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くさなぎときつねの思い出ごはん。  作者: ちはやれいめい
きつねの章《しょう》
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12/30

むかしむかし 草凪《くさなぎ》と雪路《ゆきじ》のやくそく

 ── 明治《めいじ》五年《ごねん》、夏《なつ》のはじめ ──


 夜《よ》が明《あ》けてまもない時間《じかん》。


 鎌倉《かまくら》にはすずしい風《かぜ》が吹《ふ》いていた。


 庵(いおり)がある長谷《はせ》の丘《おか》の下《した》には海《うみ》が見《み》える。

 空《そら》も海《うみ》もどこまでも青《あお》くすみわたっていて、見《み》ているだけでここちがいい。


 オレは、草凪 清継(くさなぎきよつぐ)。

 生《う》まれたころから長谷(はせ)に住《す》んでいる。

 父《ちち》のあとをついで、お(・)ん(・)み(・)ょ(・)う(・)じ(・)になった。



 手《て》ぬぐいを首《くび》にまき、きもののたもとをタスキでうしろに結《むす》ぶ。


 庭《にわ》にはびこるざっそうをぬいていく。

 指先は草の汁ですっかりみどりに染まっている。


 父《ちち》の代《だい》まではそれなりに仕事《しごと》があったのだが、さいきん来《く》るのはせいぜい雨《あま》ごいや土地《とち》のお清《きよ》めくらいだ。


 町《まち》を歩《ある》けば洋服《ようふく》の人《ひと》とすれちがう。

 ハイカラ、というやつか。


 市《いち》にならぶのは、カステイラだの、コーヒーだの、シャレた海外《かいがい》の品《しな》。


 あやかし退治《たいじ》だのサムライだの、そういう時代《じだい》はおわりつつあるのだろう。


 おんみょうじの仕事《しごと》も、オレの代《だい》でおしまいにするべきかもしれない。


 この国《くに》は生《う》まれかわるのだから。



 すっかり庭《にわ》がきれいになったあたりで、すうっと白《しろ》いキツネが現《あらわ》れた。


「いつから庭《にわ》のそうじやになったのだ、草凪《くさなぎ》。あやかしたいじはしないのか?」

「よう、雪路《ゆきじ》。またメシを食《く》いにきたのか?」

「そうだ。あのかおりがよくてうまいやつをたのむ」

「はいはい」



 前《まえ》に、この雪路《ゆきじ》というキツネにカレーという西洋料理《せいようりょうり》を作《つく》ってやった。


 そうとう気《き》に入《い》ったらしく、気《き》まぐれにあらわれては料理《りょうり》をねだる。


 ひとりで食《く》うのも味気《あじけ》ないから、雪路《ゆきじ》といっしょに食《た》べるのがつねだ。


 ボートルに塩《しお》、小麦《こむぎ》に、カレエの粉《こな》をいれる。

 カエルをショウガとニンニクでいためて、昆布《こんぶ》のだしでのばす。

 海《うみ》の向《む》こうの人《ひと》はこういうものを食《た》べているというのだからふしぎなものだ。



「ほら、できたぞ雪路《ゆきじ》。今日《きょう》は天気《てんき》がいいからえんがわで食《く》おう」

「いい心《こころ》がけだな、草凪《くさなぎ》。海《うみ》を見《み》ながら食《く》うめしはかくべつだ」

「えらそうだなぁ」


 オレのよこで、雪路《ゆきじ》も毛《け》を茶色《ちゃいろ》くしながらカレーにかぶりつく。



「なあ雪路《ゆきじ》。オレがお(・)ん(・)み(・)ょ(・)う(・)じ(・)をやめたらどうする?」


「おかしなことを言《い》うのだな。どこでなにをしようと、お主《ぬし》が草凪《くさなぎ》であることはかわるまいよ。りょうしをしようが、畑《はたけ》をやっていようが」


「…………たまにまともなことを言《い》うんだよなぁ、お前《まえ》は」



 あやかしの声《こえ》をきくこ(・)の(・)力(ちから)をとったらオレに何《なに》がのこるのだろうと考《かんが》えていたが、そうだな。


 オレはなにをしていようと、オレなのだ。


「わしがこれを食《た》べにきたときにいつでも出《だ》してくれたら、それ以上《いじょう》はのぞまんよ」


「はっはっはっ。それじゃあ、いつか雪路《ゆきじ》のための食事《しょくじ》どころでも開《ひら》くか。もっといろんなものを作《つく》れるようにならないといけないな」


「ほう。いつでもめしをたべられる店《みせ》か。ならばわしの席《せき》を用意《ようい》しておくのだぞ」


「はいはい」


────────────────────────────


 そんな、やくそくとも言《い》えないような話《はなし》をしてから数年《すうねん》。




 いつの間《ま》にか雪路《ゆきじ》はあそびにこなくなってしまった。


 オレは結婚《けっこん》して、妻《つま》と二人《ふたり》で小《ちい》さな食事《しょくじ》どころを開《ひら》いた。


 カレーは、カエル肉《にく》が不評《ふひょう》だからとブタ肉《にく》におきかえられた。


 お客《きゃく》さんの声《こえ》に答《こた》えていく。


 長《なが》ネギは玉《たま》ねぎへ。

 ニンジンやジャガイモといった野菜《やさい》を入《い》れる。



 およそ百五十年《ひゃくごじゅうねん》、雪路《ゆきじ》は草凪《くさなぎ》の子孫《しそん》にめぐりあう。




 草凪《くさなぎ》と雪路《ゆきじ》のやくそく おしまい



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