4.祈りの儀式
先に石をはめれば、本物になるって本当でしょうか?
グース山の祭壇まで神託に向かう一週間は、国は準備で大忙しだった。
「おい、早くしろ。国王が変わるかもしれないんだぞ。どなたがなっても対応できるようにしておくのが侍従の役目だ」
侍従長は、部下たちにハッパをかける。
しかし、その侍従長とて、いつまでその地位でいられるかわからない。国王が変わるまでにやっておかなければならないことはたくさんあった。
彼女たちが「天の娘候補」として控室にそろってから四日が過ぎた。出発は七日目の朝で、グース山のふもとまでは馬車で半日ほどの距離だ。
迎え人たちは、ほとんどが自分の連れてきた娘が選別の娘であることを望んでいた。「選別の娘」は自分の迎え人を王にすることが多いからだ。
現国王もやきもきしていた。
「エドワードやフィリップ王子が王になれば王統は変わらないがアルベルトやロジャーがなれば王統そのものがあちらに移ってしまう。ニコラス宰相が王ともなれば、我々は王族ですらなくなるのだ......」
国にとっては、大きな変化である。
それだけに「偽物」は誰なのか、というのは重大問題だった。
「しかも、選別の娘が、必ずしも自分の迎え人を王にするとも限りません」
侍従長は現国王に言う。
現国王は頭を抱えた。
「しかし、この曇り空はなんとかせねばならん」
その頃。天の娘候補内でも、微妙な牽制が行われていた。
「シンシア、あなたの天の娘の赤い石はどんなの?」
とリアナがシンシアに尋ねる。
シンシアは「魔除けだから他人に見せるものではないでしょう」
と言って見せることはなかったが、周りの不満は増している。
ニコラス宰相は
「シンシアはそういう主義なんですよ。私も見せてもらっていませんから」
と笑っていたがリアナは不満そうだった。
「持ってないから見せられないんじゃないかしら」
「これが、前回の資料よ。私が読んだ資料はすべてここに置いておくから、見たい人は見てね」
とはいえ、グレースのように熟読して完璧に知識を得た人はいなかったので、彼女がリーダー的存在なのは変わらなかった。
「出発の朝に天の娘たちが赤い石を身に着けて、祈りをささげると石が光り出すという儀式があるらしいわよ」
グレースはみんなに言った。
(何か詳しすぎやしない? グレースの言うとおりに事が進んでいくわ)
皆の感想だった。
ゲルダの赤い石はイヤリングだった。
「昨日から片方が見当たらないんです。誰かどこかに落ちてたりするのを見かけませんでしたか?」
誰も見ていないという。
「イヤリングの石、一つだけでもちゃんと機能するのかしら?フィリップ王子は相変わらず厳しいし」
「儀式が成功しなかったときに二つ揃ってなかったからだという言い訳のために片方なくしたとか言ってるんじゃないの?」
「リアナ、何を調べているの?」
「グレース。当日の朝の儀式で「偽の赤い石」が混じっていた場合、本物の石だけが光るのか、すべてが光るのかどうかを調べているのよ。でも、やっぱり過去の文献からはわからないわね」
「全て光ったらどなたの石が偽物なのかわからないってことね」
「自分のブローチは常に人に見えるところにつけておくわ。誰もが見えるところにつけておけば、盗まれる心配もないでしょう」
エドワードは食事の時にしか来ないので、沙希はなるべく自室から出ないでいた。
「どうしても空港で間に合わせに買った安物の石が、天の娘の印ということも、自分にそんな大層な力があるということも信じられないのよねぇ」
部屋には誰もいなかったが、言葉に出してため息をついてみる。
(でもエドワード王子は本当に良い人だし彼が王になればこの国もうまく回るんじゃないかっていう気はするのよね。自分を無条件に信じてくれるエドワード王子の顔を見ると、どうしても心が痛んじゃって、無意識に避けちゃう)
そんな沙希も影ではこう言われていた。
「そんなに自信なさげで天の娘が務まるのかしら」
そんな沙希にエドワードはにこりと微笑み、沙希は引きつった笑みを返す。
迎え人同士の腹の探り合いもどんどん高まっていった。
昼食の後、お茶を飲みながらアルベルト王弟が息子のロジャーと話していた。
「偽物は悪意があるのか、それとも自分が偽物であることを知らないのか。どっちなんだ」
「どっちだろうなぁ。善意の偽物だった場合どうなっちまうんだ?前回の文献を見てもわからないよなぁ。悪意の偽物だった場合もだけど」
かと思えば、フィリップ王子は自信満々だった。
「私はゲルダを王妃にふさわしく育てあげますよ。彼女が選別の娘だったら、王妃にすると約束しています。彼女だって王妃になりたいにきまっていますから」
それを聞いたニコラス宰相がびっくりしたように言った。
「私はまだそれどころじゃありませんよ。まずはシンシアの心を解きほぐさないと。でも最近は少しずつ話してくれるようになってきたんですよ」
するとエドワード王子はにっこり笑って言った。
「シンシアと仲良くなれたんですね。おめでとうございます。僕にとっては、沙希は本当に救いの女神です。この国の曇り空を終わらせてくれるかもしれない。しかも、とても素直です。沙希が何の娘でも、私はサポートしたい、たとえ彼女が、帰還の娘で、元の世界に還ることが望みでも」
*
昼食を終えてエドワードが自室に戻ってきたとき、乳兄弟で護衛騎士のカイルが部屋を片付けていた。この部屋ももしかしたら出て行かなければならないので、猶予があるとはいっても、片づけておくに越したことはなかったのだ。
「カイル、もう来てたのか」
「つぎの当番は俺だからな。交代時間のちょっと前に来て片付けてたんだよ」
「助かる。あれ、なんで窓が開いてるんだ?」
エドワードが出掛けた時、私室の窓は開いてなかった筈だ。
「さっきゲルダが来たんだよ。赤い石のイヤリングの片方が落ちてなかったかって。探しに来たみたいだな。その時に掃除中ならなおさら換気したほうがいいって」
「そうだったのか。彼女は換気が好きだな」
カイルは相変わらずせっせと手を動かしている。
「あーあ、俺もせっかく二十人の迎え人に選ばれてたのになぁ。行ってすぐ出てきたのに、出てきたの羊だったぞ。くそう」
「あはは。そんなこともあるんだな。羊の言葉が分かればよかったのにな」
「メスだったのかチェックすればよかったかな」
娘の代わりに羊が出てきたのでがっかりして帰ってきたら、あれよあれよという間に五人になってしまったが。
その時に控室を明け渡したエドワードの引っ越しを手伝ってくれていたのが沙希とゲルダだった。ゲルダはフィリップ王子に厳しくされていて、カイルに愚痴を言っていた。
「フィリップ王子も、何考えてるのかなぁ。王妃らしい振る舞いなんて一朝一夕にできるもんじゃないのになあ。本物だとわかってからで十分じゃないのかな」
七日目の朝。
馬車の隊列も整い、最初の馬車に天の娘候補、次の馬車に迎え人という順にのることになり、数人の護衛が、騎馬で馬車を囲んだ。その中にはカイルもいた。
「出発に先立ち、赤い石の祈りの儀式を始める」
現国王が宣言する。
天の娘候補の五人が進み出て丸くなる。互いの顔を見合わせて、緊張している様子だ。
「我らに新しい王を」
「我らに新しい王を」
国王の号令で娘たちが祈りを始める。
娘たちはそれぞれ石を身に着けている。シンシアだけはかたくなに服の下につけているのか、見えなかったし、ゲルダのイヤリングも片方だけだった。
しばらく時間が経った。赤い石が光った娘が本物の筈だ。誰もが固唾を飲んで見守った。
誰の石も、光ることはなかった。
侍従長もいつ自分たちの首が飛ぶかドキドキです。
偽物が誰か、みなさんわかりましたか?
怪しい振る舞いをしているのは誰でしょう?
結局誰の石も光らなかったのは何故でしょう?




