2.待っていたのは
「お待ちしていました」と言ったあの人は誰でしょうか?
「お待ちしていました」
男はいきなり跪いて沙希の手を取る。
「ひえっ」
沙希はびっくりして変な声を出してしまう。
「あの、あの。こんな経験ないもので」
「こんな経験?」
「男の人に跪かれたり、手を取られたりする経験です!」
「あ......」
明らかに取り乱した沙希を前に、目の前の男の人はちょっとバツの悪そうな顔をして言った。
「唐突でしたね。あなたが落ち着いて話せるようになるまで待ちますよ」
しばらくして、沙希は恐る恐る男の人に尋ねた。
「あ、あの。日本語喋れるんですか?」
男は首をかしげてしばらく考えていたが、何か閃いたようで微笑んだ。
「あなたと私は違う言語を話していますよ」
「秘密はあの螺旋階段を下るカンカンという音ですよ」
「音?」
「そうです。音です。あれが他の国の言葉が自国の言葉として聞こえてくるトリガーなのですよ」
そういえば、追手の言葉も日本語のように聞こえてきた気がする。確か「自分から死ぬのか」とか「もうこれじゃ助かるまい」とか言っていた。あの時も変だと思ったけれどあれはこの機能のせいだったのか。
(随分便利な機能だな。こんな機能があるのなら、これを使って大儲けできないかしら)
「古代魔法ですよ」と男が言った。
(魔法なら無理か。あっちには魔法はないもん)
沙希がそんな、逞しい(?)ことを考えて勝手にがっかりしていると、男は真面目に続けた。
「ドアの向こう側から階段を下りる音が聞こえた時は、信じられませんでしたよ」
男はうっとりしながら言った。
「現れてくれてありがとうございます。僕が全力でお守りします」
初めて会った男にそんなことを言われてドギマギしてしまう。
大体いきなり「お守りします」なんて言われたのも初めてだ。
「なんか、おとぎ話の王子様みたいだわ」
「申し遅れました。私、この国の第一王子のエドワードと申します。よろしくお願いします」
「え?......本物?」
沙希が小声で言うのも無理はなかった。
それから、混乱した沙希が落ち着くようにと王子に出された温かい甘い飲み物を口にして、ようやくひとごこちついたので疑問を口にする。
「何が何だかわからないんですが」
「順を追ってお話ししましょう。と言っても話すことが多すぎてどれから話したらいいのか」
「まずこちらに来ていただけますか」
彼は沙希をバルコニーに誘った。
空は鉛色の雲が低く垂れこめ、すべての物が色あせて見えた。
「なんか暗っ」
(暗いだけじゃないわ、なんか重苦しいのよ)
「この国は、三年も青い空を見ていません」
「は?」
「三年も晴れていないのです」
「三年って......三年!?」
(この重苦しい空を三年も!?)
「この国には伝説があります。『国が迷いし時、天の娘が現る』と」
「天の娘?」
「はい、国の危機を救うために四人の『天の娘』が現れるとされています。この国の予言者たちが二十か所に及ぶ『出現地』を占い出し、血筋身分にかかわらず『我こそは』と思う人々の中から一人ずつを選び出し迎えを派遣します」
「はぁ」
「しかし、その『出現地』には、必ず天の娘が現れるとは限らないのです」
要するに「ハズレ」も存在するらしい。
「ですから『螺旋階段を音を立てて降りてくる娘が出現する』というのは、ほとんど奇跡なのです」
王子はとても感動しているようだったが沙希にはさっぱりわからなかった。
(自分のことを天の娘とやらだと思い込んでいる王子様に、一言釘をさしておかないと)
「私は天の娘なんて特別な存在ではないですよ」
「天の娘は赤い石を身に着けているのです」
エドワード王子の目は沙希が首からぶら下げているペンダントに注がれていた。確かに沙希は、赤いペンダントをしていたが、それはしようと思っていたアクセサリーをつけ忘れて空港で買った安物のガラス玉だった。
「その......天の娘が現れたら、この曇り空はなんとかなるのですか?」
沙希はペンダントの赤い石を触りながら言った。
「話はそう単純ではありません。全国各地で四人の天の娘が現れ、それぞれが持つ赤い石を、グース山にある祭壇にはめ込むと奇跡が起こると言われています」
「言われています?」
「この前にその儀式が行われたのは150年以上も前の話で。見てきたものは誰もいないのです」
「150年!?」
「天の娘の四人にはそれぞれ役割があります。『選別の娘』『守護の娘』『再生の娘』そして『帰還の娘』です」
「それぞれの詳しい役割については王宮に向かいながらお話ししましょう。一度に話してもあなたを混乱させるだけですから」
王子はてきぱきと支度をして、持ってきた材料で沙希のお腹も満たしてくれた。沙希の味覚を訊いてこまごまと調整もしてくれた。王子が料理をするなんて、普通は考えられないけれど、王子の料理はとてもおいしかった。
「美味しそうに食べるんですね。僕料理が趣味なんですよ。ごく少数で出掛けることも多いし、そういうときは外で自炊するんです。自分で作った方が、自分好みの味にもできるし、毒見もいらなくて、温かいものが食べられますしね。何日かかるか、わかりませんでしたから。ある程度の料理ができるよう支度してきたんですよ」
(そりゃ、毎日冷めたものしか食べられないと嫌よね。フレンドリーだけどやっぱり王子様なのね。毒見なんて初めて聞いたわ)
「とても美味しゅうございました」
(敬語、こんな感じでいいかな? この王子様、なんか間違った思い込みをしてるみたいだけど、きっと良い人なんだわ)
そう思うと、おなかがいっぱいになったのもあって沙希はなんだかうれしくなった。
腹ごしらえの後は馬車に乗り、王宮に向かうという。ここからは三日ほどかかるらしい。
「王宮、ですか」
「王宮で四人そろってからそれぞれの迎え人を伴って祭壇に向かいます」
「ですから私はそんな大層な娘ではなくただの女子大生なんです」
「ジョシダイセイ? 私の知らないお仕事ですね。それはなんですか?」
「......とにかく一度王宮に行きましょう」
何度説明しても理解されなかったので、「王宮に行けば私は違うのだとわかってもらえるのではないか」と考え直し、ついて行くことにしたのだった。
「まず、選別の娘、ですが」
馬車の中では四人の天の娘の役割についてエドワード王子から教わった。
「はい」
「次の代の王を決めます」
「え? いきなり重大な役目ですね」
「次の王が決まればこの曇り空も晴れるはずです」
「はぁ、決まれば......ね」
「守護の娘は、結界を張り直し、疫病を国に入れないようにします」
「はぁ」
(結界? ムリムリ)
「再生の娘は疫病に苦しんだ国の人々を治癒します」
(治癒? そんな力はないわよ.....だんだん頭痛くなってきたわ)
集中力も切れてきて自分とは関係ない世界の話に聞こえてくる。
「聞いてますか? 沙希さん」
「あ、どうぞ。大丈夫です」
(あんまり大丈夫じゃないけど)
「では続けます。最後は帰還の娘です。役目を果たした天の娘たちを、元の世界に還すという力を持っています」
「え、ちょっと待ってください。そ、それはどの時点に還れるんですか?」
それまでの質問にはあまりやる気を見せなかった沙希が急にやる気を見せた。
「螺旋階段を下りる前の時点です」
「だめか......」
(やっぱり頭が痛いわ)
馬車の中では王子はいろいろと気を使ってくれて、快適に過ごすことができた。三日の間に王子は本気で国を立て直したいと考える良い人だということがよくわかった。
馬車の中から見る限りでは、王子の言う通り、人々の暮らしは荒んでいるようだった。
表情もさえず、覇気も感じない。
それだけに、自分がそんな大層な娘でないと思うと、王子の喜んでいる様子に心が痛んだ。
王宮に着くと、大勢の人が出迎えてくれ、王子と沙希は大広間に案内された。そこには現国王や国の重鎮たちと、その前には既に到着していた三人の候補が待っていた。
全員揃うと四人の天の娘たちは、みな少々緊張していたが、国王に順番に名前を名乗るようにうながされた。
「グレースです」
最初はここに最初に到着したという大人っぽい娘だった。もうすでにここに来てから数日経過しているとのことで、振舞は落ち着いていた。
「リアナと申します」
ゴージャスな美人のリアナは完璧な立ち居振る舞いだった。
全身から自信が満ち溢れ、いかにも「天の娘」にふさわしい感じだった。
「シンシアと言います」
沙希以外の残った一人は比較的控えめなシンシアだったがそれでも芯の強さは感じられた。
「あの、今来たばかりで状況が飲み込めていないのですが、沙希です」
本当は、「天の娘なんかにはふさわしくないんです」と言いたかったがあれよあれよという間に祭り上げられてしまった。
それぞれの迎え人も、後ろについていた。
現国王が言う。
「四人の天の娘が揃った。グース山への出発は1週間後。それまでは各自体調を整えるように」
自分はそんな大層な娘ではないと説明するひまなどなかった。
「どうしよう? 結局わかってもらえない。私がそうじゃないってわかっちゃったら、あんなに良くしてくれるエドワード王子に申し訳ないわ」
翌日。
五人目の天の娘が現れた。
どうやら、異世界に来てしまったようです。沙希はそんな大層な娘なのでしょうか?
王子の目にはどう映っていると思いますか?




