が、迷ったときカイルに相談するのはいつものことだった。
カイルも、いつもの相談だと思って気軽に返事をした。
「新体制ではお前のことを王の親衛隊長にしようかと思うんだが」
「へ? お前って誰のことだ?」
「お前はお前だよ、カイル」
カイルは絶句する。
「ちょっと待て。王様、真面目に言ってんのか? 俺は一介の護衛騎士だぞ?」
エドワード国王は真剣な顔で話す。
「王の親衛隊といえば、常に私のそばで私を守るのが仕事だろう?」
「まあ、そうだな」
「どうせ守ってもらうなら一番信頼している男に背中を預けたいんだ」
「......」
「そして私の一番近くで、時々こっそり相談にも乗ってほしい」
「......順番を待っている貴族さんたちがいっぱいいるんじゃないのか?」
「今までの体制だったらその人たちをすっ飛ばすのは難しかったかもしれない。でも、天の娘の儀式直後の今なら、チャンスなんだ」
「......全く、この新国王陛下は.......もう決めてるんだろう?」
「もう決めている」
「ほんとに俺なんかでいいのか?」
「お前がいいんだ」
急に真顔になったカイルは、エドワード国王に、敬礼をした。
「そこまで言われちゃ断れないな。俺も頑張る」
カイルは独り言を言った。この王様のために頑張ろうと思った。
*
選別の娘の沙希が新国王を選び、守護の娘のシンシアは新しい結界を張った。再生の娘のゲルダの人々の治療ももう少しのところまで来ていて、その使命は終わりに近づいていた。あとは最後に帰還の娘グレースが皆を元の世界に帰すだけだ。
後は大きな問題が残っていた。天の娘たちがこの世界に残るのか、元の世界に帰るのか問題だ。
帰り方について今日はグレースから話があった。
あらかじめ決めた日にグレースが祈りを捧げると各自が出現したドアが再び開くという事だった。
シンシアは言った。
「私は帰りたいわ。結界も張ったことだし、やっぱりチャイが飲みたいもの」
「そうよね。エドワード新国王に決まってからのアルベルト王弟の私に対する態度知ってる? 体調がすぐれないからって、帰る方法も自分で調べたのよ?」
グレースはかなり根に持っているようだった。
「ま、そんなこんなで私は帰るけど、この世界に残るもよし、帰るもよし。一週間後の同じ時間にまたここに集まってもらうからその時までに決めてね」
グレースはあっけらかんと言った。
その夜、沙希はいつものように話しに来たエドワード新国王に言った。
「そろそろ、帰還の儀式を行うようです。一週間以内に帰るか帰らないか決める様に言われました」
「......そうですか。ついに来てしまいましたか」
エドワードは一度天井を見上げると、続けた。
「あなたは帰りたいのですか?」
「私の仕事は、新国王を決めれば終わりです。これ以上ここにいてもやることはありません」
「......そうですよね、選別の娘が元の世界に帰るのは珍しいことではないようですから」
「ただ......」
「ただ、なんですか?」
「戻れるのは、あの螺旋階段を降りる前の時間ですよね?」
「そのはずです」
沙希がどんどん真顔になっていく。
「そんな。無理です」
「無理とは?」
沙希は半泣きになっていた。
「私、あの時、怖そうな人に訳も分からず追いかけられていたんです! せめて、空港とかに戻す時間を変えられないんでしょうか!? もうジェラートなんて食べられなくてもいいです!」
なかなか本音を言わないエドワード王子と自分の価値をちっとも理解していない沙希の我慢比べです。




