Act34:箱庭の外へ
ごめんなさい、一ヶ月以上も間が空きました。
それでも短いです。
ごめんなさい。
ウィジス学園、図書館。
大量の本棚が並びそびえ立つ一角で、静也が机に齧りついていた。
「………ふむ。やっぱり、思った通りだ」
嘗てこの学園に在籍していたOB達の論文に目を通しながらぽつりと呟く。
「『魔力とは意思を具現化する素であり、魔法とは意思を固定化するための方式である。ゴドウィン・エルフロード』………これ、地球に持って帰って公表したら世界が一変するな」
書かれていた最後の一文を口にし、頭を掻きながらぼやいた。
この世界の魔法は、地球に取ってはあらゆる意味で危険なものだ。
「意思を介在させることであらゆる形態、質量へと姿を変える万能の資源。こりゃ世界のトップがゼブオードの存在を秘匿するわけだ」
呆れた表情で静也は論文を脇に置き、机に足を投げ出して別の本を開く。
表面上は気にも止めていない風を装っているが、彼の思考の内には先程の論文がしこりとなって残っている。
万能の資源。
地球人類が求めてやまない物。
現在の地球では常に資源やエネルギーの枯渇問題が付きまとっている。
原油価格の高騰や森林伐採による砂漠化が代表的なそれだ。
しかし、地球に魔法という非常識が介入すれば、その問題の一切合財が解決するだろう。
燃料そのものを必要とせずに火を使い、エネルギーを生産し、豊かな実りを生み出し、清潔な水を際限なく使え、清浄な空気を作りだす。
そしてそれを扱うのは人間だ。
状態がどうであれ生きてさえいれば長期的に、幾らでも魔力を生み出せる。
静也の計算では、地球に一属性でも使用可能な魔法使いがそれぞれ10000人地球に滞在し、各産業に協力すれば、食糧や資源に事欠かず世界は安寧を約束される。
だが同時に、魔法、魔力は戦争の火種になり得るのも明らかだ。
例えばエネルギー問題が解決すれば、石油資源の主産地である中東地域の財政が一気に傾く。
例えば食糧難が解決すれば、食品産業の需要が減少し、失業者が続出する。
例えば魔法の存在が公になれば、宗教的な軋轢が生じる場合がある。
例えば魔力そのものを用いた兵器を開発すれば――――
「…………実験に使われた魔法使いの意趣返しにゼブオードから宣戦布告される。世界を跨いだ大戦争勃発だな」
そうなれば状況は最悪の一途だ。
なにせ今の今まで受けていたゼブオードの恩恵を受けられないどころか、世界を超えて一方的な防衛戦を強いられる。
世界を超える術のない地球に取って、それは世界の滅びと同義だ。
故に地球各国の首脳陣はゼブオードの存在を秘匿している。
世界に魔法が介入することでもたらされるメリット以上にリスクが多すぎるのだ。
「………地球に帰ってもまともな生活送れんのか、俺?」
偶然ではあるものの、世界規模のトップシークレットを知ってしまった静也は不安を露わにして腕を組んだ。
「こういう面倒事は、得てして続くもんだと聞くが…」
『ワン』
ガシガシと頭を掻く静也の背後から一つ吠える声。ケル坊だ。
振り向くと、ケル坊が紙束を革袋に入れて咥えている。
「おう、ありがとさん」
『クーン』
紙束を受け取ってケル坊の頭を撫でてから、静也はそれを開いた。
開かれた紙束には細々した文字と大雑把な絵が書かれている。
「情報収集は基本だわな」
ケル坊に持ってきてもらったのはゼブオードの情報を纏めた新聞だった。
その名も『ゼブオード・タイムズ』。
安直だが分かりやすい名前である。
「さーて、今日はどんな雑事が……………」
軽口を言いかけた静也が固まる。
ケル坊はその様子に首を傾げた。
『……ワゥン?』
「…………」
鼻で肘を突付くが反応がない。
仕方が無いのでケル坊は一度鼻を鳴らすと、ボワンと煙を立てて人型に戻った。
「?」
机に上ってちょこんと正座し、静也の手から新聞を取って記事に目を通す。
「…………~~~」
そして静也が唖然とした理由を把握してケル坊は頭を振った。
『ウィジス学園、勇者を召喚する』
ある意味静也に取って最悪の凶報だった。
「ふーんふふーん♪」
ウィジス学園、学園長室。
蒼髪蒼眼の女性、トリシャ・ウィジスが鼻歌を歌いながら寛いでいる。
作りがそれなりに豪華な椅子に腰掛け、窓際の鉢植えに水やりをする様は、正に上機嫌そのものだ。
「うっふっふー♪静也くんが編入して三ヶ月…迷宮攻略をしたっていう泊もついたし、宣伝効果抜群、入学希望がじゃんじゃんばりばりね!」
しかし口にする言葉は欲にまみれていた。
あらゆる意味で残念な女性である。
ちなみにウィジス学園は経営が傾いているわけではない。ただ単にトリシャが拝金主義者なだけだ。
そして静也が召喚されていた事を新聞社に漏洩した張本人である。
「さーて、次はどんな授業|(という名の宣伝)を…」
「させねーよ」
「ぴゃっ!?」
頭上から掛かった声に、トリシャは思い切り身体を跳ねさせる。
振り向くと、件の少年、静也が天井から頭を出してトリシャを睨んでいた。
「あ、あら、静也くん?ごきげんいかが?」
「フザケンナゴーツクバリ」
半眼気味の三白眼を更に細め、眉間にしわを寄せて犬歯を剥き出して静也は言葉を吐く。
明らかに怒りが滲んでいた。
「というか、その天井どうしたの?」
「あんたが居ねー間に掘った。この世界の人間は魔力ありきで探知してるからな」
天井から着地し、敢えて砕けた口調でトリシャの質問に答える静也。
実はこの三ヶ月間、静也は学園中のあちこちに穴を掘り、アリの巣のような抜け道を作っていたのだ。
何故気付かれていないのかというと、それはこの世界の人々の共通した特徴にある。
「デフォで周囲の魔力を察知したり、探知魔法なんてのがあるのは驚いたが、そこに魔力の流れが無けりゃ気付かないってのは、俺に取って都合がいい」
それは、魔力の有無で周囲を察知していること。
ゼブオード人は周囲の魔力の流れを把握する感覚を持っており、更に精度の高い探知魔法を用いれば、魔力を持ったものならば0.001の単位であろうとその位置を捉える事ができる。
しかし、静也の持つ魔力は完全な0。
一度隠れればほぼ見つからない異分子なのだ。
故に、静也はこの三ヶ月間好き勝手に小細工が出来ていたのである。
「………ま、それも今になっちゃ暫く用無しだがね」
「…へ?」
静也の言葉にトリシャはぽかんと呆けた声を上げる。
「グラールさんの依頼も終わりそうだし、一週間で学園を出てくよ。広告塔なんぞ真っ平ゴメンだからな」
コキリと首を一度鳴らして静也は淡々と言い放った。
「…………ふぅ」
天井の穴から出て行った静也を見送ったトリシャは疲れたようにため息をつく。
「もう少し遅いかと思ってたけど、存外に行動が早かったわね…」
そう言って本来の思惑から僅かにズレた行動を見せた件の少年に頭を抱えた。
「………居るわね、レイン?」
「……気付いていましたか」
トリシャがドアへ声を掛けると、部屋の外から声が返ってくる。
ドアから入ってきたのは白髪赤瞳のダークエルフ、レイン・シチリカだった。
「それで学園長、如何致しますか?」
「二人だけの今は敬語は要らないわ、友人としての個人的な話よ。…………どう思う?」
「………あの子は聡い。恐らくトリシャの思惑は半分ほど看破されてるぞ」
敬語を砕いてレインが見解を述べると、トリシャは「やっぱり?」と目を細めた。
「あの子には多分、自分を体よく学園から外に出すという魂胆がバレていると見ていい。あの子はあの子で考えがあるようだしな」
「よく見てるのねぇ」
「当然だ。生徒だからな」
茶化す積もりでトリシャが軽口を吐くと、レインは意図に気づかずあっけらかんと答える。
「相変わらずね」と苦笑し、トリシャは言葉を続けた。
「それで本題だけどレイン。………彼に付いててもらえる?」
「………言うと思ったよ」
呆れを多分に含んだ表情でレインが頭を振る。
「それなりに長い付き合いだが、『策謀の魔女』は未だに健在、と。こんなのが同期に居たのが末恐ろしいな全く」
「あっ、もー、昔の話はやーめーてー!」
レインがくすくすと笑うと、トリシャがわたわた手を振って不満気に声を上げた。
「いやすまんすまん。……しかし、何故アリアではなく私を?」
「ああ、そのことね」
レインの疑問にトリシャは渋い顔。
どうやらトリシャも本意ではないらしい。
「彼、あの子の事嫌ってるみたいだから、代案措置よ」
「………嫌っている?静也がアリアを?」
レインがそう言葉を返すと、トリシャははっきりと首肯する。
「そう。性格が合わないのか、生理的に受け付けないのか判らないけどね。気付かない?静也くん、アリアにだけは、未だに距離を置いてるのよ?」
「………」
トリシャの見解を聞いたレインにも思い当たるフシはあった。
敬語こそ無いものの、転移してから三ヶ月の間、アリアに対する静也の対応が他人行儀過ぎるのだ。
敬称を付け、彼女が踏み込んだ発言をすればあっさりと受け流す。
しかし、それだけで「静也がアリアを嫌っている」と判断できるだろうか。
「避けているのは事実だし、あとは女の勘ね」
「………勘てお前」
前半は正確な分析をしていたにも拘らず、後半を思いっ切りぶん投げたトリシャにレインは思わずツッコミを入れた。
「ああ、うん。そう言えば無駄に勘が鋭かったな、昔から」
学生時代を思い出しながらしみじみと呟く。
「無駄にって何よ無駄にって。………まあいいけど」
頬を膨らませながら不満を露わにするトリシャ。拗ねた姿は親子だな等とレインは思った。
「ともかく、静也くんとアリアをこれ以上関わらせると確実にこじれるし、お願いね」
「……分かったよ」
トリシャの言葉に渋々ながらも頷いた。
四日後、武研科研究室。
「おー、すっげー」
静也が手に持ったふた振りの片刃剣を持ってそう呟いた。
否、剣ではなく、『刀』である。
一振りは刃渡り100㎝、もう一振りは刃渡り80㎝で厚さはどちらも5㎝。金色はくすんだ金で、反りが入った出刃包丁の様に幅広な刀身は刃金と心金が柄と同じ位にせり出して護拳の様な形をしている。
造りは鎬造りで鍔は無く、茎に直接革を巻いて柄にしており、柄尻には浅く穴が彫り込んであった。
指先を切らないように気をつけながら、静也は刃に指を滑らせる。
「……うん、反りがちゃんと入ってるし、歪みも無い、研ぎもしっかりしてるし、良業物でも十分通用するレベルですよ、これ」
振り向いてグラールにそう口にすると、グラールは嬉しそうに髭を撫ぜた。
「ありがとよ。だがお前ぇさんがその剣の資料をくれなきゃそもそも出来やしなかった代物だ」
そう言ってグラールはファイルの一冊を手に取る。
ファイルには、製鉄方法から鍛冶に関する技術、刀に関する様々な資料が纏めてあった。
静也が地球に居た頃調べてPCに入れていたデータを印刷し、それらを元にグラールが刀を製作した。
しかし普通の日本刀では心許ないと考えていた静也は、それにある程度の改造を頼んでいる。
刃の形状が違うのがその最たるものだ。
他にも色々と仕掛けが施されているのだが、ここでは割愛する。
「……で、グラールさん」
「おお、出来てるぜ」
ガシャン、という重々しい音と共に、巨大なアタッシュケースが作業台の上を占拠する。
銀色のそれには厳重に鍵がかけてあり、中身がどれほど重要なものなのかを物語っていた。
「これが…」
「おう、新型の爆裂籠手。そんでお前ぇさんが依頼した武器だ」
鍵を外し、ケースを開く。
中には一組の籠手と具足、そして二丁の『銃』が収められていた。
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