番外編2 王子が自炊をする理由
エドワードのお話です
エドワードには母の思い出はない。
カイルの母サラに聞いた話では、とても優しくて民のことを考える良い王妃だったという。その母はエドワードが物心つく前に崩御している。
表向きの理由は病死ということになっているが、どうやらそうではないらしい。
「あんな優しいお妃さま、とても元気でいらしたのに、ほんとに酷い」
サラはとても悔しがっていた。
「酷い?」
「あ、坊ちゃんは何も知らなくていいんですよ」
自分で愚痴を言い怒っているくせにサラはいつも何も教えてはくれなかった。
「忘れないでくださいね。王妃様は坊ちゃまをとても可愛がっておいででしたよ」
というのがサラの口癖だった。母に関する思い出というのはそのくらいのものしかなかった。
エドワードが物心ついてから、エドワードが口にするものは入念な毒見がされていることに気が付いた。そのおかげで、エドワードの口に入るころには料理は冷めているのが常だった。
今思えば、母の死因も見当がつくし、サラもめったなことを口にするわけには行かなかっただろうことも理解している。
新しい王妃が決まったのは、前王妃が亡くなってほどなくしてからだった。と言ってもエドワードにはその記憶もない。
「王様、王妃が空位のままというのは、かなり不都合ですぞ」
「まだ王妃が亡くなってから、日も浅いではないか。そんな気になれん」
「そんなこと言ってる場合ですか、王様。もっと危機感を持ってください」
「いや、でもまだ、喪も明けてないし」
「王妃が空席の方が問題でしょう」
「そうなのか」
国王は国内貴族に押し切られてしまった。新しい王妃は、国内の有力貴族の推薦で「早く新しい王妃を」と騒いでいる一族の出身だった。若かった国王はまだ傷心ではあったが、言うことを聞かざるを得なかった。
そうして入ってきたのが後にフィリップの母となる人である。
王妃として迎えられて半年でフィリップを身ごもった。第2王子を産んでからは王宮を牛耳っていると言っても過言ではなかった。
「今日の予定も私の言った通り、頼むわね」
「はい、王妃様」
「今日のお客様との同席もフィリップをお願い。エドワード王子はお勉強に忙しいでしょうから、邪魔しちゃいけないわよね。おほほ」
本当は忙しくて出られないようなことはないのだが、世継ぎの筈のエドワードは、極力表舞台に出されないようにされていた。そして、国内の貴族たちは必然的にフィリップを大事にするようになっていった。
「なんだまたかよ。あの王妃さんどれだけエドワードをないがしろにすれば気が済むんだ」
カイルをはじめとするエドワードの側近たちは、いろいろなことを我慢するのが常だった。
当然エドワードの居心地は良くなかった。悶々としていたある日、カイルがある提案をしてきた。
「王宮を出て、地方の意見を聞いたり実情を見るための旅に出ないか?」
「地方の?」
「そうだ、王様の目が行き届かないようなさ。いずれお前が王様になったとき必ず役に立つ」
「そうだなあ」
「もちろん俺も行く。全力でお前をサポートするし、全力で守る」
「......その方が息ができるかもな」
エドワード王子は少数の家来とともに旅に出た。
民衆の世界を見、民衆の視点でものを考える。王子にとって毎日が新鮮だった。
「最近よく笑うようになったな」
少し経ってカイルが言った。
「なんだか自分に自信が出てきたように見えるぞ」
カイルはなんだか嬉しそうだった。
最初は苦労した自炊もだんだん様になってきた。
「自炊すると温かいものが食べられるんだな」
王宮にいるときのように何重にも毒見をしなくていいので自分で作ることの楽しさに目覚めたようだった。
ある日、お告げがあり、20人の迎え人に選ばれた。王子は最低限の供の者を連れ、出現地に向かうことになった。今回はカイルは一緒ではない。彼も迎え人に選ばれていたからだ。
「なあカイル。もしお前のところに選別の娘が現れて、お前を新しい国王に選んだとしたら、俺は全力でお前を守るからな」
「なんだよ。どんな時だって、俺はお前の最高の相談相手でいるつもりだからな。忘れんなよ」
そんな会話を交わしつつ、二人は出現地に向かった。
結果、カイルのところに現れたのは、天の娘ではなく、羊だった。エドワードのところには、天の娘が現れたのだった。
エドワードの元に現れた娘は名前を沙希と言った。状況がなかなか飲み込めない様子ではあったがエドワード王子の料理を毒見もせずにぺろりと平らげた。
内心、エドワード王子はそのことに驚く。
(疑ってないのか? 毒見もしなかったぞ)
そして沙希は満足げに言ったのだ。
「美味しゅうございました」
カイル以外にこんなに信用されたのは初めての経験だった。
(初めて会ったのに毒が入ってるかなんて1ミリも疑わずに、美味しそうに食べてくれたぞ。何て器の大きな人なんだ!)
エドワードは沙希が無条件で信頼してくれることが嬉しくて、次から次へと世話を焼くようになった。
王宮に着くころにはもうすっかり沙希に夢中になっていた。
王宮に着いてからも沙希は王宮の食事よりも「王子の料理の方が美味しい」などと言ってくれる。
(帰したくないな)
「おい、エドワード。本当は沙希ちゃんに帰ってほしくないんだろ」
カイルには見抜かれていた。
「そうだ。今までいろんなことを諦めてきた。だけど初めてと言っていいほど執着している。でも元の世界に戻るかどうかは、自分で決めてもらおう。彼女の判断を尊重したい」
エドワードがいろんな葛藤のなかで出した答えだった。
「自炊という特技があってよかったな」
からかい交じりにカイルが言った言葉が心にしみた。生きていくために必死で考えた結果が自炊だった。自分は周りの人に恵まれている。そう、心に刻んだ。
その後、沙希が選別の娘だとわかり、エドワードを新国王に選んだ。前王妃の影響力もなくせた。いいことだらけだったが、沙希は帰還について迷っているようだった。
「帰らないでほしい」
のどまで出かかったが、言ってしまっては自分の主義に反する。じりじりとしながら、待った。いや、祈った。
その時は突然来た。
エドワードは沙希への訪問を日課にしていたが、その時についに言われたのだ。
「なので、まだ決めた訳ではないんですけど、帰らずにここで資料の整理をしようかなぁと」
エドワードは耳を疑った。舞い上がりすぎて色々言葉を発したような気もするが、気づいたら問いただしていた。
「それは、将来、僕の隣で僕を助けてくれる可能性が出てきたということですね?」
(やっとカイル以外に心から信頼できる人ができる!)
内心舞い上がったのもつかの間。
「助けて欲しいことがあるんですか?」
(ん?わかってないのか?)
エドワードは目をぱちくりさせた。
(でもいいや。徐々にだ。残ってもらえばこっちのもんだ)
カイルが笑いをこらえるのに必死になっていた。
(まあいいか。さ、まず部屋を用意させよう)
「外堀から埋めて行くぞ」
エドワードは決意の独り言を言った。
現代日本では、普通の人は「毒見」なんて思いもしません。エドワード王子の生きてきた世界との温度差が勘違いを生み、思いを育てました。




