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Act36:シージャ・アクツィーク

※若干のグロ成分があります。

 ウィジス学園から暫く離れた森にて。

 空は雲ひとつ見当たらない快晴。

 生い茂る木々の中を駆ける大きな狼の背中に、一組の男女の姿があった。


「流石だなケル坊。はえーはえー」


『ワォンッ!』


 獣道を物ともせずに突っ走るケル坊に少年、赤月静也は彼の頭を撫でながら賞賛を送る。

 すると静也のバックパックにしがみつく女性、レイン・シチリカが、バックパックに顎を乗せて言った。


「あまり喋ると舌を噛むぞー」


「あー?大丈夫大丈びゅっ」


 噛んだ。


「………」


「言わんこっちゃない」


「うりゅひぇぇ…」


 自業自得なのを理解しつつも、左手で口元を抑えながら恨み言を呟く。

 そんなやりとりの最中もケル坊はそのスピードを一切落とさず、軽快に森を駆け抜けて行った。






「………うん、ケル坊。止まってくれ」


「あ?」


『クーン?』


 休みなく森の中を走り通し、日が落ちかけた頃、レインがケル坊の脇腹を軽く叩いて制止を促した。

 歩みを止めたケル坊とその上の静也が同時にレインを振り返る。


「どうした?なんかあんのか?」


「ああ、うん。そろそろ日没だからな。ここで野営をした方がいい」


 「この辺りは水場も近いしな」と言ってレインがケル坊から降り、パチンと指を弾くと、彼女の後方の空間が歪み、綺麗に割られた薪と毛布が落ちてきた。


「………あー…それにゃ賛成だけど…その前に今何した?」


 いきなり出てきた野営セットに静也がツッコミを入れると、レインは少し得意気にウインクする。


「無属性魔法の『亜空間蔵ウェアハウス』だ。色々と便利だぞ」


「………反則チートが」


 邂逅から数ヶ月が経ち、多少なりとも彼女の事を知ったが、未だその底が知れ無い事実に静也は呆れと諦観を込めてため息を吐いた。






 その後静也とレインが薪を組んで焚き火の用意をしている間にケル坊が狩りに行ったのだが、問題がひとつ。


「…………」


「………なんだよ。何言ってもそっち見ねーぞ」


 何か言いたげなレインの視線の先には、頑なに背中を向ける静也の姿があった。

 顔を向けては居ないものの、レインには彼が嫌そうな顔をしているのがよく分かった。

 というのも、コートを脱いで跪く彼女の足元には首の落とされた鹿の亡骸が無造作に横たわっている。

 そしてレインの手元には赤黒い血でべっとりと濡れたナイフが握られていた。


「…本当に、変な所でヘタれてるな」


「…るせぃ」


 珍しく尻すぼみな声で抗議する静也にレインは困ったように笑う。

 ケル坊が鹿を一頭狩ってきたのだが、その死体は風魔法で綺麗に首を切り落とされていた。

 血抜きの意図を含んだ狩猟方法だったが、如何せん、静也に取って刺激が強すぎた。

 迷宮でモンスターを大量に仕留めた静也だったが、血の青いモンスターと違い、動物の赤い血は駄目だったらしく、顔を真っ青にして隅の方にうずくまってしまった。

 結局そのまま動こうとせず、鹿の処理はレインがすることになり、現在に至る。


「慣れないとこの先大変だぞー?」


「わーってるよちくしょー」


 くすくすと笑いながら鹿の内臓を取り出すレインに静也は弱々しく抗議の声を上げた。


「ケル坊、次からは水魔法で、血を完全に抜いてから持って帰ってこような」


『ワゥン』


 レインの言葉にケル坊は「しょうがないなぁ」と鼻を鳴らした。





「……美味いっ」


「!」


 もしゃもしゃと鹿肉を咀嚼しながら静也が漏らすと、人型に戻ったケル坊も同意するように頷いた。


「ははは、さっきはあんなだったのに普通に食べるのか」


「………うるへぃ。『腹が減っては戦はできぬ』だ」


 レインがくすくすと笑いながらそう言うと、バツが悪そうな顔で静也が彼女を睨む。

 先程までしおれていたのが嘘のようだが、静也もサバイバル能力が必要な状況で食べないのは死活問題だと理解していた。

 それでも最初の一口はあまり気乗りしない風だったが、しっかりと火を通した鹿肉は歯ごたえが良く、噛む度に肉汁が口の中に広がって美味だったらしく、今では黙々と肉にかぶりついている。

 火を囲んでの3人の食事が続く。


「ごちそうさまでした」


「!」


「ふふふ、お粗末さまでした」


 焼いた鹿肉を綺麗に食べ終えて柏手を打つ静也とケル坊にレインはそう応え、残った生肉を塩と一緒に皮袋に詰め込む。

 流石に鹿一頭を食べきるのは無理があったので、保存用に取っておくことにしたのだ。

 食事を終えたケル坊は狼形態に変身し、レインの作業を見ながらごろりと横になる。

 満腹の余韻に浸るらしい。

 手持ち無沙汰になった静也はバックパックから長方形の石を取り出し、刀を鞘から抜き取った。


「おや、砥石か」


「暇だからな」


 水筒の水を少し砥石に垂らし、抜身の刃を当てる。

 しゃりしゃり、しゃりしゃりと無機質な摩擦音が鳴った。


「手馴れてるな」


「そらま、剣術道場の元門下生ですし?」


 レインの言葉に、砥ぐ手を休めずにおちゃらけて応える。

 焚き火が爆ぜる音と刀を砥ぐ音をBGMにゆったりとした時間が流れる。


『………!』


 そうしてどれほど経っただろうか、研磨が終わりかけた頃、寝そべっていたケル坊がおもむろに顔を上げた。


「どうした?」


『……ゥルル…!』


 射るような目で遠くを見るケル坊に刀を拭きあげた静也が話しかけると、ひとつ唸り声を上げた。

 その声に静也も僅かに眉根を寄せる。


「…悲鳴?」


 「今、悲鳴が聞こえた」。

 ケル坊の鳴き声はそう意味していた。


『ワンッ』


 静也の言葉にケル坊は肯定の声を上げる。


「………面倒事のニオイしかしねえな」


「………おいおい」


 静也の目が細まり、その様子にレインがツッコミを入れた。


「スルーの方向で」


「いやいやいやいや、駄目だろうそれは」


 毛布を引っ被ろうとした静也にびしっ、とレインが軽くチョップする。

 じろりと三白眼がレインを捉える。


「……あのなぁ、俺は別に聖人君子って訳じゃねえんだぜ?助けんのになんのメリットがあんだよ」


「損得で片付けていい問題じゃないだろう?助け合いはヒトの基本精神だ」


 そうレインが諭すと、静也は起き上がってガシガシと頭を掻いた。


「………甘っちょろいな」


「………静也」


 レインの目に厳しいものが宿るのを察した静也はため息を吐いた後、ゴキリと一度首を鳴らす。


「……わーったよ行くよ。ケル坊、案内頼む」


『ワンッ』


「うん、急ぐぞ」


 バックパックを背負った静也を見て一転、笑顔になったレインは一度指を鳴らし、中空から現れた水で焚き火を鎮火した。

 それを見たケル坊は森の中を走りだす。

 駈け出した黒狼を二人は追いかけた。





 走ってから暫く経つと、森を抜けて草原が広がっている。

 見通しのいい視界の向こうに、一台の馬車があった。

 この辺りまで来ると、静也の耳にも悲鳴の様なものが聞こえており、同時に犬の鳴き声の様なものも耳に入ってくる。

 馬車の周りに光が羽虫のように飛び交っており、それが周囲を明るく照らしている。

 その光に照らされて馬車の周りで何かが動き回っていた。


「………なんだありゃ?」


 静也が目をよく凝らしてそう言葉を漏らすと、レインが答える。


「……あれは、狗鬼コボルトの群れか!」


 そう言ってレインは走りだし、静也とケル坊も後を追った。






 馬車には3人の男女の姿があった。


「くそぅ!なんでこんなところにコボルトがぁ!」


『ギャウゥ!』


 男が両刃の両手剣を振るうと、それはあっさりと後方に下がって躱してしまう。

 人間の子供がボロ布を纏っている様な見た目だが、その頭は明らかに人間とは異なる。

 そのモンスターは毛むくじゃらな人間の身体に狗の様な頭が付いていた。

 狗鬼コボルトと呼ばれるモンスターである。

 その数は20匹、棍棒を持って馬車に群がっている。


「くっ…ジョー!どうするんだい!?このまま馬車を捨てて逃げるかい!?」


「バカ言え!そんな真似すりゃどうやって街に戻るんだ!」


 同じくコボルトへ剣を振るう女性の言葉に、ジョーと呼ばれた男は怒鳴り声で言葉を返した。


「チェイン!魔法の準備は出来てるのか!?」


「我が意に応え…まだ…その姿を…出来てない…」


 コボルトを牽制しながらジョーが後方で杖を構える少女に声を掛けると、チェインと呼ばれた少女は呪文を挟みながら答える。

 その顔は苦悶に歪み、額に玉のような汗をかいていた。


「畜生!モラノ!チェインの用意が出来るまで保たせるぞ!」


「分かってるわよ!」


 そう言ってモラノと呼ばれた女性は両手で剣を構え、コボルトに振り下ろす。


『ガゥゥ!』


「きゃっ!?」


 振り下ろされた剣は、コボルトが振り上げた棍棒にあっさりと弾かれ、真ん中からぼっきりと折れてしまった。


「くぅっ、こんなことなら安物で済ませるんじゃなかったぁ!」


 武器を失ったモラノはうずくまり、頭を抱えて叫ぶ。

 今にも棍棒が庇っている頭に振り下ろされそうな次の瞬間。


「武器くらい良いもん使いやがれっ!!!」


『アオォォォォ――――ン!!!』


『ギャアァッ!?』


 横から叫ばれた言葉と共にコボルトの全身を大量の氷柱が貫いた。


「……うぇ?」


「オラァッ!」


『ギャォゥ!?』


 呆然としているモラノの横を影が疾走る。

 一瞬で穴だらけになったコボルトの死体を掴み上げ、別のコボルトへと投げ付けた。

 仲間の死体をぶつけられたコボルトは死体の氷柱に刺されて悲鳴を上げる。


「な、なんだ!?」


「気ぃ取られんなっ!手前てめぇの身くらい守れ!」


 そう言ってバンダナを巻いた少年、赤月静也と黒狼(ケル坊)はコボルトの群れに突っ込んで行く。


「俺は左をやる。お前は右だ」


『ガゥッ!』


 走りながら頷き合った静也とケル坊は左右に別れた。


「不本意だけど、試し斬りには丁度いい」


 静也は呟きながら腰と背中の刀に手を掛ける。


「せぇあ!」


『ギャッ…!』


 しゅらん、と光が線となり、抜刀の勢いで一匹が首を落とし、もう一匹が肩口からなで斬りにされた。

 群れの中を突っ切りながら返す刀で一閃、防御態勢を取った一匹を棍棒ごと唐竹に叩き斬る。

 その隙を狙って棍棒を振りかぶった一匹に振り返り、左の刀を投げつけると胸元に突き刺さって一瞬で絶命した。

 刀を投げつけられたコボルトに静也は跳びかかって柄を掴むと、胴を蹴りあげて死体を別の一匹にぶつける。

 態勢を崩されたコボルトの頭を踵落としで叩き割った。


「野良犬五匹、殺処分完了」


 刃に滴る青い血を振り落として刀を収め、静かに呟いた。


『ガルルルルルッ!』


『ギッ…!?』


 右に跳んだケル坊も負けていない。

 狼形態特有の速度でコボルトとの距離を詰めると、その足に噛み付いて振り回し、地面に叩きつける。

 更にその一匹を別のコボルトに投げつけ、もんどり打って倒れた二匹に跳びかかって前足を叩き付けた。

 その前足から一瞬風が巻き起こり、二匹纏めてズタズタに切り裂く。


『アオォォォォ―――――ンッッ!!!』


 放った風魔法の反動で空中に飛び上がると、一度咆哮を上げて額から雷を落とし、三匹纏めて黒焦げにしてしまった。


「ナイスだケル坊」


『ワンッ!』


 背中を向け合ったまま二人は声を掛け合う。


「お、おい!まだ残りが…!」


 ジョーの焦った声が上がった。

 残っていた八匹のコボルトが二人の間を抜けて馬車へと突っ込んで来る。

 しかし静也達はそれを無視してジョーたちに向き直った。


「言い出しっぺはあんただ。何とかしろよ」


「……この、ひねくれ者ッ!」


 静也の言葉に、第三者の声が応える。


『ガォォン!?』


 次の瞬間、突っ込んできたコボルト達の前後から地面が畳返しの様に持ち上がり、一瞬で残りのコボルト達を挟み込んだ。

 ベチャッ!と肉と骨を擦り潰す音が響き、挟まった地面の隙間から青い体液が流れ落ちていった。


「………相変わらずフザケた反則技チートだな」


「……やかましい」


 照らされた光の外側から静也の皮肉に答える声が届き、褐色の肌をした銀髪の美女が現れる。

 一瞬その美貌にジョー達3人は見惚れるも、すぐに我を取り戻して助勢者たちに頭を下げた。


「た、助かった…!あんた達が来なきゃ俺らはやられてた!なんて礼を言ったらいいか!」


「気にしないでください。人として当然のことをしただけです」


 ジョーの言葉にダークエルフ、レインが応える。


「俺はジョミニ。ジョミニ・ディース。ジョーって呼んでくれ。それと仲間の…」


 赤い髪に犬の耳を生やした30代半ばと思しき容姿の獣人、ジョーが自己紹介をすると、黒髪のエルフの女性が後に続く。


「モラノ・ベルシーよ。こっちはチェイン・ディース」


「どうも…ありがとうございます」


 十代かそこらと思しきエルフ、モラノが自己紹介をし、赤髪に犬耳を生やした少女、チェインが頭を下げた。


「いいえ、礼には及びませんよ。わたしはレイン・シチリカと申します。そして彼は…」


 名乗られた礼儀か、レインが自らの名前を名乗り、静也の事を口にしかけると、静也が手を挙げてそれを制する。


「…どうした?」


「名前くらい自分で言う。……俺はレイン様(・・・・)の従者でシージャ・(・・・・・)アクツィーク(・・・・・・)。コイツは使い魔のケル坊」


『ワンッ!』


 そして静也…シージャ・アクツィークの言葉にレインは目を見開き、ケル坊は「よろしく」と鳴き声を上げた。

偽名はテキトーに考えました。

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