20 ざしきわらしが食《た》べたいもの
店に入ると、父さんが聞いてきた。
「マコト、その子はどうした? 迷子をほごしたのか?」
「あ、よかった。父さんには見えるんだ。……他の人には見えないみたいでね。雪路がいうには、この子はざしきわらし、なんだってさ」
「ごめんね、二人が何を言っているかわたしにはわからないわ」
母さんが私のよこにかがんで目をこらす。
「うーん。なにかもやがかかってるかんじで、はっきりとは見えないわ。雪路たちがいう、血のちがいかしら? わたしは、おんみょうじの血すじでもなんでもないから……」
「私には、三才くらいの女の子が見えるよ。ユカリっていうんだって」
ユカリちゃんはゆっくりとうなずく。
「おねえちゃん、ここどこ?」
「私の家。ごはんを食べるお店だよ」
お子さまランチ用プラスチックカップでむぎ茶を出す。
ユカリちゃんはざぶとんに正座して、私とカップを交互に見ている。
「のんでいいよ」
「……いいの?」
おそるおそる小さな手をのばして、お茶に口をつけた。
「なんでひとりであんなところにいたの?」
「……もといたおうち、おばあちゃんがいなくなって、こわされちゃったの。くさなぎは、こまったことがあったらいつでもこいっていった。だから、くさなぎにあおうとおもって、さがしたの。でも、くさなぎのおうち、どこかわからなくて」
「ユカリちゃんもご先祖さまのこと知ってるのかぁ……」
あちこちにあやかしの知り合いがいるなんて、ご先祖さま、本当におんみょうじだったんだな。
じっとおすわりしていた雪路が口をひらく。
「ユカリ。草凪はとうの昔になくなっておる。こやつらは草凪の血を引くものだ」
「そう、なの?」
「あ、うん。私、草凪マコト。こっちは父さんの誉。母さんの千夏よ。そっちのきつねは雪路。ネコは小町だよ」
「たしかに、おねえちゃんのにおい、くさなぎによくにてる」
ユカリちゃんの声が明るくなった。
「そう、くさなぎ、いいこにしてないとおいだされちゃうから、おとなしくしてろっていってたの。だからユカリは、いいこにしてた。でもおうちもうないから、くさなぎとおはなししようとおもったの」
「うーんと、もしかしておんみょうじのお仕事中に会ったのかな。なにかじじょうがあって、たいじされそうになってた?」
雪路がふかくうなずく。
「そのとおりだ。そのとき、わしも同行しておった。やどの客に悪さをするあやかしものが取りついているから追い払ってくれと言われて、草凪はやどに行った。そこにコヤツがいたのだ」
「わるさ? この子が?」
ユカリちゃんは、ひっしにうったえる。
「ちがう。ユカリは、あそんでほしかっただけ」
「ふつうの人には見えていないから、なにもいないのに足音が聞こえたり物が動いているようにしか見えなかったってこと?」
「そう。だから草凪は、大人しくしていればだれもお前をはらったりしない。とさとした。やどのあるじにも、「人のことが好きな、幸せをもたらしてくれるあやかしだから、むりにはらわず、めしの一杯でもわけてやれ」とはなした」
「そのおやどがつぶれちゃって、行くあてがなくなっちゃったのね」
母さんがしんみりとうつむく。父さんなんて、かおをタオルでおさえている。
「うっ、うう。たいへんだったなユカリ。好きなだけうちにいるといい。はらがへったなら好きなもん食わせてやる。食堂だからな。えんりょはいらないぞ」
ユカリちゃんはぱっとかおをあげる。
「ほんと? ならユカリ、やどのおばあちゃんがくれたおつゆをのみたい」
「おつゆ?」
「うん。おみそのおつゆ」
日本人の心、みそ汁。明治時代にもふつうにある。
「みそ汁ならあるぞ。ほら」
父さんてば、幼い子には食べきれないくらいたっぷりネギのみそ汁をもった。
ユカリちゃんはお面をすこしずらして、うつわに口をつける。
「おいしい、けど、おばあちゃんがくれたのじゃない」
「そっかあ……」
みそ汁とひとくちに言っても、具も使うみそもダシも、地域や家によってぜんぜんちがう。
かんたんなようでむずかしいリクエストがきたのである。




