8.あなたの選択が正しい答え
独り言を聞かれてしまった沙希。
沙希は驚いて振り向いた。
そこには何か決心をしたようないつになく真剣な表情をしたエドワード王子が気まずそうに立っていた。
「あ、ごめんなさい。何度かノックしたんだけど返事がなかったので」
「悩みすぎて考え事をしてたから、気づきませんでした」
これは本当だ。沙希は悩みに悩んでいた。自分の決定が国の命運を左右する。
自分がそれだけの価値のある人間だとはどうしても思えなかった。
「悩んでたのですね。当然ですよね。ちょっと座ってもいいかな」
エドワード王子は一言断って向かいのソファに座るともういつものようにニコニコ笑いながら話を続けた。
「この国の未来が掛かっていると思うと、気が重いでしょう。自分の知ってる範囲で安易に選んでいいのかと悩む気持ちもわかるのです」
「その通りです。私はこの国のことを知らなすぎます」
「ここに来てから、時間が短すぎて、あまり多くの人と話せなかった」
「そうなんです」
エドワード王子は決心したように切り出す。
「本音を言えば僕を選んでほしい気持ちはあります。でも」
「でも?」
「今あなたはそうやって悩んでいる。国のためにそうやって心を痛めてくれている。国の将来を真剣に考えてくれている」
「そりゃあ、悩みます」
「そうやって悩んでくれてることがもう尊いんですよ。真剣に向き合ってくれてるっていうことですから。僕はそれだけで満足です」
「ですから他の人を選ぶのが考え抜いた貴女の意思ならば僕はそれを受け容れます。あなたの選択が正しい答えなのですよ」
「私の選択が正しい答え......」
「そうです。それに、あなたが誰を選んでも、次の国王が決まればこの淀んだ曇り空は晴れる。この国にとってこんなにありがたいことはありません。それこそが待ち望んだことなのです」
そう言うとエドワードは立ち上がった。
「だから、自信を持って次の国王を選んでください。そしてこの国に青空を見せてください。無理して僕を選ぶ必要なんかないんですよ。大丈夫、あなたならできます」
そう言うと
「言いたかったことは言えた」
と小さく言って、エドワード王子は出て行った。
ひとり残された沙希は考える。
(誰を選ぶかって......こんなに国のことを考えているエドワード王子以外の誰を選べるというのだろう?)
沙希の心は決まった。もう迷わなかった。
*
ついに選別の娘が次の国王を選ぶ儀式の日が来た。
王宮内の神殿でその儀式は行われる。その日は選別の儀式に先だって、守護の娘シンシアによって新しい結界が張られることになっている。
その様子を身支度を整えた沙希は神殿の控室の窓から見ていた。迫りくる「その時」に緊張しながら。
美しい結界が空に広がっていく。やがてそれは見えなくなって行った。
国民たちもみな外に出てきて空を見上げている。
「天の娘が国を守ってくださる」
人々の安心したような笑顔があった。
シンシアは、ニコラス宰相の手厚いサポートの元に手順を勉強し、新しい結界を張ることに成功して晴れ晴れとした笑顔で控室に戻ってきた。
「はあ、良かった。私にそんな力があるなんて、元の世界じゃ考えられなかったわ」
「お疲れさまでした。ご立派でしたよ」
肩の荷を下ろしたシンシアはニコラス宰相に褒められていた。今ではすっかり父娘のようだった。
「疲れた~。チャイが飲みたいわ。ここにはミルクはあるけど、スパイスがないものね。しかたないから、ただのミルクティーを飲んでるけど。お砂糖はたっぷりでお願いします。ニコラス宰相にもチャイを飲ませてあげたいわ」
ニコラス宰相は慣れたもので、甘いミルクティーをふたつササっと入れた。
「おっしゃるようなスパイスがなくてすいません。今じゃすっかりミルクティー派ですよ。これまで飲んだこともなかったのに」
と笑いながら。
「さて。次はいよいよ沙希の出番ね。新しい国王が決まるのね。頑張って」
「うん。頑張る」
沙希は大きく息を吐くと立ち上がった。
エドワード王子のエスコートで控室から出る。
神殿の大祭殿には現国王をはじめ、国の重鎮たちが勢ぞろいしていた。
高い天井から光が差し込むその部屋は、選別の娘の登場を今か今かと待っていた。
大祭殿の入り口に立つと皆の注目が沙希に集まる。迎え人のエドワード王子が沙希の手を取り、一段上がった舞台の中央に連れて行く。
エドワード王子の手が「安心して」というように沙希の手を握り、にこりとする。
それだけのことで、沙希は落ち着きを取り戻した。
(教わった通りにやればいいのよね)
(大学入試の時だってこんなに緊張してなかったわよ)
観衆のなかにはフィリップ王子もアルベルト王弟もいる。選別の娘だとわかった途端、やたらとなれなれしくなったり、いろいろと贈り物をしてきたりしてきた人々も並んでいた。
でも、沙希が選別の娘だとわかってからも態度を変えなかった人がいた。僕を選んでくれなくてもいいから真剣に考えてくれと言った人がいた。
沙希はそこに集まった人を見渡すと口を開いた。
(喉がカラカラだわ。噛んだらどうしよう)
「新しい国王は」
ごくりと誰かが唾を飲み込む音が響いた。
「エドワード王子」
静まり返った大祭殿の空気が一気に緩む。
誰かが外で神殿を囲む人々にそれを伝えに走り出していった。
「新国王はエドワード王子!!」
「おめでとう!」
人々が口々に叫び喜ぶ中ひときわ喜んだのがカイルだった。
「待っていたよ、この時を。今までの苦労も知ってるし、誰よりもこの国の行く末を憂いていたのも知ってる。新国王ばんざい!選別の娘ありがとう!」
エドワード王子かっこよすぎです。
でも、それだけ、国に対しても沙希に対しても真剣です。




