Act32:ウィグ・トラボルト
ある日のこと、静也は午前の授業を終えて食堂へ向かっていた。
「ふわ…」
『クァ…』
静也とケル坊は前後で並んで大欠伸。
午前最後の授業が『ヤーヴィ教学』という、この世界で広まっている宗教を学ぶというものだったのでひどく眠気を誘った。
やる気の無さが明らかに顔に出ていたのか、担当教師のフィール・ガープは青筋を立てていた。
しかし静也はそれに対して反省の色が一切ない。
根は真面目な静也だが、興味の無いことは徹底して無関心である。
「ケル坊、昼飯どうするよ?」
『クーン』
静也の言葉にケル坊は『なんでもいいよ』と鼻を鳴らした。
「なんでもいいが一番困るんだけどなあ」と静也はひとつ首を鳴らしてため息。
出会って数週間が経ち、静也とケル坊はある程度の意思疎通が出来るようになっていた。
「じゃあ戻って教室で食うかと言っても、タマキとかアリアさんに弁当貰うのも忍びないし…ん?」
『ギャウッ』
ふと足を止めた静也の尻にケル坊の鼻面がぶつかった。
「あ、ごめん」
一度ケル坊に手を挙げて謝り、静也は視線を戻す。
ケル坊も一度前足で鼻を掻いてから静也の見ている方を向くと、ふらふらとした足取りでオレンジ髪が揺れていた。
「………ウィグか」
『クーン?』
もう一度首を鳴らして静也がつぶやくと、ケル坊は静也を見上げて『誰?』と鳴く。
「いや、俺もよくは知らねー。あいつ普段から寝てばっかだし」
ケル坊の問いに静也は自信無さげに頬を掻いた。
クラスの殆どの生徒と馴染んだ静也だが、未だに視線の先のオレンジ髪、ウィグ・トラボルトとはまともに話が出来ないでいる。
というのも、彼女は授業中は寝てばかり、そして授業外もいつの間にか姿をくらましているのだ。
なので廊下でばったり出くわしている今の状況は、実はかなりレアである。
「あーあーあー、あんなふらついて、コケるんじゃねーだろうな?」
背中を向けたウィグの足取りは覚束ない。
あれでは静也の言葉通り、すぐにでも転んでしまいそうだ。
「………ん?」
そこで静也はふと気付いた。
「なあケル坊」
『ワゥン?』
静也はウィグの進行方向を指さす。
「あっちって確か下り階段だよな」
『ワンッ』
ケル坊はコクリと頷いた。
ウィグの向かう先には下階へ降りる階段がある。
「………Zzz」
「ウィグはどう見ても寝ぼけてるよな」
『ワォン』
かくり、かくりと船を漕ぐウィグを見てケル坊は再び頷く。
ウィグが階段に向かって歩く(寝ぼけながら)。
↓
階段を踏み外して転げ落ちる(寝ぼけているので)。
↓
大怪我で保健室直行コース。
数秒で二人の脳内に計算式が出来上がる。
「…………止めにゃヤベェ!?」
『ガウッ!?』
二人は同時にウィグの背中を追いかけた。
「ウィグ!」
「……Zzz…」
走りながら静也が声を掛けるがウィグは気付いた気配がない。
廊下を駆ける静也を生徒たちは振り向くが静也は見向きもせずにウィグへと走る。
「……Zzz」
「ウィグ!おい!前見ろ前!」
静也の声を背に受けるウィグの目と鼻の先には階段があった。
ウィグがふらつきながら一歩、足を踏み出す。
「…チックショ…ケル坊!」
『ガオッ!』
静也の言葉にケル坊は速度を上げて飛び出した。
その跡を追うように静也もウィグに飛びかかる。
「…………むにゃ」
「間に合えっ!」
階段を踏み外したウィグの身体が前に傾いた瞬間、静也は手を伸ばし、
「……『風…浮揚』……」
「……え……だぁぁっ!?」
その場をふわりと浮き上がったウィグの真下を通過して、ごろごろと階段を落ちていった。
ぼふん!と間の抜けた音が階下から響く。
『………クーン?』
「…………はは…け、結果オーライ。ナイスだケル坊」
下の踊り場に身体を巨大化させて待機していた、ケル坊の柔らかい黒毛の上にひっくり返った状態で、静也はサムズアップした。
「……Zzz…………むにゃ」
「………」
ふよふよと踊り場に降り立つウィグ。
ケル坊の身体から起き上がり、静也はそれを見届けた。
「………んー…ん?」
「あ、起きた」
ゆっくりとウィグのまぶたが開き、銀色の瞳がぼんやりと静也を捉える。
「………んー?…みすたーぶれいばー?」
「………何故に人語…」
ケル坊の上であぐらをかく静也は呆れ顔でツッコミを入れた。
「つーか、寝てばっかなのに俺の事知ってたのか?」
「まーねー。………ん?」
ウィグが目を細める。
静也にはその目が一瞬、淡い銀色から緑に変化した様に見えた。
「………………」
ウィグは真剣な顔で静也を見ている。
「…………ふぅん?」
「あ?」
そして静也を鼻で笑った。
「あんだよ?」
「キミ、このまま進めば『抜け殻』だよ」
「!」
ウィグの言葉を受けた静也の目に険しいものが宿る。
「テメェ…何が言いたい?」
「地が出てる地が出てるぅ。それに、ボクが言わなくても、自分自身が一番良くわかってると思うけどね~」
ウィグは仰々しく一礼して踊り場から階段を降りて行く。
「あ、おい!」
「運命を変えたかったら、自分が生きたいと思う理由を見つけるといいよ~………Zzz」
その一言を残し、再び寝息を立てて歩いて行くウィグ。
その背中を見送る静也の顔には、未だに険しいままだ。
『……クゥン?』
「………何でも無え。行くぞ」
心配そうに鼻を擦り付けるケル坊の頭を撫でてから、静也は階段を上がって食堂へ向かっていった。
「(あの鳥女…何を知ってやがる…)」
あゝ、風呂敷がどんどん広がっていく…。
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