番外編1 偽物たちの事情
偽物たちの真実です。
「おい、迎え人の候補者に二人とも選ばれたぞ」
王弟アルベルトは、いつになく急いでドアを開けて息子のロジャー以外がそこにいないことを確認してから、言った。
別にロジャー以外に「迎え人」になったことを知られても全く困らないのだが、そのあとすぐに相談したいことがあったのだ。
「それでどうする?」
「本物が現れてくれれば一番いいんだが、問題はそうじゃなかった時だ」
アルベルトは声を潜める。
「赤い石はふたつ用意してある。自室のカギのかかる引き出しに入れてある」
「俺が先に帰ったら、父さんが帰ってくるまではのらりくらりかわしておくよ」
「で、儀式なんだが」
「ああ。石が光るってやつか? 円盤が回るってやつか?」
「偽物だけ石が光らなかった場合はどうしようもないが、全部光った場合と、全部光らなかった場合は、円盤までは行けるだろう。先に円盤に乗せてしまえば、いいんじゃないかっていうのが俺のブレーンたちの見解だ」
「本当なのか」
「円盤を作った時に、偽物が現れるなんて想定してないだろうというのがその理由だ」
「まあ、そうだな。考えれば考えるほど、それを見極めるロジックがあるとは思えないもんな」
「だろう? だからどの文献にも偽物が混じったらどうなるのかの、記述がないんだよ。つまり偽物かどうかは判別できない」
三年間、曇り空の続くこの国は天の娘の助けを必要としていたが、その機に乗じて王位簒奪を企てている者たちもいた。
いよいよ出現地(かも知れない)と占われた場所に出発する日が来た。
出現地候補は二十か所。それぞれの地に、これもまた占いで決められた迎え人が向かう。
天の娘は全部で四人なので、確率で言えば20%だ。それぞれ皆、特に選別の娘が自分のところに現れてくれるように祈っていた。中には祈祷師に頼んで祈らせているものもいた。藁にも縋る思いなのは痛いほど理解できたが、アルベルトもロジャーも祈祷師を信じていなかったので祈らせたりはしていなかったが。
アルベルトとロジャーの親子はふたりとも迎え人になっていて、ある意味強運だった。他に血族で複数入っているのはエドワード王子とフィリップ王子くらいだったが、王子たちは母親が違うこともあり、あまり仲良くなかったため反目し合う仲であった。
「ロジャー、いいな。タイミングを見て頼むぞ」
「本物の娘が現れれば何も問題無いんだけどな」
翌日、ロジャーは供の者を大勢引き連れて出現地候補に向かった。
「暇だなあ。ここからただ待つだけなのか」
出現地候補に着くと、ロジャーは出現地には供の者に入らないようにきつく申し付けた。中に入れるのはロジャーのみ。お付きの者たちは、出現地にロジャー用の豪華なテントを立てると少し離れた地点に自分たちのテントを立てて、食事の支度などをした。
ロジャーは待った。三日経っても何も出てこなかった。
「そろそろリアナがくるかな」
供の者を立ち入り禁止にした出現地に、一人の女が現れる。
「誰にも見られなかっただろうな」
「ええ大丈夫よ。私がそんなヘマするわけないじゃない」
リアナだった。
食事の時は供の者がいる食事棟のテントまで行っていたが、それ以外の時は出現地のテントでひとりで過ごしていたロジャーは、退屈を持て余していたがリアナの登場に喜んだ。彼女はロジャーが部屋を抜け出したときに、酒屋で知り合った女性だったが、その仕草は自信に満ち、誰からも怪しまれる要素はない。ロジャーの目からは、どこからどう見ても天の娘にふさわしい立ち居振る舞いだった。
「あと一日待って誰も出てこなければ、決行する」
「わかった」
「それまではこのテントから出るなよ。ここには誰も来ない。もし天の娘が現れたらそーっと帰ってくれ。あとで必ず迎えに行く」
次の日。出現地のドアから何か物音がする。もしかしたら「本物」が現れたのかもしれない。ロジャーは期待でいっぱいになった。が、開いたドアから出てきたのはオスのニワトリだった。
「くそう、外れだ。何にも合ってない。リアナ、行くぞ。お前は今日から天の娘だ」
「うまくいくかしら」
王宮に向かう途中、父親のアルベルトからは「本物出現」の知らせがあった。
「よし」
これで、アルベルトのお抱えの学者たちの言う通り「先に円盤に置いた者が勝ち」ならば、陣営に天の娘を二人、抱えることができるではないか。
万が一、リアナが偽物だとばれたとしても父親の方は本物だ。
ロジャーは「世の中がうまく回り始めた」と確信していた。
*
天の娘にはうまいこと潜り込めたが、リアナは不安がっていた。
「本当に偽物だってばれないかしら?」
「もう一度学者達に言って調べさせてみるよ」
「なるべくグレースに怪しまれないように、仲良くしておくわ」
まだ天の娘が二人しか到着していないので、必然的にグレースとリアナは一緒に行動することになった。
続々と天の娘が出現し、四人になったところで周りは「これで揃った」という雰囲気になる。これで出発してしまえば、もう一人本物が現れたところで後の祭りである。
ロジャーは国王の言葉を待つ。
「出発は一週間後」
「え? 一週間も待ったら間に合っちゃうかもしれないぞ」
ロジャーはアルベルトのお抱えの学者たちを急かして調べさせた。
翌日。
ロジャーが危惧した通り、五人目の天の娘が現れてしまった。
「これはまずい」
他の「本物」達も、なかなかに怪しかった。王宮は「いったい誰が偽物なのか」の話題でもちきりだが、学者たちの言う通り「早い者勝ち」ならばまだ本物として振舞う余地もあった。
報告を受けたロジャーは夜中にリアナの部屋に忍び込んだ。
「とにかく、先に赤い石を祭壇にはめれば、本物になれるらしい」
「わかったわ。なるべく本物に見える様に頑張るわ。でも」
「でも?」
「エドワード王子がしげしげとブローチを見ていたの。気づかれたんじゃないかしら?」
「大丈夫だと信じたいけどな。何も言われてないんだろう?」
「ええ、本当に立派ですねって言われただけよ」
「なら大丈夫じゃないかな」
その後祈りの儀式ではすべての石が光らないという状態になった。偽物の特定には至らず、その点は良かったけれども、「偽物が混じっている」ということをどうやって判定しているのか、ロジャーはだんだん怖くなってきていた。
「大丈夫、大丈夫。先に石を置けば本物。ゲルダの石を返したって後の祭り」
何度となく自分に言い聞かせる。リフトに乗るのだって何も問題はなかった。
でも円盤は回らなかった。
(やばい。このままではバレるのも時間の問題だ。逃げないと)
その時じっとこちらを伺うように見るリアナの顔に気づいた。
次の瞬間、エドワード王子にゲルダたちを迎えに行くついでに上着を取りに行きたいと申し出ていた。
エドワード王子は見透かすような目でじっとこちらを見ていたが、しばらくして
「お願いします」
と言った。
おそらくわかっていたのではないかと思ったが、王子はそれ以上なにも言わなかった。グース山のふもとまで降りると、待っていた人々に告げる。
「ちょっと寒いので上着を取りに馬車まで行ってきますね」
あくまでも上着を取りに行くように。二人はどちらからともなく走り出した。
*
「結局、グレースは帰還の娘だったぞ。新しい国王にはエドワードが決まった」
新しい国王が決まった数日後、霧の中を必死で走り、ヒッチハイクを重ねたロジャーとリアナがアルベルトの地方の別邸に帰ってきた。二人の顔を見るなり、アルベルトは投げやりに言った。
「俺にとっては、美味しいことは何一つなかった」
「この先、もう表舞台にはもどれないよな。でも俺たちの面倒はちゃんと見てくれよ」
ロジャーはアルベルトに念を押していた。
「今はもう体調が悪いことにして、王宮にいるのも、グレースのご機嫌取りもやめた。元の世界に帰るなら勝手に帰ればいい。エドワードのことだ。地方の領地を取り上げるような真似はしないだろう」
「最後に怖くなってゲルダのイヤリングの片方、馬車の中に落としておいたの、見つかってたか?」
「ああ、左右揃った状態で円盤に乗せてたよ。片方だったらうまくいってなかったかもしれないな」
「どっちが良かったんだろうな」
三年も曇っていた世界に青空が戻ったのはよかったことだ。
「結局うまくいかなかったな」
アルベルトのつぶやきは、青い空に消えて行った。
もしかしたらエドワード王子に気づかれているかもしれないと思いつつ、王子の裁量をある意味信じて(?)逃げました。




