3.誰が偽物なのか
現れた天の娘は何と五人でした。
ひとりは偽物かもしれません。
さて、これから腹の探り合いです。
「どういうことだ」
「そうだ、天の娘は四人の筈だ」
「誰かが嘘をついている?」
王宮はてんやわんやの大騒ぎになった。
150年前の記録を見ても、定員以上(?)の天の娘が現れた記録などなく、「想定外」の出来事に対する対処方法はなにも書いていない。
王宮の天の娘控室は8。どの娘が本物かわからない以上、誰かを追い返すわけにはいかなかった。エドワード王子が言う。
「私は王宮に自室がありますから、そちらに移ります。控室はゲルダさんに。ゲルダさんの迎え人のフィリップも自室で過ごせば何とか収まる」
フィリップは、この国の第二王子である。エドワードとは仲良さそうではなかったが、王宮に自室がある自分が引くしかなさそうだった。ゲルダとは物理的に距離ができてしまうが、仕方ない。
食事は控室を出たところにある部屋で十人まとめて摂ることになった。
沙希は思っていた。正直王子の作る料理の方が美味しい。というより、沙希の味の希望をきめ細かく聞いてくれたというほうが正しい。
(後で王子にそう言っておこう。王子の料理の方が美味しいって言ったら喜ぶかな?)
ふと見ると給仕のものとグレースが何やらもめている。どうやら作っている工程を見たいといっているようだった。食事も信用できないと思っているようだった。
反対側の隣を見れば、シンシアが出された肉料理には全く手を付けず、付け合わせの野菜を摘まむ程度なのが目に入る。
(二人とも毒を警戒してるのかな。なんか、「王子の料理のが美味しい」なんて脳天気に考えているのがちょっと恥ずかしいかも)
私室から通ってきたエドワード王子が、沙希にこっそり耳打ちする。
「どなたかが偽物となると、これから妨害工作が始まるかもしれません。でも貴方が本物だと僕は知っていますから、自信を持って」
「ちょ......だから何回も私はそんな力はないって言っているんですが」
反論してみたものの、王子にはにこりと微笑まれてしまう。
「大丈夫ですよ。あの階段を下りてきてドアをあけてくれたんですから」
(あーあ、だって、リアナさんやグレースさんの赤い石を見れば、明らかに豪華だってことぐらい王子にもわかるでしょうに。私のは安物のガラス玉なんだってば)
確かにリアナのブローチについている赤い石も複雑な色に輝いていて豪華だったし、グレースの指輪に付いた赤い石も燃えるような深みのある赤でキラキラと輝いていた。それに比べて、自分のペンダントにぶら下がっている石は、確かに透明度はあったものの、ただの真っ赤なガラス玉だった。
シンシアと最後に現れたゲルダの赤い石は身にまとっていないのか、今日は見えなかった。
最初にここに着いたのはグレースで、三日も前だった。迎え人のアルベルト王弟くらいしか話す人もなく、150年前の記録を片っ端から読みあさり、天の娘候補の中で一番詳しくなった。
「わからないことがあったら私に聞いてね。資料のどこに書いてあるかまで教えてあげるわ」
しかし彼女は用心深いのか、そのバッグやらなにやらを肌身離さず持っていた。周りの人間を信用していないのだろう。
次にここへやってきたのはリアナだった。リアナはとにかくゴージャスだった。「天の娘」という立場にふさわしい立ち居振る舞いで、他を圧倒していた。迎え人のロジャーはグレースの迎え人のアルベルト王弟の息子らしく、リアナはいつもグレースと一緒にいることが多かった。親子で天の娘の迎え人を務めるとはかなり強運だ。
「私の立ち居振る舞いなんて、ただいつもどおりのことをしているだけなんですよ。特別なことは何も」
シンシアは控えめであまりしゃべらなかったが、着いたばかりの沙希の部屋に甘いミルクティーを届けてくれた。その時に自分にも一杯注ぎ、毒見をしていた。ここでは、それが必要なんだと沙希は心に刻んだ。シンシアは迎え人のニコラス宰相とは年齢差があるせいもあって、あまり話が合わないようだった。
「あの、道中お疲れかと思って、温かいお茶をお持ちしました」
最後に現れたゲルダはフィリップ王子になにやら厳しく仕込まれているようで姿勢が、とか、歩き方が、とか言われてクタクタになっているようだったが、エドワード王子の部屋の引っ越しを手伝ってくれた。部屋を変わる前に、
「換気しましょう」と窓を開けてくれたが、外は相変わらず厚い雲に覆われており換気した気がしなかった。
「私のために、お手間を取らせてすみません。せめてお手伝いさせてください」
十人で食事を摂った後、ソファに移動して軽く説明を聞くことになった。
「シンシアあまり食べなかったわね」
リアナが何気なく言った。
「サラダとかは頂きました」
シンシアがさらりと答える。
(みんな毒が仕込まれてないか警戒しているのだろうか?わたしもっと気をつけた方がいいかしら)
沙希は自分の赤い石を何気なく触った。グレースやリアナの石がとても立派だったからだ。
(二人の石はなんだか凛として見えるわ。私のはみすぼらしいわ......)
資料を読み込んだグレースから説明を始める。
「皆さんご存知の通り私たちは『天の娘』候補としてここに集められました。でも何故か、五人います。一人は偽物ということになります。このような事態は前代未聞です。ですが、祭壇が判断してくれるまでこのままいくしかなくなりました。まずは自己紹介をしましょう」
簡単に自己紹介はしたものの参加者は一様に押し黙り、微妙な空気が流れた。
「単純に偽物と言っても、悪意のある偽物なのか。それとも悪意のない偽物で、本人も知らないだけなのか。そのどちらなのかもわかりません」
グレースの言葉を全員が理解するまで少し時間がかかった。お互いの顔を見回す。
沈黙を破ってリアナが発言する。
「偽物っていうけれど、どのタイミングでわかるのかしら? 祭壇までいかないとわからないのかしらね?それに偽物が混じっていたら、一体どうなるのかしら」
「リアナ、いきなり祭壇の話をしたところで、昨日ここにきた沙希や今日ここに来たゲルダには何のことだかわからないわよ」
リアナはしまったという顔をした。
「そうだったわね、祭壇の話はグレースの説明を待ちましょう」
リアナは「少し先走りすぎたわね」と言いながらグレースの話に耳を傾けた。
「あ、あの。その辺のだいたいの話はここまでの道中にエドワード王子から聞いているので、わかります。ゲルダさんは?」
「......大丈夫です。私も聞いてます。今までのところはわかります」
「では話すわね。偽物が混じっていたらどうなるかについては、それがいつ明らかになるのかも含めて記述がないのでわからないの」
再びリアナが口を開く。
「じゃぁ、グース山までわからないかもしれないのね」
「ええ。とりあえず先を説明するわね。えーと、グース山のふもとまでは馬車で行きます。そして、そこに魔導具のリフトがあるらしいの」
グレースの説明は続いていく。
「問題はよ。リフトには天の娘四人とその迎え人の八人しか乗れないらしいの」
「「「え......」」」
「何しろ定員をオーバーしたことがないから、どうなるかわからないのよ」
「偽物だったら乗れないってこともあるのかしら?」
リアナが心配そうにグレースに尋ねる、
「それね、乗った順なのか、そもそも偽物は乗れないのかもわからないわ」
重たい沈黙が流れる。儀式の手順はわかるけれど、どうやって天の娘を四人に絞るのかはわからないままだった。
「そのままグース山まで行ってみるしかないでしょうね。これ以上話しても無駄ね。今日はもう寝ましょう」
リアナの言葉にその場の全員が納得するしかなかった。
椅子から立ち上がったリアナがたまたま沙希のペンダントに目を止める。
「あら? 沙希の石は何ていう石? 素敵ね。輝きが他のと違うようだけど」
「え? え? 素敵なわけはないです。安物ですから」
「まあ御冗談はよして。天の娘ともあろう人の石が安物なわけはないでしょうに」
そんな会話をしているといつの間にかエドワード王子が会話に入ってきた。
「リアナさんのそのブローチ、とても豪華で素敵ですね。ご自分で買ったのですか?」
「あ、いえ。もらった物なんですよ」
「ちょっと失礼して良く見せてください」
「どうぞ」
エドワード王子はリアナのブローチを見ていたが、しばらくすると感心したように言った。
「これは。本当に立派ですね」
エドワード王子がリアナのブローチを褒めると、沙希が申し訳なさそうになる。
「......」
「沙希、値段じゃないですよ。自信を持ってください」
(自分が一番よくわかってる。そんな大層な娘になるような力もないし、石だって空港で間に合わせに買った安物だってことも。きっと偽物は私だ。何で信じてくれないのよう)
「いずれにしても、この今にも雨が降り出しそうな曇り空は気が滅入るわね」
グレースが別れ際にぼそっと言った。
それぞれの部屋に戻り部屋の明かりが消えたころ。
一つの部屋に、こっそり招き入れられた男の影。
「とにかく、先に赤い石を祭壇にはめれば、本物になれるらしい」
定員オーバーの天の娘なんて初めての出来事です。
いつ、本物がわかるのでしょうか?




